第2話任命①

 入学から一週間が経ち、本格的に授業が始まった。ひきこもっていたこともあり授業内容についていけるか心配だったけど、最初の一ヶ月は基礎的な授業をやるらしく問題なくついていけている。入学式の日以来、寮でも坂月さんとは話すようになり、一緒にいる機会が増えた。それに古橋くんとも中森くんともなんだかんだ一緒いることが増えた気がする。最初は久しぶりに人と話すこともあり敬語だったが、段々と普通に話せるようになってきた。


 「坂月さん、お昼一緒に食べない?」

 「うんいいわよ」

 「宮本さん、俺たちも一緒にいい?」

 「うん、一緒に食べよ」

 「やったー、秋人も呼んでくる」

 「あ、先に行ってるね」


 一応、友だちになれたのかな。入学最初の方は友だちができなくて半ば一人で過ごす覚悟をしていたけど、こうして昼食を共にする友だちができたのは嬉しい。ひきこもっていて友だちなんていなかったから、最悪いなくてもやっていけるだろうと思っていたけどやっぱり友だちがいるのはいい。誰かがいると安心できて、独りじゃないって感覚があるからそれが心の支えになる。


 坂月さんも最初は緊張していたのか丁寧な口調だったけど、今は崩してくれていて私と同じように安心しているのかなって思う。


 「坂月さん、寮生活慣れた?」

 「う〜ん微妙。自分の部屋に慣れすぎたせいか、変な感じがするかな。宮本さんは?」

 「私も微妙かな。やっぱり自分の部屋のほうが安心出来るかな。でも、なんだか修学旅行みたいで少しワクワクはする」

 「たしかに、修学旅行みたいな感じはするわね」


 他愛のない話をしながら、隣の空き教室へ移動する。

 国学のお昼はお弁当形式で、寮から学校に送られてくる。お昼前の授業が終わると購買に並べられるため、それを取りに行く感じだ。お弁当形式には意図があるらしく、家庭環境の経済格差による被害を防ぐ目的があるらしい。お弁当ぐらいで被害が出るのかと思ってしまうが、実際に被害事例があるため学校からの現物支給となっている。

 一週間、この学校で過ごしたけどちょっとした気遣いが多いと感じた。


 「この学校ってちょっと変わってるよね」

 「たしかに、なんか変なところで気を遣ってくる感じがする。学校体制の実験を兼ねてるとか言ってたから変に感じるのかな」

 「変に感じることも多いけど、心に優しい学校って感じがするよ」


 変に気を遣われるなと思う場面は多々ある。このお弁当もそうだけど、今まで暗黙の了解みたいな、察するとか仕方ないと決め込むしかなかったことを、この学校は支給という形でみんなと同じ環境を作るようにしている。ここまでされるとちょっと気を遣いすぎかなと思ってしまうけど、それだけ考えてられると心に優しいなって思った。


 「なにそれ、宮本さんって面白い例え方するわね」


 軽く笑われ、自分の言ったことが少し恥ずかしく感じてきた。


 「おまたせー、待った?」


 私が恥ずかしくなって顔を下に向けていると、中森くんと古橋くんが教室のドアを開け入ってきた。ちょうどよかった。この恥ずかしさをごまかしたかったからグッドタイミングだ。


 「全然、坂月さんと話して、まだお弁当食べてない」

 「そっかー。じゃあ食べようぜ」


 机を向かい合わせて、みんなで食べる形を整える。今日のお弁当はハンバーグ弁当だ。

 

 「温かくて美味しい」

 「ほんとだ。ちょっと湯気出てるわね」

 「すげーんめーな、秋人。学校のお弁当って進化してるんだな」

 「たしかにうまいな」


 お弁当は見かけによらず温かかった。寮で作られると言っていたから、作られてからそんなに時間が経たない間に送られてくるのだろうか。お弁当が温かいっていうだけでテンションが上がり、冷めていても美味しいんだろうけど、温かいからより一層お弁当がおいしく感じられる。


 「そういやさ、一週間経つけど、みんな他の人と話してる?」


 お弁当に夢中になっていると、口の中をもぐもぐとさせながら中森くんが訊いてきた。


 「ぜんぜん。私は宮本さん以外とは話してない」

 「私も坂月さん以外とは話してない」


 話してないと言ったものの、話せないだけである。坂月さんという友だちが出来て余裕が生まれたので、学校で話しかけられなかった分寮では話してみようかなと頑張ってはみたが、私のコミュ力ではハードルが高すぎて無理だった。話してみようと近づいて、相手に気づかれると怖気づいてしまって、ニコッと笑って誤魔化すことしかできなかった。


 「秋人は?」

 「俺も、この三人以外とは話してないな」

 「だよなー、俺もそんな感じ。他の人に話しかけても反応良くないし、みんな一人でいるからグイグイいきにくいんだよなぁ」


 普通の学校であれば、一週間もすればグループが形成される頃合いだ。いわゆる陽キャ系、一軍系、オタク系、部活系、知り合い系。何かしらのグループで友だち同士行動し始める。しかし、この学校は人数の少ないせいなのか解らないが、無理にグループにならず一人でいる人しかいない。むしろグループでいるのは私たちだけだ。


 「せっかく、一緒のクラスになったんだし、みんなでお昼ご飯ぐらいは食べたいよなぁ秋人」

 「そこはみんなで遊びたい、とかないの?」


 中森くんの性格から見てそう判断したのだろう。まだ一週間しか経ってないけど、中森くんを例えるなら、クラスの中心にいるおちゃらけたタイプの人間だ。自由奔放、本能のまま動く。当時はこういう人は苦手だった。変なタイミングで話しかけてくるし、グループとか一緒になったらグイグイきてどう反応すればいいか解らなかった。でも仲良くなってみると中森くんみたいなタイプはすごく心強い。率先して私たちを動かしてくれるため、何もしなくても勝手に物事を進めてくれる。仲良くなれて良かったタイプの人だと苦手から嬉しい気持ちへと変わった。


 「みんなでワイワイしたい気持ちはあるけど、俺のエゴだし、無理に付き合わせるのは悪いかなって」

 「中森くんって案外考えてるんだね」


 おちゃらけたタイプの人間と思ってしまい、無意識に発言してしまった。

 言ってからやばいと思った。私的には褒めた表現だったけど、失礼な意味にも捉えられる表現だ。


 「意外でしょ」


 中森くんはニヤリと笑い、どうやら褒めた表現ってちゃんと伝わっていたようだ。褒められたことがよほど嬉しかったのか、どう意外でしょ?みたいな視線を古橋くんたちへ送っている。それでも一瞬ヒヤッとしたので私から話を続ける。


 「まあ、お昼ぐらいはみんなで食べられたらって思うよね」

 「宮本さんもそう思うよね。でも一人が好きな人もいるし、みんなでっていうの嫌な人もいるし、あー、メッチャ難しい」


 学校の椅子をロッキングチェアのように斜めにし、天井を見上げながら葛藤していた。


 「中森くんは、なんでみんなと仲良くなりたいの?」

 中森くんに尋ねてみる。ここまで悩んでいるのだから、何か特別な理由でもあるのか。


 「うーん、なんとなく」

 「なんとなくなんだ」

 「理由は措いといてー、なんかいい案ない?」


 私たちを一瞥に確認するが「ない」と古橋くんが即答し、「即答かよー」と中森くんがツッコむ。


 「やっぱり、ここは俺が考えるしかないな。みんな待っててくれ」

 そう言うとお弁当を搔き込み、どこかへ走り去ってしまった。


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 「今から、委員決めを行います。委員決めと言っても、こちらですでに決めてあります。手持ちのタブレット端末で確認してください」


 お昼が終わり、午後の授業が始まった。入学してから一週間は経過したものの、そういえばこういった委員会みたいなものは決めていなかった。普通の学校なら学級委員とか図書委員とかあるけど国学だし、クラスの人数自体少ないためどうなるか予想できなかった。何になるのだろうと思いつつタブレット端末を開いて確認する。


 (うそでしょ)


 間違えではないだろうか、タブレット端末の表示バグではないのか、ページを何度も更新して見直す。けれど、ページ内容は変わらなくて見間違いでも、表示バグでもないと察する。


 「これから一年間、みなさんには、それぞれの係の仕事を行っていただきます。役割については、社会に出ると何かしらの役割が与えられます。そのための練習だと思ってください。難しいことはありません。タブレット端末にやることリストと仕事の概要が記載されているので読んでおいてください。さっそくですが、学級委員にこのあとの予定を任せます。宮本さん、古橋さん、よろしくお願いします」


 「えー、がっ、学級委員になりました、宮本咲月です。よろしくお願いします」

 「同じく、古橋秋人です。よろしくお願いします」

 「えー、まず、初めに、それぞれの、委員会の内容の、よ、読み合わせを行って、していきたいと思います」


 やばい、やばい。緊張しすぎて、言葉遣いが変になる。


 (なんで私が学級委員なのだろうか。学級委員を任せられるほど素晴らしい人ではないし、前通っていた学校でもクラスの代表とか実行委員とかそんなのはやらなかったのに)


 初めての学級委員という重圧のが、私を不安の渦へと誘う。


 「えー、まず、初めに、学級委員の仕事から説明していきます。学級委員は……」


 気付いたら説明を終えて席に座っていた。何をどう話したかは覚えていない。タブレット端末だけに視線を向け、書かれていたことを必死に読んでいたことは覚えている。体は緊張特有の汗をかき、制服がビショビショで暑い。なんだか人に見られているような気がして恥ずかしくなってくる。初めての学級委員。その重圧に負けてしまい緊張しすぎて今も少しドキドキしている。少しでも恥ずかしさを隠し、自分に向けていられると感じている視線を見ないよう顔を下に向ける。初めてだったとはいえやらかした。しどろもどろしすぎた思うし、声も震えていてヤベー奴だと思われた。未だに汗が止まらないし、考えれば考えるほど自分が恥ずかしくなってくる。止まらない汗を拭いながら、その後の時間を過ごした。

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