始まりの日②
一通り学校案内が終わり、次は寮の案内になった。
「次に学生寮を案内します。学生寮は校門の坂を降りて、土手を歩いた先にあります。今通ってきた道を憶えておいてください。寮は入って左側に寮母室と食堂があり、右側には大浴場とリンネ室や洗濯機など生活に必要な施設があります。二階に上がって右側が男子、左側が女子部屋となっています。中央は談話室です。建物としては繋がっていますが夜は壁で仕切られ、部屋は完全オートロックとなっております。指紋認証と声帯認証を後で登録しておいてください。続いて部屋の説明に移ります。部屋は一人一部屋。部屋割りについては玄関にある部屋割り表を確認してください。内装はトイレとお風呂、テレビや冷蔵庫などの電化製品が各部屋に配備されています。皆さんの荷物は事前に部屋へ送ってありますので各自整理しといてください」
国営高等学校というだけあって、寮の設備はきちんとしていると感じた。むしろ整えられすぎて驚いた。たった一人の人間、それもひきこもっていた人にここまで環境を提供していてお金を取らない。ひきこもっていた人間に、将来どうなるかわからない人間にどうしてここまでしてもらえるのか疑問に感じるぐらい環境は最適だった。
寮の案内も一通り終わり、次はお昼の時間になるようだ。
「これで寮の説明は終わりです。何か分からないことがありましたら、寮母さんに聞いてください。本日の昼食は寮の食堂で摂ります。一時までに教室の方へ戻っておいてください」
流れ解散となり食堂へ向かう。
メニューは日ごとに決まっているらしく、今日はカレーだった。カレーを受け取り、席を探す。ほとんどの生徒が一人で食べており、私も特定の誰かと食べる予定がないので適当な席に座る。
「ねぇ、一緒に食べてもいい?」
「え、あっ」
当然話しかけられ、話しかけられるとは思ってなかったので変な声を出してビックリしてしまう。
「一緒に食べてもいい?」
「あっ、はい」
家族以外の人と話すのが久しぶりすぎて、思わず承諾してしまった。
「よかった。秋人いいって」
(え⁉え⁉どういうこと。男子がなんで私に声かけてくるの。え?え⁉)
久しぶりに人と話す緊張と同性の女子からではなく男子から話しかけられた理解のし難さから、心臓がバクバク唸り始める。
ペコリ。軽い会釈をされ、秋人と呼ばれる人がやってくる。
(背デカ)
背の高さに気圧され男子と昼食をとる謎の展開に緊張、そして困惑。ますます心臓の鼓動が早くなり、変な汗が出てきて体が熱くなるのを感じる。
「いやー、ありがとね。二人だけでいるとなんか気まずいし、どうせなら知らない人と仲良くなりたいからさ。あ、俺、中森隼人。こっちは古橋秋人。同じ“人”が入ってて運命感じてさ、それで仲良くなってそれで……、やっぱ、男二人に女子一人だと気まずいよね。ちょっとまってて、誰か女子呼んでくるから」
そう言うと席を立ち、近くの女子が居るところへ話しかけに行ってしまった。
嵐のような人だなと思ったけど今はそれどころじゃない。目の前の席を見る。古橋秋人という人と二人きりの状態だ。同じクラスメイトとはいえ全く話したことない初対面の人だし、友だちでもない人とそれも異性の男子と二人っきりはかなり気まずい。どう接していけばいいのだろうか考えていたけど、気まずく思っているのは私だけのようで、古橋秋人は特に意識をせずカレーを頬張っている。
「あっ、あの」
さすがに気まずい。知らない人とはいえクラスメイト。男子だけど、入学早々の友だち作りには失敗している。女友だちが作れず、今後一人ぼっちで過ごす可能性は大いにある。
(男子……でもいい)
贅沢なんて言ってられない。男子だけど友だちになれるかもしれないから勇気を出して話しかけてみる。
「あっ……」
「おまたせ、一人連れてきたよ」
がんばって話しかけてみようと思ったが、中森という人が帰ってきてしまった。
中森隼人の隣には呼んでくると言っていた女の子、セミロングの見た目で運動部っぽいような印象を感じる女の子が立っていた。
「それじゃあ、揃ったことだし、ご飯食べよ。あ、俺の名前は中森隼人。こっちが古橋秋人。よろしくね」
簡単な自己紹介をされ、そのままカレーにありついてしまう。
中森隼人という人は初対面なのに、人のことを気に留めずに自分を出しているなと思う。古橋秋人は淡々とカレーを食べているが、どこにでも居る普通の男子って感じだ。この二人の見た目だけなら本当にひきこもっていたのかと思ってしまう。中森隼人の方はフレンドリーだから人と仲良く出来そうだし、古橋秋人の方はどんな状況でも自分を崩さない印象を感じる。二人とも我が強いため、連れてこられた女の子と私は取り残され気まずい雰囲気になる。
「あっ、あの……」
今度は女子だ。ここで話しかけることができなければ、ここで友だちになれなければ、これ以上友だちを作るチャンスなんて巡ってこない。心の中で自分を奮起させ勇気をもって話しかける。
「わ、私、宮本咲月っていいます。お名前、聞いてもよろしい、で、しょうか?」
久しぶりに人と話すこともあり、変な間合いの言葉遣いになってしまった。やはりひきこもっていると家族以外の人とは話さない訳で、家族以外の人と話すとなるとものすっごく緊張してどう話せばいいか忘れてしまった。
「私は坂月彩夏。敬語じゃなくていいよ」
「あっ、はい」
反射的に敬語で返してしまった。
「言ったそばから敬語だよ」
軽く笑われ、少し恥ずかしくなる。人との会話の距離感を忘れてしまったため、敬語でしかうまく話せない。
「宮本さんって、席どこだっけ?」
「えーと、真ん中の列の一番うしろです」
「いいなー後ろの席。私なんて一番前だよ」
大変ですね。頭をフル回転して考えたが、適当な相槌しかうてず、申し訳ない気持ちになる。
「いやー、おいしかった。ここのカレーメッチャうまいな。ふたりとも全然食べてないじゃん。早くしないと昼休み終わっちゃうよ」
「あっ、はい」
心の奥底ですこしホッとした。こんな学校だからちょっとヤバイ人だったり根暗な子ばっかりだと思っていた。でも、この三人はそんなこと全然なくて、周りの人もどこにでも居る普通の学生っていう印象だ。
すこしの間、食べる手が遅くなっていた。坂月さんの後に食べ終えて待たせるのは申し訳ないと思い、急いでカレーを食べ進めた。
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お昼を食べ終え、午後の時間。
午後は授業で使う教材の配布が行われる。お昼を一緒に食べてから坂月さんとは少しだけ話してから自分の席へ戻った。
「今から授業で使う教材を配布します。決して、無くさず、壊さないようにしてください」
そう言うと、先生は箱の中からタブレット端末を取り出し、一人一人に手渡した。
「国学はひきこもり学生を支援すると同時に、学校全体の教育向上、及び、学校体制のあり方を模索するためにあなたたちには実験を手伝っていただきます。実験と言っても個人に関わるデータは取らず、教育向上のため、学校体制のあり方を考えるための事例作りになります。近代的な教育、個人教育、平等教育、差別が感じられない体制、いじめに繋がらない体制等など、専門家たちの考える選択肢を適時、組み込んでいきます。タブレット端末の配布はその一環だと思ってください。基本自由に使ってもらって構いません。データの監視等は一切行いません。ただ、これからの授業のあり方について模索するので、毎回持ってきてください」
タブレット端末が配布されてから、次々に授業で使う教材が配られた。実験すると言っていたので、どんなものが配られるのか身構えていたけど、タブレット端末以外は普通だった。教科書にワークに資料集。それに、体操服に書道や美術、音楽で使う道具が配られた。
「教科書等は中身を確認し、印刷ミスがないか確認しといてください。それと全て物に自分の名前を記入しといてください。万が一なくした場合は、事務室に行き、新しいものを貰ってください」
新学期定番の流れ。そう思いつつ、先生に言われたことを実行した。
授業で使うものの配布はあっさりと終わった。人数の少なさもあるが、タブレット端末に集約化しており配布物自体少なかった。
「そうですね」
先生も思ったより早く終わって、何をするか悩んでいるようだった。
「思ったより、早く終わってしまいました。下校時刻まですこし時間があるので、国営高等学校の体制ついて説明しときます。基本的に教員は学生との干渉を必要最低限に努めます。これは教員から学生への被害、学生から教員の被害を防ぐ目的があります。それから、みなさんには勉強と並行して社会実習を行ってもらいます。あとは知っての通り、適時、実験を行わせていただきます。国営高等学校は皆さん、ひきこもり学生のための全寮制の学校です。社会復帰できるようなカリキュラムを組んでおります。私たち職員はカリキュラムに沿ったサポートしか行いません。よく言いますよね、過去と他人は変えられないけど、未来と自分は変えられると。このカリキュラムは言わば他人。これを満了したからといって自分自身が劇的に変わるなんてことはありません。必要最低限の社会に馴染める経験を積める。ただそれだけです。人と自分と向き合わず、カリキュラムを淡々とこなすのも選択肢の一つだと思います。ですが、ここへ入学をした意味を考えてください。過程はどうあれ、今この教室にいる意味を考えてください。在籍中に皆さんが変わっていくことを私たちは心から願っています。できれば、過去と自分、それと、他人と向き合っていくことを願っています。それでは、本日はこれで終わりです。また来週お会いしましょう」
そう言い話すと先生は教室を出ていった。みんなも一斉に帰るのかなと思ったけど、みんな動かないでいた。多分だけど、先生に言われたことを考えているのではないかと思う。過去と自分と他人と向き合っていく。私たちはこれができなかったからここにいる。
今日からニ年という短い時間で私は変われるのだろうか。人生で考えれば十分の一ぐらいにしか満たない時間。今更、こんな事を考えても意味がないのはわかっているけど、考えずにはいられない。私がこの学校へ入学した意味。それを考えながら、私は教室をあとにした。
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