第1話始まりの日①

 私はひきこもりだった。


 些細なことでひきこもって、そのことに甘えて現実を見ようとしなかった。


 起きて、食べて、ゴロゴロして、寝る。生産性のない、同じような日々を繰り返していた。


 この生活が嫌だと思うことはなかった。同じような日々を繰り返していれば、一日が経つのなんてあっという間だし、好きなことをしていればそのことに集中できるから嫌なことは忘れられた。


 だけど、ふとした瞬間に襲い掛かってくる。逃げた現実が襲い掛かる。


 (私はひきこもってなにやっているのだろうか。一生このままでいいのか。一生この部屋にひきこもっているのか 。親が死んだら。お金は。誰が私みたいな人間を雇ってくれるのか。なんで私は“普通”の子じゃないの。なんで周りと同じようになれないの)


 ひきこもってしまったことなんて些細なことだったはずだ。そんなことに悩まず何事もなかったように学校に行くことも出来たはずだ。なのに、ひきこもってしまったことを都合よく扱って、行けない理由の正当化にして、開き直って……。

 

 言い訳と出来なくてしょうがない理由を作り続け、不幸の出来事の発生や病の発症を願い、どうにか自分を保っていた。

 

 このままじゃ駄目なことぐらい自分が一番よく分っていた。他人から諭らされなくたって分かっていた。将来のこと。周りとの差。ここまま生きていけるのか。罪悪感、焦燥感、不安に心配。グチャグチャになるまで考えて、時には自分や物に八つ当たりして、それでも動けなくて。泣いて、喚いて。言い訳ばかりで今更かもしれない。もう手遅れかもしれない。

 それでも――変わっていきたい。それでも――もう一度ちゃんと生きてみたい。

 十八歳の春。私は自分の部屋を出て、再び学校へ通う決意をした。

 

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 国営高等学校。通称【国学】


 国学はひきこもり学生のための全寮制の支援学校である。


 この国では若者のひきこもり、とりわけ学生のひきこもりが増えてしまって大きな社会問題となっていた。


 政府の発表によると家庭環境やらインターネットの普及に伴う弊害やら人間の脆弱性やら。

 

 大きな括りで分類するなら当てはまっているし間違っていることではないのだけど、そんな言葉で括られるほど私たちの気持ちは説明できない。


 なんで学生のひきこもりが増えていったのか、私にはなんとなく分かる気がする。


 小学生は物事の善悪が分からず、自分が絶対に正しいと思ってしまうから他人に危害を加えていじめても何とも思わない。中学生になると初めて勉強で能力が可視化され、点数と順位を基に競い合い周りの人との彼我の差から競争社会に疲れる。高校生にもなると人間関係が広がって、その関係の広さと浅さに人間関係が悩みになる。


 一概に、これらの時代にこのようなことが起きる訳ではなく、これ以外にも起こりうるけど、心と身体が急速に成長し続けて目まぐるしく環境が変わるからかな。些細な何かでも実感してしまうと、その事で頭が一杯になって、悩み苦しみ、現実の世界に自分の居場所がないのかなって考えてしまう。

 

 他人と関わるからこその影響。他人がいることの影響。

 他人の影響が全てではない。学校が嫌に感じるだけじゃない。

 弱さに甘えに限界、自覚している自分自身の問題。

 

 国学は全国各地に設立されていて全寮制。一応、入学条件はあるもののそれは緩く、資産の有無、勉学の良し悪し、親の許可などを必要とせず入学することが可能である。国学の支援は手厚くて有名で、在学中はもちろんのこと、就職してから生活が安定するまで援助し続けてくれる。


 国学のコンセプトは【自分を変える】私も自分を変えるために入学する決意をした。


 「それでは最後に宮本さん。よろしくお願いします」

 先生に名前を呼ばれ、黒板の前へと進む。


 (大丈夫。自己紹介のイメージは何回もしてきた。自分の順番が来るまでの間にも頭の中でイメージした。イメージ通り、余計なことを言わずに、用意したセリフを言えば問題ないはず)


 「宮本咲月っていいます。趣味は日記を描くことと漫画を読むことです。よろしくお願いします」


 「はい、ありがとうございます。それでは改めまして皆さん、ご入学ありがとうございます。このクラスを担当する西村和といいます。さっそくですが、本日の残りの予定と明日からの予定について説明します。本日はこのあと……」


 慣れない制服に、久しぶりの学校。それに……さっきの自己紹介。変な声でなかったか、ちゃんと喋れていたか、自己紹介が終わってから気になってくる。心臓は今もドキドキしているし、緊張特有の汗も出てきて体が暑い。勘違いだって解っているけど、なんだか周りの人に見られているような気もする。

 

(落ち着け、わたし。大丈夫、わたし)


 心の中で自分を落ち着かせ、それと同時に周りに(あいつやべーな)と思われないように、何も問題ないですよと平然を装う。


 徐々に汗も心臓の鼓動も落ち着きを取り戻してきた。自分のことで精一杯だったが、余裕ができたため周りを確認してみる。


 久しぶりの教室に周りのクラスメイト。

 教師に教卓に黒板。

 それに黒板上の時計に意味の解らない学級目標。

 当時、当たり前だった光景が、今、初めての場所のように映る。


 「以上が、本日と明日からの大まかな予定となります。詳しいことはその時になってからまた説明します。質問があれば遠慮なく言ってください」

 周囲を見渡し、質問の有無を確認。

「それでは、一旦休憩に入ります。先生は職員室で職員会議に参加してきます。なにかあれば、一階の職員室まで来てください」


 入学式直後、先生がいなくなる休憩時間というのは学生にとって重要な時間だ。入学式直後の休憩時間は初めてまともにクラスメイトと関われる貴重な時間であり、ここで友だちもしくは話せる人を確保しておかないとこの先の学校生活は厳しい展開を迎えてしまう。

 この時間、普通の学校であれば、近くの人と話してみたり同じ部活っぽい子や自己紹介で趣味が似た人に話しかてみたりなど、そういった光景が見られるはずだ。恥ずかしながらも勇気をもって話す光景が見慣れるはずなのだが…………。

 

 誰も話していない。誰も話しかける様子がない。各々一人の時間を過ごしている。


 机に突っ伏したり、窓の外を眺めていたり、文字通り休憩していたり。


 私の経験上、こんなことは初めてである。数少ない経験ではあるが、入学式直後の休憩の時間は普通なら恥ずかしながらも自分から頑張って話しかけるのが定番だ。先ほど言った通り、この時間で今後の学校生活の過ごし方が決まってしまう。だからこそ、内心めちゃくちゃ焦っていた。だってこのタイミングを逃したら、友だちになれる機会なんて早々にやってこない。友だちができるまで独りでも問題ないですよ感を常に出し続けなければならない。


 (このままだとまずい)


 心ではそう思っているが、自分から話しかけるという行動は移せない。普通の学校なら周りの人、誰かしらが進んで行動しているからわりかし平気だった。周りの人に合わせて動き出せば変とか必死とか思われないだろうし、周りの雰囲気的にも話しかけやすくなる。でもいざ、自分が先駆者になると動けない。


 (わたしだけじゃない、みんな動いてないから大丈夫)


 話しかけないことをどうにか正当化し、この時間をやり過ごす大勢に入ろうと思案する。しかし、一人で過ごす過ごし方にも問題がある。ここで机に突っ伏しまったりトイレへ行ってしまっては話しかけてもらうチャンスを消してしまう自殺行為でもある。誰も話しかけに行ってないとはいえ、まだ話しかけてもらえる希望はある。なにかないか。一人で作業していても変でないものはないか。手当たり次第考えた結果、私は生徒手帳を見ることにした。


 生徒手帳なんて普段なら見る機会はなく進んで見たくもないのだが、隣の人が見ているのを見て生徒手帳を手に取った。生徒手帳を見ているなんて変人だと思われるかもしれない、けど逆に生徒手帳を見ている面白さがあって、そこから友だちになれる可能性があるのではないかと考えた。


 パラパラと見ていく中で【本校の入学条件】という言葉に目がとまった。入学条件があるとは聞いていたが、どんなものか知らなかったので見てみる。


 【国営高等学校学則】

 第六章 本校の入学条件及び目的と概要

 第二十三条 本校は国営管理及び、一定の支援を行うために入学条件を設け、入学者を管理する。入学条件は、次の各号のうち複数に該当するものに対してのみ、入学すること認める。

 壱.入学生は十八になる年であること。

 弐.十八歳までに一年以上、ひきこもり経験がある者。

 参.十八歳までに一年以上のひきこもり経験がなくとも、将来、ひきこもる可能性があると判断された者。

 四.ニ年の間、学生生活及び学寮生活を過ごせると判断された者。

 伍.本校在学中、ひきこもりならないと判断された者。

 陸.本校在学中、一定の成績を残せると判断された者。

 漆.本校在学中、学校規則第三章を厳守できると判断された者。

 捌.本校入学への強い想いがあると、学長及び過半数の以上の職員が判断した場合。

 玖.学長が入学を許可した場合。

 拾.上記のうち、六箇所以上、該当が認められた場合。


 第二十四条 本校入学への条件設置……


 「遅れてすみません。少し会議が長引いてしまいました」

 ガラガラガラと前の扉を開け、先生が教室に戻ってきた。


 結局、誰にも話しかけられずこの時間を終えてしまったけど、もうどうにでもなれって感じになってしまった。元々ひきこもっていて友だちなんていなかったし、友だちを作れなかったのは残念だったけど、ゼロがゼロのだけ。軽く開き直って読んでいた生徒手帳を机の中に入れ、話を聞く体勢になる。


 「今から、学校案内と寮の案内を行います。列は適当でいいので、廊下に出てついてきてください」


 教室内では謎の牽制が発生したが、男子生徒が出ていくのを皮切りにみんな動き出す。列は適当でいいのと言われたけど、いざ適当だとポジショニングに困る。友だちもいないため一緒に行動する人もいないし、前の方に行って先生と話す雰囲気もいや。逆に、最後尾に並ぶのもありだけど、みんな同じことを考えていそうで勇気がいる。

 悩んで考え出した結果、あえて一番前へと行くことにした。理由は周りに人がいる中でひとりぽつんとなるより、前に行って真面目な子と思われた方が良い印象を得られると思ったからだ。さっきの時間で友だちを作れなかった分、少しでも周りに好印象を与え次に繋げる。下心満載の決断だ。


「まず、私たちのいる二階から説明していきます。階段を上り手前から準備室、教室、空き教室。その隣が理科準備室、理科室、家庭科室となっています。続いて、一階に行きます。一階は……」


 国営高等学校といっても、中身は通っていた頃の学校と同じだった。国学と言われるぐらいだから更生施設かと思ったけど、ごく普通の学校って感じだ。保健室や図書室があって、PC教室があって、プールがあって、こじんまりしているけど通っていた学校と似た作りのようだった。

 

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