第4話、懶惰

 寮へ帰ったあと、藤沢さんとは話せなかった。なんだが話しかけてほしくない、そんな感じがした。部屋の中で悩んだ。悩みに悩んだ。どう向き合えばいいのか解らなかった。みんなに相談しようと思ったけど、そんな気にはなれなかった。気を遣って話しかけてくれる。そんなふうに見られていたのが心に残った。更生の件はあるけど、それ抜きで友だちになりたい、そのようには思っていた。でも実際は少し意識してしまっているのかもしれない。学級委員という立場、更生させるという特別な立場、そんな立場に無意識に酔ってしまったのかもしれない。正直、やめてしまいたいと思った。向き合い方が解らないし、なにより自信がない。ひきこもっていた自分に何ができるのか、寮に戻ってから悩みに悩んだ。


 翌日、私はまた藤沢さんに一緒に登校しようと誘った。少し考える間を取っていたが、なんとか了承の許可を得られた。一晩考えた結果、なにも解らないままだった。多分だけど理屈ではない、そう思った。理屈ではないからこそ、藤沢さんを誘った。このまま終わってしまったら、本当にたったそれだけの関係になってしまう。正解はない、理事長はそう言った。正解なんて考えても解らない。だからせめて、不正解ではない行動を取ろうと思った。


 「お待たせ」

 「わたしも、今来たところです」


 藤沢さんのペースに合わせて歩みを進めた。道中昨日と同様、彼女は野花が咲いているところで止まった。


 …………。

 

 特に何もない時間が流る。


 …………。…………。…………。


 満足したのか、目線を私にチラッと合わせて、また歩き出した。

 

 「あの、えっと、その。やっぱり、わたしなんかといても、楽しく、ないですよね」


 「ううん、そんなことないよ。ただ、自分が情けなくて」

 

 本当に申し訳なく思う。せめて会話を広げられていたらこのような空気にはしならなかったのに。藤沢さんに私なんかといても楽しくないって言わせなかったのに。

 

 「そ、そんなことないです。委員長さんは、良い人です。わたしがダメダメで、ごめんなさい」


 「私こそ、ごめん。ろくに会話、広げられなくて」


 「そんなことないです。わ、わたしが面白いことなんにも言えず、空気を悪くしてしまって、ごめんなさい」


 顔を下げ続けた。


 「わたし、ほんとうにだめで、昔っからどう、人と接していいか、わからなくて。みんな気遣ってくれるけど、申し訳なくて、ほんとうにごめんなさい」


 「私も、同じです。うまくできなくて」


 気持は痛いほど共感できる。自分が問題なくても、相手にはどう思われているか解らない。こんな自分と話していて相手は退屈しないだろうか、私も考えてしまうことがある。人と比べれば比べるほど自分がつまらないような人間と思い知らされて、特別会話が面白いとかそんなのなくて、口数も多いわけじゃない。何か話そうと思っても相手が楽しめるような話題がない。人と話すことは苦手じゃないけど、自分の存在が相手をつまらなくしていると考えちゃって、あまり話さないのが素の自分なんだけど、素の自分を出してしまうとなんだか嫌だなと感じてしまう。


 「そ、そんなことないです。同じじゃないです。委員長さんは良い人です。わたしなんかとは違います」


 そう言うと、彼女は先に行ってしまった。話しかけること、一緒に登校することが不正解ではないと思ったのだけれども、自信がなくなってしまった。けどここで諦めてしまっては、たったそれだけの関係に本当になってしまう。自分で頑張ってみようと思ったけど、正直、私なんかが人様をどうこうできるはずがなかった。ひきこもっていた私が何か持ち合わせているはずがない。これ以上、一人で行動していたら藤沢さんに申し訳ないし、みんなに相談してみようと思った。更生していくのは一人でも、その過程は頼ってもいいはずだしみんなに相談することで何か答えを得られるかもしれない。


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 (やってしまった)

 率直にそう思った。人との距離感が解らず、空気を悪くしてしまう、いつものパターンだ。せっかく、委員長さんが気を遣ってくれたのに、無駄にしてしまった。自分の悪いところは考えたら、考えるだけ浮かんでくる。わたしは野花のように美しくは咲き誇れない。どんな場所でも咲くことはできない。自分が花なんておぞましいぐらいだ。ここには変わるために来たのに、これじゃ何も変わらない。何も変えられない。無意識に自分の悪いところが出てしまい、嫌な空気にしてしまう。


 スマホの連絡アプリを見た。友達の数、二人。何度見ても変わらないのに見てしまう。実際は友達なんて、一人もいない。アプリにいる二人は両親。友達の数を増やす。両親以外の連絡先を増やす。それを支えにわたしは自分を保てている。



 昔から引っ込み思案で、人見知りで、あまり人とは喋れなかった。話しかけられてもうまく会話を続けられず、変な空気にしてしまう。そんなわたしに友だちなんてできるはずもなく、ずっと一人だった。小学校も、中学校も、高校も。ずっと一人だった。行ってきますの次が、ただいまを言う日々が毎日続いた。いくら一人でも、話せる人が一人ぐらいはいるものだが、わたしには誰一人いなかった。恵まれなかった、なんて思ってはいない。自分が悪いのだから仕方ない。だから、ずっと一人で過ごした。正直、一人でいる時間は辛かった。グループワーク、二人組での作業、お弁当の時間、学校行事の班分け。辛い時間だった。自分のせいだって解っているから苦しかった。わたしなんかのせいで、時間と枠を取られて、みんなに迷惑かけてしまっているのが辛かった。

 迷惑をかけないよう、頑張って話したことがある。グループワーク、二人組での作業、頑張ったけどうまくはいかず空気を悪くした。そんなわたしを見かねてか、担任になった先生は学級委員やクラスで人気者の人たちに、わたしと話すよう仕向けた。言い方はあれだけど要は浮いているから気を遣ってくれた。ちょくちょく話しかけてくれたり、一緒に帰ってくれたりしたけど、数日経ってしまえばまた一人に戻ってしまった。

 わたしにはできなかった。みんなが当たり前にできていることが。わたしにはできなかった。みんなと同じ世界を共有することが。楽しくするのも、楽しい空気にするのも、話すのも会話を広げるのも、わたしには何一つできなかった。みんなは楽しい世界にいて、自分はその世界に入れなくて。自分が居ても、居なくても変わらない世界に勝手に絶望した。

 悔しかった。自分にはできないことが。みんなと同じようにできないことが。周りを見れば、誰かが居る。そんな世界にわたしも居たかった。一人で居ても、誰かが駆け寄って来ていつの間にか輪になっている。そんな世界に憧れていた。そんな世界を見るたびに、自分が嫌になって、自分の行動が嫌になって、自分の世界に閉じ籠ってしまった。両親にはかなり心配をかけた。自分は世間一般の普通の子じゃなくて、友だちがいないだけでひきこもって申し訳なかった。部屋の外から聞こえてくる学生の声が苦しかった。楽しそうな声、笑い合っている声がわたしのこころをギュッと締めた。

 この学校へ来たのは両親からこの学校を勧められたからだ。このままじゃ駄目なことぐらい解っていたし、これ以上心配かけたくなかった。入学式の日はドキドキしていた。ここで自分は変われるのだと思っていた。みんな何かあってここに来て、みんな一人で、安心感があった。わたしと同じような人がいる。それだけで安心した。寮生活はあまり好きじゃなかったけど、ここでわたしは変わるのだと本気で思っていた。両親以外の連絡先を増やせると思っていた。でも、そんなことはなかった。みんな話さず一人でいる。一人だった時間がここへ移っただけだった。それでも安心していた。わたしだけではないと。変わりに来たけど変われない人がいるのだと。だけど、ちゃんと変わりに来ている人は居て、入学してからそんなに経ってないけどちゃんと行動していた。わたしは何もしないで向き合えなくて悔しかった。変われるチャンスが来たのに、わたしは何も変わらないままだった。


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 お昼休み。みんなでお弁当を食べていた。藤沢さんも誘ったけど断られてしまった。正直、進捗度はあまり芳しくない。自分ひとりでは無理だと悟り、みんなに相談していた。


 「難しいなぁ」

 「難しいね」

 「キツイな」

 「ですよねー」


 相談したのはいいものの、みんなも友だちのなり方が解らず苦悩していた。


 「第一、友だちのなり方ってあるのか?そういうのっていつの間にかなってるものじゃない?」


 中森くんの言う通り、友だちとはいつの間にかなっているものだと私も思う。家族とか夫婦とか恋人とは違う、友だちとは相手に同意を求めてなるものではない。


 「たしかに言葉じゃないもんね。なろうとしても、友だちになってくださいなんて、フィクションの世界でしか見ないもんね」


 「もしかしたら、友だちにならなくてもいいんじゃない?部活に参加してもらうようにしてさ、そこから更生できるようになればいいんじゃないの?」


 坂月さんの言っていることは理解できる。友だちが始まりのきっかけじゃなくとも、時間の経過の中で仲良くなっていく、そういうのも自然でありだと思う。


 「ありだけど、宮本さんはどうしたいの?」

 「うーん。やっぱり最初に友だちになりたいかな。友だちじゃないのに更生なんて説教みたいだし、友だちだからこそ意味があるような気がする」


 正直、理屈ではない。だからこそ、意味を見つけるのが難しい。


 「友だちのなり方について改めて考えたけど、どうして人は人と友だちになりたいんだろうな」


 うーん、難しいな。こういう気持ちは私たちの心の何処かにあって、考えてしまうと行動できないように思えるけど、当たり前で無意識にやってのけている。つまり、理由とか行動原理はない。本能的にでも動いているのだろうか。当たり前の答えがない問題。答えはないけど考えはある。本当になんでなんだろうな。当たり前の無意識でやってのけることを言語化するのはどう言えばいいか解らない。


 「友だちに限った話じゃないけど、人は人にいてほしい。だから友だちみたいな人との繋がりを求めているんじゃないかなって思う」


 「ほー、意味ありげだね、秋人」


 「深い意味なんてないけど、誰かにいてほしいって思わないかな。家族、友人、ネットの中の人、誰でもいいからそばにいてほしいって思うことない?俺は結構あるんだけど、辛い時や不安な時、ふとした瞬間だったり。何か言葉が欲しいって思ってるわけじゃない、別に前向きにさせてほしいわけじゃない。ただそばにいて話を聞いてほしい。誰かと繋がっていると安心できるから、友だちみたいな繋がりを求めてる」

 

 「繋がりを求めるあまり、人様に迷惑を掛けたり、世間から疎まれる場所へ行ってしまったり、変なグループに所属してしまうのかもしれない。でも、それぐらい人にとって繋がりは大切なんだと思う。みんな表に出さないだけで、繋がっていたい気持ちが大きいと思う。もしかしたら本能かもしれないね。そして人と繋がっていることで初めて自分になれて、素の自分が現れるから、友だちっていう近くにいて繋がれる存在を求めているんじゃないかなって思ってる」


 そう……だったかもしれない。


 私も繋がりを求めていた。友だちみたいな近くにいてくれる誰かを。繋がっていることが自分を保てていた。繋がりを疑って解らなくなったけど、学校へちゃんと通っていた時もひきこもってしまっていた時も、誰かは解らない誰かを求めていたような気がする。


 「なるほどね。なんか凄いね古橋くん」

 当たり障りのない感想だけど今はこれしか思い浮かばなかった。

 「なんか、恥ずかしいな。語っちゃったし」

 「そんなことないよ。奥深かった」

 「話し振った張本人で申し訳ないんだけどさ、結局どうする?」


 …………。

 

 話が少し逸れてしまい、本題の解決策を考えていなかった。友だちのなり方か。これもさっきの問いと同じで答えがないものだろう。大半の人間が無意識に行っており、理屈とかではない。実際、自然と友だちになるのは間違ってはいないのだろう。間違ってはいないが当たり前ではない。みんながみんな無意識に自然とできるわけではない。当たり前の言語化。結局これを突き詰めなければならないのだろうか。


 「うーん、割り切ってみたら?」

 古橋くんが尋ねてくる。

 「どういうこと?」

 「もーさ、更生の件任せられた時点で、もう普通に友だちになるの無理だと思う。どうしても、友だちになったあとを考えちゃうし。だから、割り切る。きっかけはあれだけど、友だちになれば、友だちじゃん?中身はこれから作ってけばいいと思う」


 お〜、と感じる空気があった。


 「さすが、ふくいんちょー。さっきの言葉といい的確なサポートだな」

 「的確なのか?そういう手段もあるってことかな。あとは正面からぶつかるぐらいしか思いつかない」

 「そこは委員長の判断ね。応援してる」


 割り切るか。たしかにそれもありだと思った。きっかけは考えず、その後に意味を見出す。


 このあと、他の案も考えたけど結局良い案が解らなかった。正解がないからこそ、正解だと思うことを探すのは難しい。不正解ではない行動をするだけでは現状維持になってしまう。良い案は解らなかったけど、みんなに相談してよかったと思った。


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 放課後。委員長さんから一緒に帰らないかと誘われた。嫌ではないし、嬉しけど、わたしなんかと一緒に帰っても楽しくない。でも、ここで拒否してしまったら何も変わらない。そう思って、一緒に帰ることにした。委員長さんとは何度か帰ったことはあるけど、いつも無言になってしまう。自分が話題を振っても、うまく繋げられる自信がない。面白い話もないし、変に話して空気が悪くなってしまうのは避けたい。わたしが普通に話せれば、こんな空気にはならずに、迷惑かけずにすんだのに。


 何も話さないまま土手の所まで来てしまった。ここはわたしの好きな場所。ここには野花がキレイに咲き誇っている。野花見てみるといろんな植物と共存して、その中でも自分を保って咲いている。


 つい、ぼーっと見入ってしまった。やばい申し訳ない。何分こうしていたか解らない。普段ならパッと見てすぐに帰るのだが、色々と頭の中で思考してしまって委員長さんと一緒に帰っていることを忘れてしまった。好きとはいえ野花。こんなのを長い間野花を見ていて、委員長さんは楽しいはずがない。委員長さんの方を見る。彼女もわたしと同じように野花を見ていた。


 「ごめんなさい。楽しくないですよね」


 野花が好きで帰りに見る人なんて、わたしぐらいしかいない。長い間、時間を取らせてしまって申し訳ないと思う。


 「そんなことないです。なんとなくですけど、わかる気がします。野花が好きな理由」

 「そうですか」


 自分で話を振っといて、ろくな返しができない。やっぱり駄目だな。ここで気の利いた返しができればわたしなんかにも友だちができたのに。


 …………。


 無言の時間が訪れる。切り出すタイミングがわからず、時間だけが流れてしまう。なにか話せば、この時間は終わるのだろうが、会話が思いつかない。

 

 雰囲気的に帰りそうな感じだったので、見計らって野花を見るのを切り上げた。寮まで戻る道はお互いに無言だった。正直、気まずかったけど、変な会話をして空気を悪くするよりはましだと思った。結局、無言のまま着いて、別れの挨拶をして部屋へ戻った。


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 藤沢さんとは毎日一緒に登校して一緒に帰ったけど進展はなかった。土手で野花を見て、無言の時間が流れる。その日々を繰り返すだけだった。なにか話そうとしたけどあまり会話を続けられず申し訳なかった。更生の件はもちろんあるけど、それ以前になりたいと思っている友だちすらなれていない。何度も踏み込もうとしたけど、踏み込めず、足踏みしているだけの日々だった。そんな日々を繰り返す中、理事長から呼び出しがあった。


 コン、コン、コン。ノックを三回してから入室した。


 「失礼します」


 「苦戦しているようだな」


 入室早々、ニヤリと見透かしたように言った。


 「え、はい。どうすればいいのか、わからなくて」

 「わからないか。更生のことを意識しているのだな」

 「はい、すみません。友だちの立場になれず、更生のことを考えてしまいます」

 「同じことの繰り返しでは、見ているこちらは飽きてしまうぞ」

 苦笑いながら言った。

 「すみません」


 苦笑いの顔に恐怖を感じた。表情は笑っているけど、心の中では笑っていないタイプのやつである。怒られる。そう思った。


 「まぁ、よい。君たちは更生とは、なんだと思うかね?」

 「えーと……何かあった人を正しく導くことでしょうか」


 それぽいことを応えた。意味なんて解らないが、ニュアンス的にはこのような意味であるだろうと思った。


 「では、君たちには、そのようなことはできるかね」

 「えーと……」


 答えに詰まった。更生を任せさられたのに、できないとは言えそうになかった。


 「君の言う、何かあった人を正しく導く。私がこれを臨んでいるのであれば、カウンセラーに任せるだろう。正しく導くの基準と考えた時、成果を上げるのはカウンセラーだ。知識、経験、何もかもない君たちには勝ち目などない。では、何故、君たちを任命したのか覚えているかね」


 「そ、それは、私たちのような人間は理屈ではないからです」

 「その通りだ。では、君たちは何をしたかね」

 「えーと、何もできていません」


 理事長の雰囲気に押され、恐縮してしまう。


 「では、何を考えて行動した」

 「友だちになって、そこから更生と……考えてました……」


 自分が何もしてないことを認識させられ、理事長から感じるオーラに言葉が詰まってしまう。回答になっているのだろうか、無策だから解らないと言っているような気もした。


 「私は理屈ではないと言った。君たちの言う更生とは、理屈なのではないのかね。更生を意識するばかり、過程を飛ばし、更生という結果だけを追い求めている。仮に私が、本当に更生を求めているのであれば、カウンセラーにお願いする。結果はどうあれ、君たち以上の成果は期待できる。しかしだ、君たちのような人間はカウンセラーを付けたところで意味をなさない。だから、君たちを任命した。理屈ではないからだ」

 間を置いて、言葉を溜めた。

 「君たちは、何を勘違いしている。人を正しく導くだと?いつから、そんなことを言える立場になった。私がいつ、カウンセラーみたいなことをしろと言った?思い上がるな。君たちは特別などではない。私からすれば同じ穴の狢。理屈で考えるな。君たちは何か努力をしたのかね。更生を務めるための努力、何かしたのかね」


 「…………」


 何も言えなかった。何もしていないのだから、沈黙するしかなかった。私がやったことは、前進することなく足踏みしているだけ。動いている気でいただけだ。


 「現状維持などに意味はない。時間もやり方も定めていないが、懶惰しろとは言っていない。時間を持て余し、無意味に行動するのはやめておけ」


 「すみません、わかりました」


 「最初は誰でも、怠けてしまうものだ。あとになってからやればいい。タイミングが来ればやればいい。そうやって後送りにして、最後に焦る」


 「アドバイスをくれてやろう」

 口調を変えて、話を続ける。


 「先程、君たちには過程を飛ばし、更生という結果だけを追い求めていると言った。質問だ。過程と結果どちらが大切だと思うかね」


 …………。

 またも答えに詰まってしまう。私的には過程が大切だと思うけど、正しい回答なのかは解らない。臨んでいる応えじゃなかった時のことを考えて、発言するのを躊躇ってしまう。


 「結果だと思います」

 古橋くんが言った。

 「何故、そう思う」

 「過程はもちろん大切だと思います。でも、求められるのは常に結果です。過程を誇ったところで、結果は何一つ残せていません。真に過程が大切と言えるのは結果を残した人間だけだと思います」


 鋭い目つきで私たちを一瞥し「この質問に答えなど無い」と理事長は言った。


 「だが、この仕事においては答えがある。結果を追い求めるだけでは、何も成し得ない。君たちは結果に拘りすぎている。過程を大切にしろ。過程は無駄にはならん。真の目的に過程が意味をなさなくとも、別の道で必ず役に立つ。更生における過程を考えろ」


 正直、意味が解らなかった。漠然としすぎて、理解が追いついていなかった。


 「漠然としているな」

 理事長は自嘲していた。


 「漠然としたものに正解はない。自分たちのやり方を考えろ。私に言ったな。友だちになってから更生させると。間違いなどではない。どうやったら、友だちになれる。どうすれば、仲良くなれる。相手の気持ちを考えろ」

 「……わかりました。失礼します」


 なんだか一気に疲れが来た。気持ちがどんよりする。口の中が乾燥して冷汗かいて散々だった。二人で怒られていたらまだしも、集中的に怒られているように感じて、すこし泣き出しそうだった。


 「なんかごめんね。私のせいで」


 何も結果が残せていなくて、申し訳ない気持ちが押し寄せてきた。任せられているのは私なのに何にもしていなくて、古橋くんは悪くないのに巻き込んでしまって心苦しかった。


 「こっちこそ、ごめん。何もできなくて」

 「そんなことないよ」


 空気が重い。怒られたあとだ、テンション高いほうがおかしい。


 「怒られるのはやっぱり嫌ですよね」


 「そうだね。キツイ口調で言われるのは嫌だね。でも、怒られるの自体はそんなに嫌じゃないよ」


 ちょっと意外な応えだった。怒られるのが嫌じゃないって、ストイックな人なのかな。私なら理由どうあれ怒られるのは嫌だ。好き好んで怒られたいとも思ってないし、一度怒られた日には何日の引きずってしまう。古橋くんは怒られるのが好きなのかな。


 「あー、勘違いしないでほしいけど、そっち系とかではないよ。怒られるのってこっちのミスな訳じゃん。至らないところだったり、不自然なところだったり、こっちが気づいてないだけで当たり前のことしか言ってないんだよね。それりゃ理不尽なことだったり、キツイ口調で言われたりするのは、嫌な気持ちになるよ。俺もムカつくし。でも、口調はあれだけど言ってることは正しいから、怒られるのは嫌じゃないってこと。言葉は正しいから」


 すごい、と率直に思った。怒られることをちゃんと受け止めている人なんて初めて見た。しかも同い年で怒られることに意味を感じている人なんているんだ。思い返してみたらたしかに、キツイ言い方だったけど言っていたことは正しかった。怒られていることに引け目とみじめさを感じて、理事長の言葉を流してしまうところだった。言葉は正しいか。怒られることに意味がある。その通りだ。古橋くんに言われなかったら気づけなかった。


 学びにはなったけど、でもやっぱりキツイ言い方は私の心にダメージを残した。


 寮の部屋へと帰り、理事長に言われたことを考えてみた。どうやったら友だちになれるのか。どうすれば仲良くなれるのか。相手の気持ちを考えられていたのか考えた。考えて、自分の行動を振り返ってみた。ただ話しかけて、内容のない会話をして、そのくせ目的だけは一丁前にあって、結果を追い求める行動だったような気がする。藤沢さんの気持ちを考えず、こっちの気持ちだけを優先させて行動だったように感じる。今思えば、やっていた気になっていただけだった。更生ばかり意識し、表面上だけ仲良くなろうとしていた。最低な人間だな。自分がもし藤沢さんの立場だったら、どうだったのだろう。相手が更生の目的を隠し、接触してきたらどう思ったのだろう。相手が自分の過去の一片を知っていたのだとしたら、仲良くなれたのだろうか。何故この学校に来て、どう過ごしているのか。よく考えたら、藤沢さんのこと何も知らなかった。知ろうともしないで、中身のない話ばっかりして、一面だけ見て知った気になっていた。


 相手を知るためにはやはり……。


 決意を密かに宿し、覚悟を決めた。私はようやく気づけた。ギャンブルでいうところの負け続けて、冷静さを取り戻したというべきか。私は特別な人間でも、特別な立場でもない。強くもなければ、立派でもない。野花のように咲き誇れない。認めろ。私は弱い。


 クスッと思い出して笑った。まさか、部活のコンセプトがこんな形で当てはまるとは思ってなかった。


              【雑草魂見せつけろ】

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