自分の周りに嫌な上司ばかり集まる理由

kayako

嫌な職場に集まるのは、だいたい嫌な人間たち。



 私は派遣社員。というか今日、派遣社員としてこの会社で働き始めたばかり。

 簡単なデータ入力作業だけど、やはり仕事は仕事。最初は緊張していた。

 だけど一緒に入ってきた人たちも優しいし、色々教えてくれる正社員の方々もだいたい優しい。

 教えられたことをもう一度聞いてしまってもちゃんともう一度最初から教えてくれたし、間違えても何が悪かったのか丁寧に教えてくれた。

 パワハラモラハラ三昧だった今までの職場と比べたら、最高すぎる!



 ――と、思っていたけれど。



 勤務開始3日後。


「アナタ、ここ間違ってましたよ! いい加減にしてください!」


 と、いきなりデスクに書類を叩きつけてきたオバサンが現れた。

 これまで丁寧に教えてくれた正社員さんたちと比べたら、言動といい態度といい雲泥の差。

 見た目からして結構ヤバイ。服装も髪も小汚いし肌は荒れてるし、さらにかなりのデブ。

 私が何を間違えたのかを彼女は説明していたけど、ボソボソとよく聞き取れない上かなりの早口で不機嫌そうに喋られたから、半分も理解できなかった。

 こちらは勿論、いい加減にしろなどと怒鳴られるいわれもない。ミスをしたのは申し訳なかったけど、そのミスをしたのは今回が初めてだ。


 そして彼女は一方的に喋りまくった後、さっさと自席に戻ってしまった。

 茫然としてそれを見つめていたのは私だけでなく、私の同期――つまり同時に入社した人たちも一緒だった。




 当然、直後のロッカールームで話題になったのはそのオバサンの件。

 そして同期の口から飛び出した、驚くべき事実は。


「あの人、嫌上けんじょうさんっていうんだって。

 この派遣チームじゃ一番年上で、実質リーダーらしいよ」


 思わずあんぐりと口を開けてしまった。

 あの人、部屋の隅でいつも不機嫌そうにしている地味なずんぐりオバサンという印象しかなかったけど、実質上司だったのか。

 さらに同期たちのおしゃべりは続いた。


「50過ぎてるけど未だに独身らしいよ」

「ウソー、だからいつもあんなにプリプリしてるんだ」

「もう20年ぐらい勤めてるから、ヘタな正社員の人たちより権力あるらしい」

「来週からは正社員さんたちが元の仕事に戻るから、質問ある時は嫌上さんにしなきゃいけないんだって」

「えー、嫌だー! 仕事は出来るからリーダー任されたらしいけど、いつもあんな態度じゃパワハラって言われてもおかしくないでしょ」


 うわぁ……

 私はまだギリ20代の独身だけど、そんな未来だけはいやだなぁ。

 というか、これからはあのオバサンに教えられなきゃいけないの? そんなの、今までのモラハラ職場と同じじゃん!



 **



 その後も嫌上けんじょうさんの嫌がらせというか、パワハラはあらゆる人たちに続いた。

 しかも勤務開始から1週間するともう、正社員の優しい人たちは滅多に仕事を教えてくれなくなり、そのかわり何かあれば嫌上さんばかりが来るようになった……


 質問をすれば「こんなこともまだ分かってなかったんですか?」の嫌味と一緒に説明が始まる。それだけでも嫌なのに、早口のボソボソ喋りなので何を言っているのか聞き取れない。

 上司の確認が必要な作業を依頼すると、いつもすごく面倒そう。

 そして何かあるたび、仕事に関係ない文句を何かしらつけて帰っていく。

 例えば

「貴方、家近いはずですよね? もうちょっと早めに来られませんか?」だの

「もう少し化粧きちんとできませんか?」だの

「休憩時間が終わったらすぐに戻ってきてください。時間超過してまでおしゃべりしないで」だの。

「ロッカールームでいつまでも立ち話しないでください。他の人の迷惑です」だの。

 自分だって化粧なんかろくにしてない上に、同じオバサン同士で休憩時間大幅に超過してダベってる癖に何言ってんだ。



 そう。大変厄介なことに、嫌上けんじょうさんは全員に嫌われているわけではない。

 勤続20年以上の派遣さん、つまり嫌上さんの同期かそれ以上のベテランたち、年配の正社員の方々――要するにこの職場で発言力のある方々には何故か好かれている(というかこの職場においては、私たち下賤の新人の方が圧倒的に肩身が狭く少数派)。

 そしてそんな信者様もといオバサマがたと共に、彼女は休憩時間には休憩所のソファを独占して喋りまくっている。

 だから私たちは指定された休憩所ではなく、ロッカールームで立ち話するしかない。そうしないと嫌上さんへの愚痴すらろくに言えなくなってしまう……



 派遣会社の担当に相談しろって?

 出来るわけがない。「嫌上さんはとても優しくて説明も分かりやすいから、皆さん質問しやすい環境でいいですよねー。業務経験も豊富ですし」と、面談のたびに言われるんだ……つまり脅威の嫌上さん信者と言ってもいい。



 そんなこんながあって、同期はみんな嫌上さんを嫌がり、嫌上さんでなく正社員の人たちにばかり仕事の質問をするようになってしまった。私も勿論そう。



 それだけでもかなり問題だったが、さらなる問題が間もなく起こった。



 優しく教えてくれていた正社員の人たちが、1年も経つと次々に辞めるか異動するかしてしまったのである。

 一番優しくて説明も分かりやすかった人が、真っ先に辞め……

 それを皮切りに、丁寧に色々教えてくれていた正社員が続々と辞めたり、もしくはもっと華やかな部署に異動したりしてしまった。

 残ったのは勿論、嫌味な嫌上さんとその信者たちに、説明がぶっきらぼうな若手社員に、説明は丁寧だけど何故かよく指示を間違える定年間近のオジサン社員ばかり。



 そして2年3年と時間は経過し、私たちもいい加減、新人とは言い難い立場になったが――

 嫌上さんからの扱いは相変わらず。というかさらに酷くなっていった。

 入った時と同じ仕事ばかりでろくに新しい仕事を教えてもらえないから、新人の頃からいつまでも成長できない。

 しかも、奇跡的に新しい仕事を振られても説明なんかほぼしてくれない。

 そして「この仕事はまだ教わっていない」と主張すれば、またあの「まだそんなことも出来ないの!?」の嫌味。

 貴方が教えてくれないから出来ないんでしょうが!



 私たち同期もそんな扱いに耐えられず、辞める人が続出。

 私とよくロッカールームでおしゃべりしていた仲間も、5年目にもなると遂に殆どが辞めてしまった。私とその他数人を残して。



 その時、同期同士で集まって送別会をやったが――

 仲の良かった同期との何気ないやりとりが、何故か私の心に深く刻まれることになった。


「ウエちゃんは偉いなぁ。

 何だかんだで嫌上さんの嫌味に耐えまくってるし」


 ウエちゃんとは私のことである。苗字に「ウエ」が入っているから自然とそう呼ばれるようになった。

 そんな同期の言葉に、私はこう答えるしかなく。


「そりゃそうだよ。だってこの会社の前には、もっと酷いパワハラに散々遭ってきたし。

 嫌上さん程度なら全然マシな方」

「えー、やっぱりウエちゃんスゴイ! 

 私なんか、労基に訴えてやろうと何回思ったか」

「今の嫌上さんのレベルだと、労基はさすがに動かないんじゃないかな……

 でも、理不尽なのは確かだよね。

 何で、説明もうまくて何度でも辛抱強く教えてくれて、優しくて理想的な上司や先輩たちに限ってさっさといなくなって……

 嫌上さんたちみたいなイヤーな人たちばかりが残るんだろう?」


 私がそうボヤくと、同期はこう返してきた。


「それは仕方ないんじゃないかな。

 だって、優秀な人がもっといいところに行くのは当然だもの」

「え?」


 頬を軽く張られたような衝撃だった。

 つまり……その、私が今いる場所は……


「人当たりが良くて教えるのがうまくて、同じことを聞いても何度でも快く教えてくれるような人は、とても優秀ってことでしょ? だから引く手あまたなんだよ。

 上層部からもいい意味で目を付けられて優秀な部署に異動させてもらえるし、辞めて転職するのも楽。

 それが女性だったら当然男にもモテモテだし、さっさと結婚して、正社員じゃなくても別の楽な仕事につくのもアリだしねー」


 そんな言葉に、周りも大いにうなずいていた。


「確かに確かに!

 こんなジイサンバアサンだらけの職場に拘ることもないんだしね」

「いびられるばかりの職場で過ごすなんて、普通に嫌に決まってるよ」

「耐え抜いて長くいる方がおかしいってー」

「そうそう。だからウエちゃんも、さっさと見切りつけた方がいいよ?」



 それらの言葉を聞きながら、私はいつしか黙り込んでしまっていた。



 ――なるほど。

 だから私の周りは、ずっとおかしな上司や先輩ばかりだったんだ。

 今の会社だけじゃない。これまでもパワハラモラハラ三昧だった上、数少ない優しい人たちはすぐ辞めるか異動か結婚するかで離れていった。

 それは……私自身が、そういう職場ばかり選んでいたから?



 でも、仕方ないじゃない。

 卒業後に就職がうまくいかず、ずっと派遣しか選べなかった。

 相談所に行っても結婚もうまくいかない。ネットで見つけた男はモラハラ野郎ばかり。

 そんなこんなで過ごしていたら、もう30を過ぎてしまった。

 だったら……もう……!





 **





 勤務開始から20年。

 何だかんだで耐え抜いた私は何とか、派遣チームのリーダー職を任された。

 優秀だと思っていた新人はどんどん辞めるし、同じことばかり聞いてくるバカどもだけが居ついて本当に困る。

 この前ロッカールームの前を通りかかったら、こんな噂までたてられていた。



「あの人、井屋上いやうえさんって言うんだって。

 この派遣チームじゃ一番年上で、実質リーダーらしいよ」

「50近いけど未だに独身だって」

「ウソー、だからいつもあんなにプリプリのイライラなんだ」



 バカどもが私のことを何か言ってるけど、バカが何を言おうが気にするものか。

 あぁ、今度こいつらに注意しなきゃな。ロッカールームで長々と立ち話するのやめろって。

 ……そういえば昔、誰かから似たようなこと言われたな。嫌上さんだっけ。

 だいぶ前に病気で辞めてったし、もう過去の人だけど。

 あいつが辞めた時はホントに痛快だったな。結局どんなパワハラ女でも、寄る年波には勝てないってことだ。



「仕事の説明もあいまいでよく分からないし、いつも面倒そうだし。実は仕事大して理解してないんじゃない?」

「あの人が新人の頃はそれでも何とかなったんでしょ」

「初めてする質問なのに『もう何回か説明したよね?』って言われたのはビックリだよ」

「それ、私もやられたー。ボケが始まってるよね?!

 ていうか、さっさと辞めてくんないかなー。もう50過ぎなんでしょ?」

「いや、まだギリ50は越してないって言ってた気が」

「年の割に老けて見えるけどね。結婚もしてないし」

「出来るわけないよ、あんなのー」

「もうちょっと早めに転職か結婚かしてれば、あんな風にはならなかったかも知れないのにねぇ」



 あぁもう、うるさいうるさい。

 また休憩所でいつもの仲間と愚痴ろう。

 少ないながらも、私を理解してくれる人はいるんだし。かつての同期はもう殆ど辞めてしまったけれど、今もちゃんと残って私を励ましてくれる人が数人いる。

 かつてのパワハラを知り、私の苦労を知っているソウルメイトと言ってもいい。派遣会社の担当もこの20年で何人も替わったけど、今の担当は完全に私を信頼してくれているし。

 ……あのバカどもからは、「イヤウエさんの信者」とか言われているらしいけど。



「というか、イヤウエさんの信者どももウザすぎー。

 イヤウエさんが優しいとか忍耐の人とか、何であのパワハラ女がそう見えるのよ?」

「嫌味な人には嫌な人が集まるんだよ。だってあの人たち全員性格最悪じゃん?

 休憩所占領して休憩時間すぎまでダベってるしさ、その癖私たちにはロッカールームでの立ち話にキレるしさ。ワケ分からない」



 それ以外にも髪が薄汚いだの、パワハラだけじゃなくスメハラまであるだの言われてたけど、気にしない。

 私はこの20年で決めたんだ――

 どうせ嫌な職場でしか生きられないなら。

 どうせ自分の周りには、嫌な人間しか集まらないなら

 ――とことんまで嫌味な人間になってやると。



 Fin


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