第4話
その日を境に、俺たちはよく話すようになった。
彼女は笑うと目を細めてころころと屈託ない表情をする。
よく笑う方ではないからこそ、笑ってくれたときにはより一層嬉しく思う自分がいた。
~~~♪
「はぁ~もう音楽か。また明日ね。
、、、うっ、、、!」
突然、初めて会ったときと同じように胸を苦しそうにした。
慌てて駆け寄る。
震える手で薬を飲むのを手伝うと、ほどなくして落ち着きを取り戻した。
「うん、これね、最近よくなるんだ。こうやってすぐなおるから大丈夫。」
”大丈夫じゃない、、、”と思ったが、その言葉は飲み込んで代わりに
「、、そっか」とだけ呟いた。
「あのさ俺、」
「ん?」
「、、遊園地行きたい」
「、、?」
まだ浅い呼吸で少し青白い表情のまま、彼女は目を丸くした。
「何言ってるの?」
自分でもわからなかった。
それは、何か、自分でもわからない、彼女との時間を真っ向から真剣に考えたときに出てきた一言だった。
「遊園地行きたい」
柊はまた繰り返した。
彼女の苦しそうな姿を見たときの自分の暗くなった気持ちの突破口をまるで探しているようだと思った。
、、、ただ、それが「遊園地」とは何とも自分らしい少年じみた発想だとも思った。
「そんな子どもみたいに」
彼女は勘がするどい。
と同時に、同じことを思っていたことに少し安堵もした。
「なんで遊園地なの?」
「わからない。でも、どこか、これ思い出と2人で言える何かが欲しい。」
あぁそうか、自分で言っておきながら、自分で納得した。
僕は、ちゃんと彼女と過ごしたという証を、思い出を、濃く、自分の中に刻みたいんだ。
(だから世の恋人たちは皆旅行に行くのか。柊にとっては初めて知る感情だった。)
「それが、遊園地?」
「うん、自分でも笑っちゃった、遊園地じゃなくても良いんだけど、何か2人だけの時間を、少し特別な場所で過ごしたい。」
また、少し目を丸くしてこちらをじっと見た。
彼女は驚くといつも少し固まりしばらく動かない。
「、、、考えとく。」
Yesの気持ちがほんの少しくみ取れた目のそらし方をした。
翌日病室へ行くと、やや覚悟を決めたような顔でこちらを見る彼女がいた。
「、、、。」
見つめ返しながら何も言えないでいると、
「、、、わたしたちの関係って何?」と口を開いた。
「カンケイ?」
「そう、お友達同士で仲良しこよし、お出かけに行く気持ちは湧かない。その、、、」
「付き合うとかそういうこと?」
「というか、うん、なんだか、わたしの中で、特別、と充てたいカンケイ、と言ったら彼氏彼女しか思い浮かばなかった。だから、確認したいの。わたしたちの関係って何?」
「ひかりは?」
「、、へ?」
「ひかりはどうなりたいの?」
「、、、。」
初めて、ひかりの気持ちを聞きたい、とそう素直に思った。
「わたしは、、その、付き合うとかよくわかんない。好きの気持ちも分からない。」
「その本に出てくるじゃん。」
「へ?」
「ひかりが読んでる本。最後に。ふとしたときに元気でいるかなとか、明日も会えるかなとか、ご飯食べてるとこの味好きかな、おいしかったら食べてもらいたいなとか。俺も最初に言ったけど、あまり考えすぎずに幸せでいてほしいな、って、そう思ったら、その人の中のその人は、もう特別な人なんだよ。」
「トクベツ、、、?」
少し物憂げな表情をした。
しばらく経って、ハッとしたように顔をあげ、
「特別、、、!」
とはっきり僕の目を見て言った。
たまらず、抱きしめた。
想いが交差した瞬間を、逃すまいと必死だった。
「今何を思い出してそう言った?」
抱きしめたまま、少しニヤリとしながら聞くと、
「、、、秘密。最初の頃から、君は特別だった、、、。」
光が一筋の涙をこぼしながら言った。
柊はより一層強く抱きしめた。
運命ーーー。なんて言葉とはほど遠い場所にいると思っていた。
あの時あの道を通った僕、救急車で運ばれるひかり、ほどなくして惹かれあっていた僕らのようなことを”運命”という言葉にあてがいたくなるのは、僕がまだ20そこらの若造だからだろうか、、、。
その日はとても晴れていた。
まるで用意されたかのような秋晴れで、人々も浮足立っているように見えたし、事実、俺が1番嬉しそうだったかもしれない。
「何から、乗ろうか~。」
そう穏やかに俺の隣でぴたりとくっついて歩いてくる彼女はしっかり「彼女」するようになっていて、前よりももっと頼ってくるようになった。
(今日も、食べ物飲み物、薬、診察券、いざといういうときの車いすの用意もばっちりだ。)
彼女はまた少し痩せてきていて体力も落ち、前ほどの負けん気を感じることが少なくなった。
でも今日は、とにかく、めいっぱい楽しんで笑って、濃い時間を刻むようにして過ごす。柊はそう強く心に決めていた。
激しいジェットコースターには乗れないので、いくつか子ども向けの穏やかな乗り物に乗り、休憩にカフェでコーヒーを飲んでいると、急に彼女が口を開いた。
「わたし死ぬんだよね。」
まるで明日パンでも食べようかとでも言わんばかりの調子で続けた。
「この世からいなくなるって感覚まだわかんないや。」
最後に「だってまだ死んだことないし!」と冗談ぽく付け加えた。
柊は全く笑えなかった。
「君は、生き続ける。」
「へ?」
「死なないよ。君と過ごした時間は僕の中でずっと残り続けるんだ。僕が生き続ける限り、君の存在は消えない。」
「くさーい!」
と豪快に笑った。
と同時に目の奥は光っているように見えた。
それからは吹っ切れたように、彼女はこの日を目一杯楽しむことに力を尽くした。
子どものようにソフトクリームを食べ、近くのきれいなお花を写真に撮っては楽しみ、あっち行きたいという途中でこれにも興味ある!とその日の彼女はまるで幼稚園生だった。
一生分を、今、生きる、まるで背中がそう語りかけているようだった。
帰り道に、夕陽を見た。
仲良く、手を繋ぎながら。
ぶらぶらさせながら、わけもなくただ歩いた。
そして彼女は一息ついて、話し始めた。
「柊に、これだけは伝えておきたいな。
一日にね、たったひとつだけ、素敵を見つけるの。そして眠りにつくの。
小さなことで良いの。生きる、余命があっても、どんな状況でも、自分の中にその”素敵”を閉じ込めるスペースを作るの。そうすると、それがそのまま人生になったりする。こんな私でも、ちゃんと生きてていいんだって思えるきっかけになる。
そしてそれをあなたもしてくれたなら、それもそのまま私の希望となる。
だって、私が見つけた、こんな私の小さな生きる意味をあなたが受け継いでくれたら、私も生まれてきたかいがあったってそう思える。本当にちょっとでいいんだ。ただの好きなことでも良い。
これを伝えたのはあなただけ。
これを、今後の世界を生きるあなたが知ってくれたら、それがそのままわたしの希望となる。
あなたと出会うまで、世界はただのモノクロだった。
毎日、死だけを考えた。
でも君と出会ってから、初めて生についても考えることができた。
よかった。
生きてこれて。本当に。」
彼女はしみじみと噛みしめるようにポツリポツリと言葉を紡いだ。
黙って聞いていた俺は熱いものがこみあげてくるのを必死に我慢して静かに、そっと抱きしめた。
「わたしさ、今日がとても楽しかったし、今とっても元気!」
彼女が屈託なく笑う。
「だな、俺の方がさきにくたばるかも。」
ふふふ、と笑いあった。
永遠に続くかのように思えた時間だった。
だけど、その柊の言葉は現実にはならなかった。
光と終わるとき @yukiyo3
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