第16話「抜擢──驚きの勅命と、新たな試練」

大軍との戦いを終え、王国軍がどうにか辺境を防衛した翌日。

俺は騎士団本部の大広間に呼び出されていた。顔ぶれを見る限り、どうやら今回の戦いで功を挙げた者たちを集め、正式な評価を下す場らしい。団長や上級騎士、それに文官といった錚々(そうそう)たるメンツが並び、緊張感が漂っている。


「今回、第三遊撃部隊の働きは目覚ましかった。特に、敵本隊の指揮官を討ち取って戦線を崩壊へ導いたシチトラ・ハシダの功績は大きい」

壇上で副団長が声を張り上げる。室内にいる騎士たちが一斉にこちらを注視した。

俺はすでに“上級騎士”への昇格の内示を受けているが、それ以上に何か報告があるらしく、上官たちがざわざわと話し合っている。


「シチトラ、前へ」

その言葉に従って前に進み出る。玉座ではなく、王国紋章のタペストリーがかかる壁の前で団長が立ち、こちらをじっと見据えた。

「改めて言おう。お前の働きは王国の危機を救った。それに応えるべく、わが騎士団としても破格の措置をとることにした。これは王の勅命でもある」


王の勅命――思わず喉が鳴る。騎士団内での階級上げもそうだが、王からの指示となれば、さらに要職に就かせるという話も十分あり得る。

「お前を正式に“騎士団長補佐”、いわゆる幹部候補として迎え入れたい。今後は公務の一部を分担しつつ、作戦会議などにも参加してもらう。加えて、周辺諸国との軍事交渉が始まる可能性もある――そこでもお前の実力を示してほしいのだ」

団長の言葉に室内が再びざわつく。確かに、魔力がないはずの剣士がいきなり幹部候補とは前代未聞だろう。


「幹部候補……あんたたち、正気か? おれはただの戦国上がりの剣士に過ぎないんだが」

思わず本音がこぼれる。いくら今回の戦いで功を挙げたからと言って、ここまでの抜擢は俺自身が一番驚く話だ。

だが、団長はまるで挑むような眼差しで言い放つ。

「前例など関係ない。王国に必要なのは“結果を出す実力者”だ。貴様はまさにそうだろう。……それとも、断るのか?」


部屋の端で、第三遊撃部隊の面々が心配そうにこちらを見ている。ベアトリクスも少し不安げに眉をひそめていた。「どうするの……?」という目だ。

そして、思い浮かぶのはラニアや村の人々の顔。今さら騎士団を辞して自由に旅する道もあるが、俺がいなければ守れないものがあるという現実が重くのしかかる。

「……ああ、わかった。引き受けよう」

腹を括るというより、仕方なくという感情が大きいかもしれないが、それでもここで背を向けるわけにはいかない。


「では、シチトラ・ハシダ。まずは“上級騎士”に任ずる。さらに今後は“騎士団長補佐”として、王国の防衛や外交面での役割を担ってもらうぞ」

団長が高らかに宣言し、周囲から拍手とどよめきが起こる。こうして俺は、一気に王国の中枢に近い位置に引っ張り上げられることになった。



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その日の夜、

騎士団の一部は祝賀会のような形で飲み会を催してくれた。多くの仲間が俺に声を掛け、酒を酌み交わしてくる。

「シチトラ! お前さん、前は下級騎士だったのに、まさかこんなに昇り詰めるとはな!」

「いや、俺もまさかこんなことになるとは……」

苦笑しながら杯をあおっていると、いつの間にかベアトリクスが隣に座っていた。ローブを少し外して軽装になり、いつもよりリラックスしている。


「疲れてるんじゃないの? 無理しなくて大丈夫?」

「まぁ、肩が凝る立場になっちまったけど、まだ実感が湧かねえな……。大丈夫だ、ありがとな」

微笑み合う俺たちを見て、周囲の騎士が軽くからかうように「お、二人さんいい雰囲気?」なんて言ってくるが、ベアトリクスは軽くムッとした表情を見せて黙らせる。

「……さて。シチトラ、本当に引き受けてよかったの?」

「ん? なんだ、反対だったのか?」

「そういうわけじゃない。あなたが嫌々やることになるんじゃないかと思って……わたしとしては、あなたには自由にいてほしい気持ちもあったのよ」


一瞬、胸がチクリと痛む。ベアトリクスのクールな表情の奥に、ほんの僅かな寂しさが滲んでいるように見えた。

彼女は自分の研究心や騎士団の任務をまっとうする生き方をしているが、その実、俺があまり縛られないでいてほしいとも願ってくれているらしい。

「……ありがと。けど、今はこうするのがいいんだと思う。俺が中枢に近づけば、そのぶん守れる範囲が広がるし、実際この世界に来て関わった人たちがたくさんいるからな」

「そっか。あなたは本当に、人のために剣を振れる人なんだわね」

ベアトリクスは小さく微笑んで杯を口にする。



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翌朝、

祝賀会の二日酔いを引きずりながらも、俺は意外な客人を迎えた。魔法学院の制服を纏ったラニアだ。

「シチトラさん、おめでとうございます! 上級騎士、それに騎士団長補佐だなんて……すごい出世じゃないですか!」

にこやかな彼女の様子に癒されつつ、俺は昨夜の疲れをこめかみ辺りで感じている。

「ありがとな。まったく身の丈に合わない話だが……おれはまだ何も仕事してねえしな」

「そんなことないですよ。あなたがどれだけ国のために尽くしてくれたか……この前の大軍との戦いも、魔法学院でずいぶん話題になってます。わたし、誇らしいですよ」

ラニアは素直に喜んでくれているようだ。彼女もまた俺が騎士団の要職に就いたことで、学院内での扱いが変わるかもしれないが、その辺はあまり気にしていないらしい。


「それで、実は……少しお話したいことがあるんです」

ラニアが口ごもりながら、テーブルに腰を下ろす。学院の授業は休みらしく、今日は俺とゆっくり過ごせるようだ。

「おれに何かできることがあるなら、言ってくれ」

「わたし……魔法学院を卒業したら、宮廷で働くか、どこかの貴族に仕えるか、いろんな道があるんです。だけど、最近考えてるんです。あなたが騎士団で頑張ってるなら、わたしもそちらに近いところでサポートできないかなって……」

ラニアは頬を染めながら、躊躇いがちに言葉を続ける。

「まだ明確に決めたわけじゃないんですけど……わたしがいて役に立つことがあるなら、そういう道もあるのかなって……」


俺は不覚にも、その言葉に胸を打たれた。ラニアは学院のエリートコースを歩むのが順当だと思っていたが、彼女は俺と一緒に生きていきたいと考えてくれている。

「そりゃ、ありがたい話だ。正直、魔法には疎い俺だから、ラニアの力は心強い。……でも、ちゃんと自分のやりたいことを大切にしろよ。おれがどうこうってだけで人生を曲げるのはもったいねえ」

思わず本音が出る。ラニアも苦笑しながら「はい、ありがとうございます」と言って俯いた。



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そのとき、またしても客人が来た。扉を開けると、今度は騎士団の使者が立っている。

「シチトラ・ハシダ様、団長がお呼びです。急ぎの軍議が開かれますので、ただちに本部へお越しください」

どうやら、現実は待ってくれないようだ。王国の情勢は依然として不安定、近隣諸国の一部が怪しい動きを見せているらしい。俺が“幹部候補”として呼ばれた以上、今度は内政や外交的な仕事も増えるだろう。


「……分かった。すぐ行くよ」

使者が出て行った後、ラニアが微妙に寂しげな顔をした。

「これからは、ますます忙しくなりますね」

「ああ。そっちも学院に通いながら、いろいろやることあるだろ。……また会えるさ。ちょくちょく連絡する」

そう言って笑うと、ラニアはわずかに目を伏せてからうなずいた。



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部屋を出る間際、ふとラニアが袖を掴んでくる。

「え……?」

「……シチトラさん、無理しないでくださいね。わたし、いつでもあなたの味方ですから。……それだけは忘れないで」

見上げる彼女の瞳には真剣さが宿っていた。

「ああ、ありがとな。頼りにしてる」


そう言葉を交わし、ラニアを残して俺は足早に騎士団本部へ向かった。

本部の門をくぐる頃には、頭の中は既に“国の内情”“他国との交渉”“第三遊撃部隊の再編”――と、課題が山のように浮かんでいる。

「まったく、戦国じゃあこんな政治ごとに首を突っ込むことはなかったんだが……」

苦笑しつつも、誰かがやらねばならないなら、俺が担うしかない。ここで逃げ出したら、守りたいものを失うことになるだろう。



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騎士団の門を潜った俺を、門番が大きく敬礼して出迎える。その態度に改めて“地位が上がった”と感じてしまうが、戦場も、宮廷も、俺の心は同じだ。

「斬るべき相手を斬り、守るべき者を守る――それだけだ」


そう自分に言い聞かせながら、重厚な扉の向こうに広がる新たな試練の場へと足を踏み入れた。

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