第15話「迫る本隊──戦場を染める血煙」

大軍の先鋒を撃退できたとはいえ、これで戦いが終わったわけじゃない。むしろ、敵の本隊がこちらの対抗を察知し、本格的に動き始めるのは時間の問題だ。

王国の砦に戻った俺たち第三遊撃部隊は、さっそく会議を開いて次の手を練ることになった。辺りの砦や支援部隊とも連絡を取り合ってはいるが、どうやら主力が合流するのはまだ先らしい。



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「先鋒を失った敵は、いずれ体制を立て直して大挙してくる。規模は数千……いや、それ以上になるかもしれん」

集会室の机を囲む隊員たちの前で、副隊長のレオンが地図を指し示す。

「森の狭い道での奇襲を警戒されれば、先ほどのような手は通じない可能性が高い。今度は敵も慎重になるし、陽動は通じにくくなるだろう」


「となると、次は正面か……」

俺は腕を組み、地図を睨む。敵軍が平地に進み出れば、こちらが立ち回れる余地は小さい。一方で、下手に砦に籠もっても数で押し潰される危険がある。

「なあ、ベアトリクス。あんたの魔法で一網打尽……ってわけにもいかねえのか?」

「数千単位の敵に、いきなり大魔法を放ったら、わたしも相応の消耗を覚悟しなきゃならない。現実的じゃないわね。相手には魔法を封じる術式を扱う兵士もいるかもしれないし」

彼女は厳しい面持ちで杖の先を見つめる。短期決戦でド派手な魔法を使えば、それこそ相手だって対抗策を講じるはずだ。


「だが、立ち止まっている暇はない。辺境を突破されたら、王国領内の奥深くまで軍が侵入してしまう」

レオンが歯噛みする。第三遊撃部隊としては機動力を活かしたいが、あまり奔走しすぎると兵が疲弊してしまう。

「いずれにせよ、援軍が来るまで時間を稼ぐしかねえな。ここを抜けられちまったら元も子もない。何とか足止めを……」

俺が言いかけたところで、外から駆け込んできた兵士が声を張り上げた。

「報告! 敵軍本隊らしき集団がすでに西方の森を抜け、平野に布陣を始めた模様! こちらに向けて進軍の兆しありとのことです!」


一瞬にして室内がざわつく。来るべきものがついに来た、というわけだ。



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そして翌日、王国の辺境地帯にある小高い丘――。

そこに陣を敷いた王国守備隊や騎士団の連合の先に、遠くから見ても明らかに多い敵軍の旗が翻っている。

「……あれが三倍以上ってやつか」

俺は屋外の簡易指揮所から敵軍を眺める。整然と並んだ槍兵や騎馬隊、魔法使いの部隊らしき者たちが何列にも連なり、こちらを威圧している。


「うわ……正面からぶつかったら、一発で押し負けそうだね」

隣で同じく野営テントを見回している隊員が、恐る恐る呟く。

「攻撃を仕掛けてこないのは、陣形を整えて威圧しているのかもしれない。あるいは、こっちがどう動くか探っているか……」

レオンも仏頂面で視線を巡らせる。俺たち第三遊撃部隊は先鋒隊との戦闘である程度の被害を受けたが、まだ動ける兵はいる。問題は、どのタイミングでどう仕掛けるかだ。


「いっそ、敵が隊列を固めて押し寄せる前に、ちょっかいをかけて乱れさせるのはどうだ? ……まぁ、危険だけどな」

俺が提案すると、レオンは少し考え込んだ末に苦い顔をした。

「そうしたいが、もし敵の本隊を崩しきれなかったら、下手にこちらの数十名が突出して各個撃破されるリスクもある。もう少し状況を読むしかないか……」


そうこうしているうちに、遠方の陣から何本かの魔法らしき光が上がった。

「まさか、砲撃……?」

「いや、違う。何か合図のようだ」

ベアトリクスが顔を上げる。紋章のような形を描く光が空に浮かび、それを見た敵兵たちがにわかに動き出した。どうやら、いよいよ全軍突撃の用意が整った合図らしい。



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――それから数刻後。

丘を守る王国軍は防衛線を張り、弓兵や魔法使いを後方に配置して応戦準備を整える。しかし、敵軍の規模はやはり圧倒的だ。

第三遊撃部隊のメンバーも、各自配置に就きながら、俺のもとへ言葉を掛けてくる。

「シチトラ、また森での奇襲はできないのか?」

「ここは平坦で森も少ないし、敵もすでに警戒している。今回は正面からぶつかり合うしかなさそうだ……」

そう呟くと、ベアトリクスが「無理はしないで」と目で訴えてくる。彼女も大規模魔法の詠唱準備はできるが、一度放てば体力と魔力の多くを消耗し、後が続かない。


ここでどう動くか。それが勝敗を分ける。

「分断作戦はもう難しい。だが、敵の指揮系統や魔法支援を潰せば、正面の圧力が弱るかもしれない。……俺が隊を率いて、敵の中枢を狙う」

内心、命がけなのは百も承知だが、やる価値はあると感じる。敵が数で押してくるなら、指揮官を潰すのが定石だ。戦国ではそれが常識だった。

「危険すぎるぞ、シチトラ! 行くとしても少数精鋭だ。まとまった人数を動かすのは目立ちすぎるし、分散すれば返り討ち……」

レオンの制止を受けながらも、俺は刀の柄を握りしめる。

「だからこそ、いざというときは“呼吸法”を解放する。数の理屈なんざ、崩してやるさ」


ベアトリクスが心配そうにこちらを見てくる。あの戦国流の奥義、“呼吸法”を使えば魔力すら無効化して突っ切ることができるかもしれない。けれど、一度に大勢を相手取る危険は相変わらずだ。

「……分かった。私も、できるかぎり援護魔法でバックアップする。あなた一人を危険にさらすわけにはいかないし、わたしも戦場でやるべきことをやるわ」

「ベアトリクス……ありがとよ」



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そうして、決戦の火蓋は切って落とされた。

敵軍はまず地響きのように騎兵を前へ出し、後方から歩兵と魔法使いが追いかける形で押し寄せてくる。王国軍の弓や魔法が一斉射で迎撃するも、数の多さに圧倒され、すぐに白兵戦が始まった。

大地が揺れるほどの人数が入り乱れ、金属音と怒号と魔法の轟音が入り交じる。血飛沫がそこかしこに舞い、視界も焦げくさい煙に包まれる。

俺たち第三遊撃部隊は、敵陣への切り込み役を担いつつ、突破口を探っていた。


「シチトラ! あそこだ、中央の魔法部隊に大きな旗を掲げてる奴がいる。指揮官かもしれない!」

兵士の一人が叫ぶ。たしかに、広大な戦場の中でもひと際目立つ旗印が揺れている。兵たちが守るようにその周囲を固め、魔法の火砲らしき攻撃を撃ち込んでいるようだ。

「よし、狙うはあそこだ。敵軍の指揮官を潰せば混乱するはず。ついて来られる者だけ来い!」


俺は数名の騎士団員とともに敵陣へと突進する。大量の兵士が立ちはだかってくるが、ここで立ち止まるわけにいかない。

「どけッ!」

剣を振りかざす敵兵を、刀で横一文字に斬り裂き、さらに後方の槍をかいくぐるように前へ進む。死線を潜り抜けるたび、戦国の頃の本能が甦ってくる。

背後ではベアトリクスの魔法が援護射撃のように吹き飛ばし、俺の進路を作ってくれる。彼女の放つ氷柱や風刃が敵の魔法とぶつかり、巨大な衝撃波を巻き起こす。


しかし、あまりに敵の数が多い。次から次へと襲いかかる槍兵や剣士、魔法が容赦なく降り注ぎ、さすがの第三遊撃部隊もペースが落ち始める。

「うっ……、これじゃジリ貧だな」

合間に呼吸を整えながら、俺は周囲を見回す。指揮官らしき位置までまだ距離がある。普通に進んでも包囲されて終わりかもしれない。

(なら――使うしかねえ)



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頭の中で意を決し、俺は**奥底に眠る“呼吸法”**を呼び起こす。

普段は自分の力を圧倒的に引き出す必要がないから封じていたが、ここで使わないと“詰み”になる気がした。

ぎゅっと目を閉じ、一拍、二拍と深く呼吸を行う。戦場の騒音が遠のき、体の内側に集中していく感覚……これが、戦国の修行で身につけた“極限”の呼吸だ。


「シチトラ……?」

ふとベアトリクスがこっちを振り向くが、俺は応えず集中を続ける。次の瞬間――背筋に熱い奔流が駆け抜けた。

空気の“流れ”が見える。敵兵の魔力すら微かな光として映る。ほとんど光らない俺の周囲だけ、妙に静かな暗闇に包まれているようで……。

(いくぞ……!)


目を開いた瞬間、俺は足を蹴り出し、敵陣へ一気に駆け込む。刹那の隙を突いて斜めに切り込むと、槍兵が何人も吹き飛ぶように倒れ込んだ。

攻撃呪文が飛んでくるのが見える。渦巻く魔力の塊を読むのは、もはや呼吸のように自然だ。全身の感覚が研ぎ澄まされ、“魔力”の軌道を斬り払っていく。

「うそ……なんなの、あの動き……!」

味方の騎士たちも驚愕の声を上げる。これが“身体強化”とは別の次元にある戦国の奥義、“呼吸法”による爆発的な能力解放。


瞬く間に敵兵を切り伏せ、旗印の方角へ突き進む俺の周囲には、一時的に誰も近寄れないほどの“圧”が生まれていた。連携してきたベアトリクスも、その進撃に追いつこうと必死だ。

「こんな……速さ……!」

敵の魔法使いが絶叫混じりに呪文を放つが、それすら剣で切り捨てる。“魔力”が分解されてしまうため、実体を保てずかき消える。



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やがて、目指す指揮官らしき位置まであとわずか。腰に立派な剣を携え、鎧に派手な紋章をあしらった男が警護兵たちに囲まれてこちらを睨み据える。

「貴様……何者だ! 歩兵のはずが、こんな動き……!」

「戦国の世で剣を振るったただの侍さ。――行かせてもらうぜ!」


連続で襲いかかる護衛兵の槍をまるで風を切るかのようにいなし、一気に指揮官の懐へ踏み込む。相手も剣を抜くが、こちらは呼吸法で身体能力を最大まで高めている。

ガキィンッ!

一度だけ刃が交錯する音がして、相手の剣が砕け散った。指揮官の表情に絶望が走り、次の瞬間――

ザシュッ

俺の刀が彼の鎧を斜めに割り裂く。返り血が飛び散り、指揮官は絶命した。


「総崩れ……っ!」「う、うわあああっ!」

指揮官を喪った敵軍は混乱の声を上げ、一部がバラバラと退却を始める。周囲の兵たちは「待て、崩れるな!」と必死に止めようとするが、指揮系統を失った恐怖と混乱はそう簡単に収まらない。

圧倒的な数を誇っていた大軍の一部が、ここで崩壊し始める。周りを見やれば、仲間たちも奮戦して敵兵を追い払い、戦線を押し返していた。

「やった……!」

駆け寄ったベアトリクスが俺の腕を掴み、荒い息で言葉を吐く。「あなた、まるで鬼神のようだったわ……大丈夫?」

「ああ、平気……とは言えねえが、何とか。呼吸法を長く使うのはきついな」

実際、体は悲鳴を上げそうだ。呼吸を解くと、一気に力が抜けて膝が笑いそうになる。だが、それでも勝てた。ぎりぎりで踏みとどまりながら、俺は笑みを浮かべる。



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こうして、敵の本隊を崩す大金星を挙げた王国側は、幾多の死傷者を出しながらも防衛線を死守することに成功した。完全な壊滅には至らないが、指揮官を失った敵軍は敗勢となり、相当数が逃走したらしい。

後日、やっと到着した王国主力が掃討に当たり、大局は王国優位へと傾いた。第三遊撃部隊の活躍は一躍、軍の間でも話題となり、特に“魔力なしの剣士”が大軍を打ち破った噂は一気に広まった。


「お前には、騎士団長としても期待がかかるが……さしあたって、階級を引き上げる。正式に“上級騎士”の地位を与えよう」

その知らせを聞いたとき、俺は正直戸惑いを隠せなかった。戦国の放浪剣士だった俺が、異世界でどんどん偉くなっちまうってのは、何とも面妖な話だ。

「まあ……村を守るためにもいいか。肩書があれば、それだけ発言力も増すだろうしな」

心のなかでそう呟きながら、血戦をくぐった体をひとまず休める。俺が本当に目指す“自由”とは違う道だけれど、守らなきゃいけないものがある以上、仕方ない――そう割り切るしかない。


傍らにはベアトリクスや仲間たちがいる。ラニアも、学院から何度も安否を気にする魔法便りを送ってきた。

「おれはただ、斬れる相手を斬って、守るものを守るだけだ。そのために身を置く場所が、騎士団ってだけ――」

そう自分に言い聞かせながら、俺は夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。戦場を染めた血の匂いはまだ鼻につくが、いつかこの国に安寧が訪れるなら、今はそれでいい。

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