第14話「辺境に迫る大侵攻」

連日の訓練や小規模の魔物討伐をこなすうち、俺たち第三遊撃部隊にも、いよいよ大きな“国防”に関わる報せが舞い込んだ。

「……他国の大軍が、王国の辺境を攻め始めたらしい」

そう告げたのは副隊長のレオンだ。詰所の空気が一気に張り詰まる。近年は国境紛争が小競り合い程度に留まってきたが、今回はどうやら大規模な侵攻が予想されるとのことだ。


「敵軍の規模は、少なくともこちらの三倍はあるらしい。正面からぶつかり合えば苦戦は免れない」

隊長席に腰掛ける上級騎士がそう言うと、室内は重苦しい沈黙に包まれた。第三遊撃部隊は各地を奔走し、小回りの利く機動力を武器にしているが、さすがに三倍の数で攻められては手が足りない。

「俺たち以外にも、辺境の守備隊や騎士団主力が動き始めている。だが、支援が届くのに時間がかかる。……要するに、お前たちは“食い止め役”だ」

団長から直々にそう言い渡されたとき、全員の背筋が凍る思いだった。



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「これはもう、“大軍襲来”ってやつかね」

馬を走らせながらレオンが苦笑いする。彼と俺、それにベアトリクスを含む第三遊撃部隊の面々が辺境の砦へ急行していた。報告によれば、すでに敵軍の斥候隊が国境付近に姿を現しているらしく、最前線には王国守備隊が駆けつけているとのこと。

「やれやれ……まさかこんな大規模戦に、いきなり巻き込まれるとはな」

俺は手綱を引き、森の中の道を抜けながら唇をかむ。魔獣相手とはわけが違う。相手は訓練を積んだ兵士、しかも人数はこっちの三倍以上。

「大丈夫よ、シチトラ。あなたの剣を甘く見る相手ばかりじゃないだろうけど、今までも不利な戦いを乗り越えてきたでしょう?」

並走するベアトリクスが励ましてくれる。彼女も緊張は隠せないが、その瞳には冷静さが宿っている。

「そうだな。やるしかねえ以上、気合い入れるか」


ほどなくして小さな砦が見えてきた。そこにはすでに数名の騎士団員と守備隊の兵士たちが集まり、敵の動向を探っている。

「おい、そこの第三遊撃部隊! すぐ指揮所へ来てくれ!」

門をくぐると、兵士が慌てた様子で呼び止めてきた。状況は差し迫っているらしい。



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砦の指揮所に足を踏み入れた途端、大量の地図と書状が積まれた机を囲んで複数の将兵が議論を交わしていた。

「敵軍が3倍以上といっても、全兵力が一度に押し寄せるわけではない。しかし、こちらの国境は守備が手薄。主力が到着するまで凌がなくては……」

「近隣の砦と連携し、できるだけ前線を広げる必要があります。が、あまり分散すれば各個撃破される恐れが……」


皆が口々に意見を述べているが、明確な打開策は見えない様子だ。そこへ、レオンがテーブルの上の地図に目を落とし、静かに口を開いた。

「敵は数を活かして一気に雪崩れ込むつもりでしょう。ならば、こちらは森の地形や砦を利用し、分断するのが得策ではないですか?」

「分断……たしかに、敵が大きく列をなしているなら、山道や森で隊列を崩すのは有効だ。だが、そう簡単にいくかね?」

「そうですね……正面からのぶつかり合いは避けたい。けれど、この辺りの険しい森を抜ければ王国領内は比較的平坦になります。そこに入られたら押し返すのは難しい」


地図を指し示すレオンの横で、ベアトリクスが補足する。

「なら、森の出口付近や、分かれ道の狭い峠をいくつか押さえて、敵が一斉に合流できないようにすれば……」

「なるほど、敵軍をいくつかの隊に“分断”し、個別に叩く。数の優位を活かされないようにさせるか」

将兵たちは顔を見合わせ、真剣な表情に変わっていく。戦国の世で言うところの“地形を活かした陽動”“各個撃破”というやつだ。兵法のセオリーとしては定石だが、実行となると困難が多い。


「なら、第三遊撃部隊がその分断の一角を担ってくれ。機動力に優れたお前たちなら、森の細道で奇襲や陽動を仕掛けるにはうってつけだ」

一人の将校がそう言ってこちらを見つめる。レオンが黙って頷くと、俺たちも覚悟を決めた視線を交わし合う。

「ようするに、敵の一部隊を引き寄せて、叩けるところから叩く……ってことか」

俺は地図を眺めながら言う。野戦に慣れているならば、なんとかやりようはあるかもしれない。



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翌朝、砦を出た第三遊撃部隊は、数名の守備隊精鋭を加えた総勢約二十程度の小隊を結成し、森の狭隘地帯へと移動した。

幸い、この辺りの地形は木々が生い茂り、数百人単位で動く敵は通りにくいはずだ。逆に小回りの利く俺たちなら、“囮”を出して敵を誘い込む作戦が可能になる。

「シチトラ、意見を聞かせてくれ。どう動く?」

レオンが改めて尋ねてくる。地形を把握するのも、どうやら俺の得意分野らしいと見込んでいるようだ。

「ここだ。森の入口がV字に分かれる地点があるだろ。そこに小数を配置して、わざと目立つように偵察を行う。敵が追ってきたら、適度に引き込みつつ森の別ルートから残りが襲いかかる……“挟撃”だ」

「なるほどな。……いいじゃないか」


ベアトリクスやほかの隊員たちも頷き、さっそく配置を決める。

俺は“囮”の小隊には加わらず、もう一方の伏撃部隊を率いる形に。合図が来たら一気に敵の背後を叩く計画だ。

「頼むぞ、シチトラ。成功すれば、敵の先鋒隊を削ぐことができるはずだ」

「おう、絶対にやり遂げるさ」



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作戦開始から半日後。

辺境の森に偵察に来た敵の一部隊、ざっと数百ほどが森の入り口に現れたという報告が入る。

さっそく“囮”の小隊が姿を見せて、わざと下手な隠れ方をする。すると、案の定敵は「ここに騎士団の精鋭が潜んでいるのか?」などと疑いつつ、大挙して突入してきた。


地形を知らない彼らは、案の定狭い道で乱れ、大人数が密集して動きづらそうだ。

「敵が入口を超えた……行くぞ!」

伏撃部隊を率いる俺は、森の別ルートを通って敵の背後へ回り込み、一気に奇襲を仕掛ける。

ガサガサ……!

茂みを抜けた先、敵兵の隊列が荒れたまま進んでいるのが見えた。かつて戦国の世で培った感覚が、背筋を震えさせる。

「一気に斬る!」

抜き放った刀で先頭の数名を瞬時に斬り伏せると、敵は悲鳴とともに大混乱に陥る。


「ど、どこから襲われてる!?」「挟まれたのか!?」

叫び声があちこちで飛び交い、隊列が分断される。囮チームが逆方向から攻撃を再開し、挟撃の形が完成。

この狭い森で数を活かせず、敵は袋のネズミ状態だ。

「おい、散開しろ! 森の外へ出ろ!」

敵の指揮官が必死に叫ぶが、すでに道を塞がれている。やがて第三遊撃部隊の面々も一斉に飛びかかり、剣や槍、魔法で相手を制圧し始める。



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「くっ……思ってたより数が多いな!」

俺は次々と斬撃を繰り出しながら、背後に目を配る。小数のこっちが大人数の相手に接近戦を挑むのは危険ではあるが、圧倒的な混乱と地の利で何とか押している。

一瞬、強そうな騎馬武者が森の奥から姿を現し、こちらへ突進してきた。普通なら厄介だが、この狭い道ではスピードを乗せられない。

「悪いな……狭いところじゃ、馬は動けねえだろ?」

スパッと一閃。馬の足元を狙って斬り、騎乗の男は慌てて飛び降りるが、その瞬間に俺はもう一太刀浴びせて沈黙させた。

「シチトラ! 森の入り口側でも同時に戦闘してる。こっちも合流する!」

ベアトリクスが魔法で敵を凍らせながら叫ぶ。隊全体がじわじわと押し上がり、やがて敵兵は総崩れになる。逃げ道を失った彼らの悲鳴や罵声が森に木霊する。


やがて、剣戟の音が減り始めた。多くの敵兵が降伏もしくは打ち捨てられ、戦場には重苦しい空気が流れる。

「……どうやら先鋒部隊はほぼ殲滅したな」

レオンが肩で息をしながら、辺りを見回した。こちらの被害も小さくはないが、敵の数百規模を撃退できたのは大きい成果だ。

「助かったよ、シチトラ。あの陽動作戦がなけりゃ、こっちが飲まれていたかもしれない」

「おれだけの力じゃないさ。隊のみんなと地形が噛み合ったおかげだ」

そう言いながら、俺は刀を鞘に収める。腕や背中にじわじわと疲労がきているが、戦国仕込みの呼吸法で何とか持ちこたえている。



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しかし、これはまだ始まりに過ぎない。

「……他国の先鋒を食い止めたはいいが、敵本隊はどう動く?」

ベアトリクスが杖を握りしめたまま辺りを警戒している。彼女の頬にも泥と血が散っていたが、その目はまだ余力を宿していた。

「恐らく、先鋒隊をやられた報復か、あるいは状況把握のために、別の部隊が来る可能性が高い。三倍の兵力があるって情報もある。今の勝利で終わるとは思えない」

レオンが厳しい表情で答える。その言葉に周囲の隊員たちも身の引き締まる思いだ。


戦いはこれからが本番――大軍が本腰を入れて押し寄せてくれば、今回のような陽動作戦だけでは凌ぎきれない。

「それでも、今回の勝利は大きい。まずは砦へ報告だ。支援部隊や他の砦と連絡を取り合い、さらに連携を強化する必要がある」

隊員たちは一斉に頷き、さっそく撤収と負傷者のケアを開始する。俺も深いため息をつきながら、次なる局面を想像する。

(三倍以上の兵力……どうやって乗り越える?)


まだ敵本隊は動いていない。しかし、すでに王国を護るためには大きな犠牲を払うことになるのは間違いない。

「おれにできるのは、斬ることだけ……だが、それで道を拓くしかねえ」

森に渦巻く血の匂いを感じながら、俺は歯を食いしばる。幾多の修羅場をくぐった戦国の武士として、この国境を突破させるわけにはいかない。

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