第12話「任務の報告と、新たなる指令―研究熱の深まるベアトリクス」

夜の見回りは何事もなく終わり、翌朝を迎える。

俺たち第三遊撃部隊は早々に荷支度を済ませて、集落を後にした。未確認の魔獣がいる可能性は残るが、今のところ大きな脅威は去ったようだ。住民たちも昨夜は無事に過ごせたらしく、安堵して見送ってくれる。


「今後、再び狼型の魔獣が出てきたら、また連絡してくれ」

副隊長のレオンがそう言い残し、集落の長老と握手を交わす。彼らは深く頭を下げ、「本当にありがとうございました」と繰り返していた。

俺も内心「これが騎士団の仕事か」と思いつつ、少し胸を張った気分になる。



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王都に戻るまでの道中、同行しているのはレオンとベアトリクス。道すがら、馬を進めながら任務の総括と次の動きについて話し合う。

「これで正式にお前の初仕事は終了というわけだな、シチトラ」

レオンは満足げに笑う。

「まぁ、狼何匹かの相手なら造作ない」

「あはは、言うねぇ。ただ今回の場合は、集落が事前に対策してくれてたのも大きい。囲いを作ってくれていたおかげで、夜襲の危険が減ったからな」


ベアトリクスは馬上で後ろを振り返りながら言う。

「それに、あなたたち二人の近接の速さがあったからこそ、わたしも大きな魔法を温存できた。非常にやりやすかったわ」

そう言いながら、彼女はチラリと俺を見てくる。昨夜の“夜の散歩”のこともあってか、どこかやわらかい表情をしているように見える。

(少し打ち解けたのかもしれないな)と思うと、俺も自然と気分が悪くない。


「そういやベアトリクス、昨日の闇属性の狼には氷の魔法を使っていたが、炎とか雷とか、いろいろ持ってるのか?」

俺は何となく気になって問う。ラニアが風の魔法を得意としていたように、魔法使いによって得意分野が違うのは知っている。

「基本的には属性を使い分けるわ。火は火事や延焼のリスクが高いし、雷は取り回しが難しい。あの狼相手なら、氷で制圧するのが一番効率的なの」

「なるほど、使い分けか。魔法もなかなかに奥が深いもんだな」

「ふふ、あなたが学ぶこともできるのよ、“身体強化術”だけでなく、理論だけなら勉強する価値はあるんじゃない?」

そう提案されると、俺は少し困惑する。魔法理論を学ぶなんて想像もしなかったが、ベアトリクスの興味は“俺が魔法の流れをどこまで把握できるか”というところにあるのかもしれない。


「考えとくさ。今は剣を振るうので手いっぱいだ」

そう言って誤魔化すと、彼女は少し不満そうに唇をとがらせる。

「ま、今度改めて話を聞かせてちょうだい」

その態度が、先日までのクールさと違って微笑ましい。レオンが「おっと、いい雰囲気か?」なんて冷やかし顔で振り返るので、俺は苦笑いを返すしかなかった。



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王都に戻ったのは夕方頃。

第三遊撃部隊の詰所に立ち寄り、簡単な報告書をまとめる。普段なら隊の文官が書いてくれるらしいが、今回は俺たちの初任務ということもあって、「実地で書いてみたらどうだ?」とレオンが提案した。

もっとも、俺は字を書くのに慣れていないし、魔法文字にはさっぱりなもんだから、横でベアトリクスが手助けしてくれる。

「ここはこう書くの。……ふふ、なかなか字が上手じゃないのね」

「……うっせえな」

恥ずかしい話だが、戦国の頃から字は苦手だった。こんなところで弱みを握られるとは思わなかったが、ベアトリクスは面白がっているらしい。


やがて、ひとまずの報告書をまとめ終わり、レオンが団長や副団長に面会して提出するとのこと。

「お前らはもう休んでいいぞ。今日はゆっくり休め」

「了解。じゃあ、先に下がらせてもらうわ」

ベアトリクスが立ち上がると、俺もつられて腰を上げる。装備や荷物をまとめるだけで結構骨が折れるが、これも騎士団の日常だ。


詰所を出たところで、ベアトリクスがちらっと俺のほうを向いた。

「あなた、今日はどこに泊まるの? 騎士団が用意した宿舎?」

「ああ、そうだな。しばらくはあそこに寝泊まりすることになってる」

実はラニアも時々連絡をくれるが、学院が忙しいらしく、最近あまり会えていない。ちょっと寂しい気もするが、仕方ない。

「なら、明日か明後日あたりにまた会えないかしら。せめて、あなたの『魔力の流れを読む力』について、もう少し詳しく聞いてみたいの」

ベアトリクスはローブの裾を握りながら、どこか照れくさそうに言う。

「……おれが答えられる範囲なら、構わねえさ。でもそれ、ただの戦いの勘かもしれないぞ?」

「それでもいいの。興味があるから。……それに、あなたとおしゃべりするのも、たまには悪くないし」


クールな彼女がこんな言い回しをするのは珍しい。

「じゃあ、空いてる時間を合わせて連絡するさ。よろしくな」

「ええ、待ってるわ」

そう言うと、彼女はわずかに微笑み、スタスタと石畳の上を歩き去っていった。

その背中を見送ったあと、俺は曇り空を仰ぎながら、ひとつ深呼吸する。異世界に来てから知り合った人々は、それぞれ個性が強いが、こうして仲間として共に戦い、言葉を交わすのは悪い気がしない。



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宿舎に戻ると、意外な来客が待っていた。

「あ、シチトラさん! おかえりなさい!」

そこには魔法学院の制服を着たラニアが待機していたのだ。

「お、おう、どうした?」

てっきり学院が忙しいかと思っていたから驚く。

「ちょうど明日、お休みになったんです。それであなたの初任務が気になって……お部屋にお邪魔してたんですけど、留守みたいなので待ってました」

彼女は微笑みながら言うが、腕に抱えた教科書らしきものを見れば、学院帰りに寄ったのが丸わかりだ。


「わざわざありがとさん。おれはさっき戻ったところだ。狼型の魔物を追い払って、今日はひと段落ってところかな」

「すごい……もうお仕事してるんですね。けがはありませんか?」

「問題ねえよ。これくらいは楽勝だった」

そう言うと、ラニアは安心したように微笑んで、「それならよかったです。明日もしお時間があれば、いろいろお話聞かせてほしいんですけど……」と上目遣いで言ってくる。

(……あれ、ベアトリクスと同じ日に約束しそうだな)

俺は一瞬、うっ、と言葉に詰まる。

「えっと……明日はちょっと分からねえな。もしかしたら、隊のほうで何か訓練やらがあるかもしれない。でも、時間が合えば、もちろんいいぜ」

「ほんとですか! では、なるべくお知らせくださいね? わたし、あなたの剣技とか、身体強化術の訓練がどうだったとか……すごく気になるので」


どうやらラニアも、俺のことを研究――というより、もう少し“個人的に知りたい”という感覚が強いらしい。彼女の顔は少し赤く染まっている。

(ラニアはラニアで気持ちを寄せてくれているし、ベアトリクスもベアトリクスで興味を持ってくれてる……。いや、なんだか面倒なフラグが立ちそうな予感がするな)

俺は内心で苦笑しつつ、「分かった、なるべく連絡する」とだけ答える。



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こうして、初任務の帰還早々、ベアトリクスとラニアそれぞれから“また会いたい”という要望を受けることになった。

騎士団の仕事に追われていた俺にとって、人間関係はあまり意識してこなかったが、そろそろ無視できないくらい“彼女たちの存在”が大きくなっている気がする。

(ま、ひとまず明日は訓練かもしれねぇし、どうなるかは流れ次第さ)

そう思いつつ、宿舎の部屋で重い鎧を脱ぎ、どさっとベッドに倒れ込む。

――剣の腕以外にもいろいろと学ばなくちゃいけない、そんな気がした夜だった。

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