第11話「初陣!第三遊撃部隊と魔獣討伐」

翌朝、俺は早くから詰所(隊の拠点)に足を運んだ。

“第三遊撃部隊”としての初任務が下りたらしい。国境付近の小さな集落で、“狼型の魔獣”による被害が相次いでいるとの報告が入ったのだ。

「さっそく忙しくなりそうだな」

俺は軽く気合いを入れつつ、入口で持ち場を確認する。


「おや、シチトラ。早いな」

副隊長のレオナルド(通称レオン)が声を掛けてきた。鎧を身につけ、すでに出撃準備は万端な様子だ。

「初任務だしな。隊長としては誰を連れて行くつもりだ?」

「今日の任務は大人数で行くほどでもないから、ベアトリクスと俺、それにお前の3人で行くぞ」

どうやら、最初から大編成で魔獣狩りをするほどでもないと判断されたらしい。とはいえ、狼型の魔獣が複数出る可能性があるので、魔法使いのベアトリクスが同行するとのことだ。


レオンによれば、ベアトリクスは第三遊撃部隊の“切り札”とも言える高位魔法使いだそうだ。だが本人は見た通りクールで、無駄なことはあまり口にしないタイプ。それでも昨日のあいさつでは、俺に「剣で魔法を切るとはどういうことかしら」と興味津々だった。

「彼女なりにお前を研究してみたいんじゃないのか?」

レオンは笑い混じりに言う。そういう意味では、ラニアと同じく“魔法使い視点”で俺の剣術に興味を持ってくれているということかもしれない。

「ま、研究されるのは構わねえが……おれはただ斬るだけだ」

そう返すと、レオンは「はは、そう言うな」と頷いた。



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国境沿いの集落へ向かう道中、俺たちは馬車を使わず、それぞれが馬に乗って移動した。

ベアトリクスは細身のローブにブーツという軽装で、馬の扱いにも慣れた様子。手綱を片手で操りながら、さほど揺れることなく座っている。

「シチトラ、馬は大丈夫?」

レオンが振り返るが、戦国の世でも馬には乗ったことがある俺にとっては、別段苦もない。

「ああ、これくらいなら平気だ」

「そう? ならいいわ」

すかさずベアトリクスが口を挟む。少し突っけんどんな言い方だけど、変に遠慮されるより気楽だ。


「しかし、魔獣が出るとはいえ、狼型ならそこまで手こずらないんじゃないか?」

自然と会話は今日の任務の話になる。狼型の魔獣――通称“ダスク・ウルフ”は、闇属性を帯びた獣らしい。夜間になると動きが活発化し、体毛から奇妙な瘴気を撒き散らすことがあるという。

「一匹ならともかく、群れで来られると危険よ。特に夜は人間の視界が利かないし、奴らは暗闇で狩りをする。それに、近隣の集落がすでに何度か襲われているの」

ベアトリクスが淡々と補足する。

「昼間に叩くならいいが、夕方以降になるとかなり厄介だって話だな。俺たちはできるだけ早く位置を突き止めて仕留めるつもりだ」

そう言うレオンの眼差しは鋭く、やはりこの部隊は“実戦部隊”だと感じさせる。



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目的地である集落に到着したのは午後早めの時刻。

すでに住民たちは怯えており、戸締りを厳重にしている家も多い。気の弱そうな老人が俺たちを見つけ、「騎士様……本当に来てくださったんですね!」とほっと安堵の息をついた。

「詳細を教えてもらえますか?」

ベアトリクスが落ち着いた声で住民に尋ねると、住民は「夜になると闇に紛れて、狼が猛スピードで襲ってくるんです……。大型で、体から黒い瘴気が……」と震えながら説明する。

どうやら群れで襲撃されることもあれば、一匹で動くこともあるらしい。どこか巣穴のような拠点があるはずだが、山や森が広がっていて簡単には見つからないようだ。


「よし、日没までに目ぼしい場所を探すぞ」

レオンの指示で、俺たちは集落周辺の森に分け入る。少しずつ足跡や糞、毛などの痕跡をたどりながら進む。

途中、「黒い毛が落ちてる」とベアトリクスが指し示す。明らかに普通の狼の毛とは違い、不気味な黒みがかって光沢がある。

「この辺りに奴らの気配が強いな……」

レオンが山道の奥を睨む。俺は少し鼻を利かせながら警戒を強める。戦国の世で獣狩りを何度もやった経験がある分、肉食獣の嫌な気配は感じ取れる。

(どうも近い気がするな……)



---


捜索開始から小一時間が経った頃、突如、茂みの向こうでガサガサという音がした。

「! 来たか……」

思わず木々の間に目を凝らすと、漆黒の毛並みの狼が一匹、こちらをうかがうように低く身を構えていた。

「“ダスク・ウルフ”ね」

ベアトリクスが一歩前へ出る。杖を構え、魔力を集中させているらしい。俺の目には、その周りに“空気の流れ”が絡みつくように見えていた。

「レオン、背後からも来るかもしれねえぞ。気をつけろ」

「おう、任せとけ」

レオンは剣を抜き、周囲の警戒をする。俺はというと、刀……ではなく騎士団支給の実戦用の剣に手をかけた。正直、自前の愛刀を使いたいが、目立ちすぎるって理由で今は控えている。


「ベアトリクス、魔法で一気にやるのか?」

俺が尋ねると、彼女は軽く首を振る。

「一匹ならともかく、群れでいる可能性が高い以上、ここで大魔法を使うのは得策じゃない。周囲の森林が燃えたりしたら集落への被害が広がるわ」

なるほど、力任せにはやらないんだな。俺は納得し、じゃあ地道に狩るしかないかと剣を抜く。

すると――**ガルルル……**という低い唸り声とともに、視界の端から新たな黒い影が飛び出してきた。

「2匹目か……やっぱり群れかもしれん!」

レオンが叫ぶ。俺はすかさず飛び込むようにして、一匹目に狙いを定める。


背中にわずかに“魔力の流れ”を感じる。振り向くと、ベアトリクスが中規模の氷の魔法を展開しようとしているのが見えた。光の筋が杖から伸びて、空気を凍らせるイメージの渦を作り始めている。

(それなら俺は近接で攻めるだけ……)

牙を剥いて飛びかかってきた狼に対し、俺は半身を捻るように剣を振り下ろす。

ザシュッ!

黒い毛並みが切り裂かれ、狼がひと吠えして地面に転がる。思っていたほど硬くない──獣は獣だ。ただ、瘴気が立ち上るのが気味悪い。

「さっさと止めを……」

念のため敵が動けないように剣を構え直すと、今度は後方で別の狼がレオンに飛びかかっているのが見えた。

「大丈夫か?」

「へっ、こいつの相手は俺がするさ!」

レオンは堂々と剣を受け止め、カウンターの一撃で狼の首筋を斬り裂く。さすが副隊長だけあって手際がいい。


次の瞬間、「凍結せよ……!」というベアトリクスの呪文が響き、氷の結晶が複数の狼を一網打尽に封じていく。どうやら、さらに2匹ほどいたらしく、彼女の広範囲魔法で氷漬けにされたようだ。

「ふぅ……これで合計4匹か」

俺は剣先から血を振り払いながらまわりを見回す。息絶えた狼、氷漬けになった狼、それぞれが黒い体毛を震わせているが、すでに動きは止まっている。

「これで終わり……いや、あと1~2匹は巣穴にいるかもしれん」

ベアトリクスが警戒を解かないまま言う。レオンも「もう少し捜すぞ」と頷いた。



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小一時間の捜索を続けた結果、どうやら残りの群れは逃げたか、そもそも数が少なかったらしく、これ以上の反応は見つからなかった。

「ま、大きな被害が出る前に駆除できたのは上々だ。後はこのまま追跡してもいいが、夜になると危険が増すし、集落の守りも固めなきゃな」

レオンの言葉を受け、俺たちはひとまず集落に戻ることにした。満遍なく探し回れば見つかるかもしれないが、無理な捜索をして夜に襲われるほうがマズい。

ベアトリクスも「それが妥当ね」と同意し、三人で集落に戻った。


住民からは感謝の言葉が次々と飛び出す。狼を4匹も倒してくれたのだから、まだ残党がいるとはいえ大助かりというわけだ。

「助かりました……本当に、ありがとうございます!」

緊張の糸がほぐれたのか、老人や子供たちが涙を浮かべながら声をかけてくる。これを見ると“騎士”としてのやりがいを実感する。



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その夜、集落の宿屋で簡易的に寝泊まりすることになった俺たち。

「夜襲があっても対応できるよう、三人で見張りを交代しながら泊まるぞ」とレオンが決定を下す。

順番はレオン→ベアトリクス→俺の三交代。俺は一番最後の時間帯らしい。

「寝られるうちに寝とけよ、シチトラ」

「おう、そうする」


……ところが。

案外眠れずに部屋でゴロゴロしていると、隣室のほうから微かな声が聞こえる。どうやらベアトリクスが部屋を出て、宿屋の廊下へ向かった音だ。

(休憩中か?)

気にはなったが放っておくつもりだった。だが、さらにドアの開く音がして何やらトントンと足音がこちらへ近づいてくる。


「……シチトラ、起きてるの?」

かすかな声が扉の向こうから聞こえた。仕方なくムクリと起き上がり、扉を開ける。

「なんだ、どうした?」

「見回りの交代にはまだ早いんだけど、レオンが『仮眠を取る』とか言って先に寝ちゃったの。わたしだけ目が冴えてしまって、気になったから……ちょっと外、歩きたいの。付き合ってもらえない?」

深夜の廊下、ベアトリクスはローブを軽く羽織り直して、真剣な眼差しで俺を見つめている。いつもクールな雰囲気の彼女だが、その瞳には少しだけ戸惑いの色が浮かんでいるようだ。


「夜襲の可能性は低いとはいえ、外に出るなら二人のほうが安全だな。わかったよ」

こうして、俺は一応刀(いや、剣か)を携えて彼女と宿屋の外へ出た。夜は肌寒いが、集落に広がる空気は意外と静かで落ち着いている。

村の囲いや、先ほどの狼の気配を感じた森を遠巻きに眺めながら、俺たちは並んでゆっくり歩く。月の光が頼りで、あたりは薄暗い。

「……不思議だわ」

やがて、ベアトリクスがぽつりと呟く。

「何が?」

「あなた、ただの剣士というには異質なのよ。魔法がない世界から来たっていうけど、身体の動きや魔力への対処を見ると、まるで“見えている”かのように感じる時がある。それが興味深くて……気づいたらあなたのことばかり考えていたの」

「おいおい、考えすぎだ。おれはただ斬ってるだけだし、別に大層な力はないと思うがな」

俺は苦笑するが、ベアトリクスの横顔はどこか繊細で、瞳に浮かぶ光が揺れている。まさか“ただの研究対象”を超えた何かを感じ始めているのか?

……そう思って意識してみれば、彼女の顔は若干赤いようにも見える。


「いつか、ちゃんとあなたの剣術を間近で見てみたい。……あ、今だって間近なんだけど、仕事中は余裕がないし、もっと深く知りたいのよね」

彼女は自分で言っていて若干恥ずかしくなったのか、ローブの襟を気にしながら視線を逸らす。

俺は「そんなに大層なもんじゃねえが……いつでも見りゃいいさ。おれは否定しねえ」と答えるに留める。どこか不器用なやりとりだが、それでも彼女が俺に興味を寄せてくれているのは嫌じゃない。


「ありがとう。……ふふ、あなた、意外と優しいのね」

「いや、普通だと思うが」

そうこうしているうちに、見回りというより“夜の散歩”のようにして時間が過ぎていく。特に魔物の気配は感じない。

「そろそろ戻ろう。あとでおれの番になるし、寝られるうちに寝とかないと」

「ええ、そうね」


二人で宿屋へ戻るあいだ、月光の下でふと目が合ったとき、ベアトリクスがはにかむように微笑む。いつものクールな彼女とは違う、やわらかい表情だった。

(やれやれ、こんな面妖な世界でこんな機微に気づかされるとはな……)

まあ、仲間を大事にするのも剣士として当然だろう。今はその程度に思っておこう――妙な緊張を感じつつ、俺はそっと夜の闇に目を凝らしながら宿屋の扉を開いた。


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