第10話「下級騎士からのスタート──俺にできることは斬るだけだ」
試験翌日。
騎士団本部の広い中庭には、朝の清々しい空気が流れている。けれど、ここに集まっている新入団の面々はみな張り詰めた雰囲気だ。昨日まで試験を受けていた連中と、別の支部から移籍してきた者など総勢十数名。その一角に俺もいる。
「これより、配属先を発表する」
前に立ったのは副団長とおぼしき女性騎士。鋭い眼差しだが、団長とはまた違うタイプの威厳がある。
副団長が読み上げるたびに周囲の空気が変わり、喜びや落胆が入り混じる。騎士団にもいくつか隊があって、それぞれ役割や目的が異なるらしい。
都市の外周を守る“城壁防衛隊”、主要街道を巡回する“遊撃部隊”、領土の各地に派遣される“地方警護隊”――などなど。そこに配属が決まることで、出世の道や将来の仕事も変わってくるそうだ。
「……橋田 シチトラ。お前は――」
名前を呼ばれた瞬間、周囲の視線が一斉にこちらへ向く。噂の“魔力なし剣士”として、一番の注目株になっているのは自覚している。
「一番下の階級、“下級騎士”として本部直属の第三遊撃部隊に配属する。等級は仮階級だが、実績次第で随時昇格を検討する。以上だ」
瞬間、ほかの連中がざわついた。
「第三遊撃部隊……?」
「えっ、あの“難所ばかり回る部隊”って噂の……」
どうやら“第三遊撃部隊”というのは、国境沿いの魔物が出やすい場所や、諸国との国境警備も兼ねるいわゆる“危険地帯”を行脚する部隊らしい。
だが、俺自身は特に嫌な感じはしない。むしろ村が抱えていた問題のように、魔物を叩くなら一番実戦的でいいじゃねえかと気が引き締まる。
「了解。よろしく頼む」
副団長は俺の返事に小さく頷き、そのまま他の隊員の発表を続けていく。
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配属先が決まった後は軽い説明会が開かれた。上級騎士らが各隊の概要を説明する。
「第三遊撃部隊は、騎士団の中でも“幅広く対応する”のが役目だ。魔物討伐はもちろんだが、対人戦の可能性も否定できない。実力と柔軟性が求められる精鋭部隊だが、長らく人手不足でな……」
よく聞けば、精鋭と言いつつ“激務かつ危険が多い”ので辞める者も多く、人数が少ないらしい。つまり“激務をこなせる実力者募集中”という事情があるわけだ。
「まあ、剣を振るうにはうってつけかもな」
俺はそう呟いて会場の隅を見やる。すると、青いローブのラニアがひょっこり顔を出しているのが見えた。どうやら“学院の勉強”の合間を縫って、俺の配属を見届けに来たらしい。
人ごみの中で目が合うと、ラニアは“よかったね”と口の動きだけで伝えてきた。手を振ろうか悩んでいたが、周囲の騎士たちの目があるので軽く会釈だけ返しておく。
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説明会が終わったあと、各人はそれぞれの隊の面々と顔合わせをすることになった。
「第三遊撃部隊の連中は……あっちか?」
控室の入口に目をやると、すでに数名の男女が集まり、話し込んでいる。鋼鉄製の鎧や軽装の革鎧、長槍を持つ者や魔法杖を背負う者など、装備にバラつきがあるのが特徴的だ。
「あんたがシチトラか?」
声をかけてきたのは、長身の男性騎士。年のころは30代半ばか。整った顔立ちだが、どこか温厚そうな笑顔を浮かべている。
「おう、そうだ。お前は?」
「俺はレオナルド・フロレンス。ここの副隊長をやってる。……まあ、気楽にレオンと呼んでくれ。団長から大物が来ると聞いてたが、まさか“魔力なし”とはな」
最後の言葉を冗談まじりに笑いながら言う。敵意は感じられない、むしろ興味津々というところか。
「こちらはベアトリクス・ローゼン。魔法使い枠でうちの隊の要だ」
レオンが隣にいた女性を紹介する。漆黒のローブに細身の杖を抱き、厳しい眼差しでこちらを見ている。
「ベアトリクスよ。あなたが“剣で魔法を斬る”とかいう剣士? 興味深いわね」
少し冷たい口調だが、目は好奇心で輝いているようにも見えた。
「……ご自由にどう思ってくれて構わないが、俺はただ斬るだけだ。宜しく頼むよ」
「ええ、私もまだあなたの実力を見たわけじゃないし、これから確かめさせてもらうわ」
妙に探究心旺盛な人らしい。ラニアとも違ったタイプの魔法使いだが、味方でいてくれるなら心強そうだ。
他にも槍使いの青年や弓を扱う女性など、数名が名乗り合った。皆それなりに経験を積んだ雰囲気だが、“人員不足”というのが見て取れる。
「じゃあ改めて、ようこそ第三遊撃部隊へ。今後は俺があんたの上司……というより仲間みたいなもんだ。何か困ったことがあれば気軽に言ってくれ」
レオンがにこやかに言い、ベアトリクスたちもそれに続く。俺も軽く頭を下げて応える。これが新たな出会いってやつか。
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そのあと隊の部屋で簡単なオリエンテーションを受け、ようやく解放されたのは夕暮れ近く。
慣れない書類を山ほど書かされ、階級は“下級騎士”だと改めて念押しされた。ようするに最底辺からスタートってわけだ。別に俺は出世なんか興味ないが、実戦で働けるなら何でもいい。
「お疲れ様です、シチトラさん!」
宿舎を出たところで、ラニアが待ち構えていた。学院の授業が終わったらしく、先ほどよりも楽しげな表情だ。
「そこまで疲れちゃいねえが、書類地獄には参ったな。お前の学院はどうだ?」
「わたしのほうも今日は色々ありましたけど、無事に手続きが進んで、また寮生活を始めました。久しぶりに戻ったら部屋が散らかってて……大変でした」
そう言って苦笑するラニアの様子からは、学院での生活にも馴染んでいる安心感がうかがえる。少し前まで村で一緒に雑用したり魔物を倒したりしていたのが懐かしいくらいだ。
「……あ、そうだ」
不意にラニアが思い出したように声を上げた。
「あなたの村への騎士派遣の話、正式に決まったみたいですよ。ここの本部から2、3名が行ってくれるそうです。隊長がそう言っていました。よかったですね」
「そうか……いや、助かる。あいつらが危険に晒されずに済むならいいんだが」
ホッと胸を撫で下ろす。村を出てきたとき、必ず安全を担保するって団長が約束してくれていたが、きちんと動いてくれたんだな。
少し夕焼けが冷たくなった街の風に当たりながら、しばしラニアと雑談をする。魔法学院のクラスがどうだとか、騎士団の厳しい訓練がどんなものかとか……まだ異世界には知らないことが山ほどある。
「あ……そういえば、あなた“身体強化術”は学ばないんですか?」
ふいにラニアが首を傾げて尋ねる。どうやら騎士団員は魔力を持たなくても、基礎的な“身体強化術”の指導を受けるのが普通らしい。
「身体強化術? 何だそれ」
「ほら、昨日の試合でも見たでしょう? 魔力を体に巡らせて力や速度を底上げする初歩的な魔法ですよ。最低限、それを使いこなすことは騎士団の必須スキルだと聞きましたけど……」
言われてみれば、たしかに試験でも見かけたような……。腕が妙に光ってたり、足にオーラみたいなのがまとわりついたりしてた奴らがいた。
「いや、正直、あんまり興味がねえというか……なくても十分斬れてるしな」
「う……確かにあなたはそうかもしれないですけど。でも、一応習ってみてもいいかもしれませんよ? 騎士団の訓練に付き合ううちに、きっと教わることになると思います」
ラニアは控えめに提案する。おそらく俺の戦力アップを純粋に願っての言葉だろう。
「ま、そのうち考えてみるさ。それより、明日からどんな任務が舞い込むのか、そっちのほうが興味あるんだよな」
この“第三遊撃部隊”は早ければ明日にも小型魔物の出現情報を受けて出動するかもしれないと聞いている。初仕事がどんなものになるのか、少しだけ胸が高鳴る。
「シチトラさんが本当に騎士団として動く……なんだか、村にいた頃と全然違いますね」
夕陽に照らされるラニアの横顔は、少し寂しげな微笑みを帯びていた。
「村の頃とは勝手が違うが、やることは同じさ。困ってる奴らがいるなら斬る。おれができるのは、それだけだ」
「……そうですね。わたしも学院で頑張りますから。もし何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくださいね」
そう言ってラニアは小さく手を振り、魔法学院のほうへと歩き去っていく。見送る俺は、まだ見知らぬ街の風景の中で、新たな道を進み始めた実感を噛みしめていた。
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その夜、騎士団の下宿先で一人、寝床に横になる。
改めて思う――剣しか能のない俺が、異世界でこうして“騎士”になろうとしているなんて、戦国の頃じゃ想像もできなかった。
(ま、悪くねえ……。ただ、魔法の訓練だのなんだの覚えることが山積みで面倒くさそうだが)
もっとも、俺には“魔力の流れが見える”という人外じみた感覚があるらしい――未だによく分からないけど、それがちょっとだけ気になる。
(ま、明日は明日の風が吹くさ。やるべきことをやるだけだ)
こうして、シチトラとしての騎士団生活は幕を開ける。
下級騎士という立場から、どこまで成り上がるのかは分からない。ただ一つ言えるのは、敵でも魔物でも、目の前の脅威は斬り伏せる――それが、俺の生きる術だということだ。
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