第9話「見えざる“流れ”──剣士が知らぬ間に宿したもの」

騎士団入団試験の模擬戦は次の段階へ。

初戦をあっさり終わらせた俺は、他の受験者たちが戦う様子を眺めながら、次の試合に備えていた。あれこれ考えるというより、静かに呼吸を整えているだけだ。


だが、時折“視界の端”に奇妙なものが映る。

例えば、魔法を使う者と使わない者の動き――ほんの一瞬、光の筋のようなものが見えたり、空間を揺らす何かが蠢いているように見えたりする。

(……なんだろうな、これ。風か? いや、空気が揺れてるのか?)

そう思って首を傾げるが、それ以上深く追求することはない。戦国で見た鉄砲の火花や熱気、乱戦の舞い上がる血煙のようなものと同じ感覚で“何となく察知してる”だけだと思っている。


「おい、次の対戦相手が呼ばれてるぞ」

係員の声にハッとして顔を上げると、俺の名が再び呼ばれた。

「次なる対戦は、エリオ・バリス対……シチトラ・ハシダ!」


円形の演習場の中ほどには、黒いローブを羽織った痩身の男が立っている。長い杖を手に取り、カツン、カツンと地面を突きながらこちらを睨んでいる。その瞳は鋭く、さきほどまでの兵士然とした連中とは雰囲気がまるで違う。

「どうやら魔法のスペシャリストってわけか」

淡々と呟きながら、俺は木剣を握り直し、ゆるりと敵の正面に立つ。


「始め!」の合図が響くと同時に、エリオと呼ばれた男は即座に呪文を唱え始める。

**シュウウ――**と空気が震えるような音がして、まるで濃い霧のような紺色の“何か”が杖の先に集まり始めた。

(……なんだ、この渦?)

はっきりとは形容しがたいが、俺の目には“魔力の流れ”らしきものが渦を巻くように見えている。杖を中心に粘っこく収束して、いまにも噴き出しそうだ。


「――『闇の剣よ!』」

エリオが短く呪文を叫ぶと、渦が形を変えて、漆黒の刃のような塊を作り出す。

「なんだか面妖だな」

ただ、ここで驚いて動きを止めるわけにはいかない。視界の隅で“流れ”の勢いが一気に増したのがわかり、直感的に「来る!」と感じる。

瞬時に横へ飛び退くと、先ほどの“漆黒の剣”めいた魔法が地面をえぐり、砂煙を上げた。


「ふうん……やるじゃないか。だが、一撃目は様子見ってところだな。次は逃がさないぞ」

エリオが舌打ちまじりに笑う。再び杖をかざし、めまぐるしく呪文を組み立て始める。

(魔力が、また渦を巻いて……)

その動きが手に取るようにわかるのに、俺は「敵の作戦が読める!」といった意識はあまりない。むしろ当たり前のように視界の端に映っているだけで、意識の大半は戦闘そのものだ。

(攻撃が来るタイミングが掴みやすいってのは、ありがたいが……普通なんだろ、こういうの)


そんな悠長に考えているうちに、再び魔法の発射体が俺めがけて飛んでくる。闇色の刃が何本にも分裂し、弧を描いて襲いかかる。

ギンッ、ギンッ――!

俺は木剣でそれらをバチンとはじき飛ばしつつ、残った一本をギリギリでかわして前進する。

「なっ……あの闇剣を打ち落とすだと!? どうやって位置を――」

エリオが驚愕の声を上げる。どうやら“どこへ飛ぶか分からない魔力”を即座に弾き返すのは、普通あり得ないことらしい。


しかし、俺にすれば「モヤの動き」がわかるから、攻撃が来る方向を予測するのはそれほど難しくない。もちろん身体能力もフルに使っているが、どこに飛んでくるかが見えてしまえば、あとは対処するだけだ。

(まあ別に、ここで変なことを言う必要はない。魔力の流れ? そんなもん、誰でも見えてるんだと思ってるしな……)


「てめえ、正面ばっかり魔法撃ってても勝てねえぞ」

敵の懐へ飛び込み、木剣の柄でエリオの杖を弾き上げる。

「くっ、ここまで近付かれたら……!」

男は焦りを隠せず、半端な防御魔法を発動しようと手を振るが、もう遅い。

「斬らせてもらうぜ」

一気に木剣を振りかぶり、エリオの肩口へ叩き落とす――と見せかけ、寸止めでギリギリのところにブレーキをかける。試験だからな。致命的なダメージはご法度だ。

バシュッ!

その衝撃で敵は地面に転がり、杖は無残に遠くへすっ飛んでいった。


「試合終了!」

審判の声が演習場に高く響き渡る。観衆は先ほどにも増して騒然だ。

「あの魔法使いが一方的にやられた……!」「魔力を的確に弾き落とすって、あんな芸当、初めて見たぞ!」

彼らの困惑した視線を浴びながら、俺はいつもの調子で刀――いや、木剣を軽く振って埃を払う。

「ま、終わったな。次は……」


そこへ駆け寄ってきたのは、レフェリー役の騎士。続いて団長や副官らしき者も、ほかの受験者の試合を一時止めてこちらに注目している。

「ちょ、ちょっと待て。どうやってあれを打ち落とした? 闇剣の軌道を見切るのは至難の業だぞ?」

一斉に質問の声が飛び交うが、正直言って答えに困る。

「どうやって、って……あんなの、刀を振るのと変わらんだろ」

まるで“呼吸”を聞かれたような感覚だ。変に理屈を捻り出すより、自分でも説明できないんだから仕方ない。


「……まあ、いい。とにかく試験は続行だ」

団長がまとめるように言い放ち、周囲の騎士たちは渋々散っていく。どうやら、今の勝利でもう俺の合格ラインは相当高いらしく、“本物だな”という視線が一段と増した感じがする。



---


それからも数回の対戦があったが、どれも大した苦労なくこなしていった。

正直、自分で言うのもなんだが、戦国の修羅場をくぐってきた身からすれば、こういった試験形式の戦いはかえってやりやすい。さらに“魔力の軌道”が見える(と思い込んでいる)ため、相手の攻撃が読みやすいのも大きな要因だろう。

無論、俺自身はそれを“普通の感覚”だと疑ってもいない。


最終試合後の閉会宣言が鳴り響く。結局、俺は負傷もせず全勝した形だ。観客席では見習いローブのラニアが目を潤ませながら両手で拍手を送ってくれている。

勝負が終わったあと、団長や幹部らしき騎士たちが観衆の前に並び立った。団長がゆっくりと口を開く。

「今回の試験、複数名が合格基準に達したが……中でも特筆すべきは、魔力を持たない身でありながら圧倒的な実力を示した、シチトラ・ハシダだ」

その言葉に合わせて、衆目が一斉に俺へ向かう。俺は思わず肩をすくめる。こんなに目立ったことは、かつての戦国時代でもそう多くはなかった。


「正式に“騎士団”への入団を許可する。後ほど細かい階級や職務を割り振るが、お前の働きは国にとっても大きな力となるだろう。これより、我らが盟友として迎え入れる。よいな?」

団長の声が演習場にこだまする。観覧席から歓声が上がり、続々と拍手が沸き起こる。ラニアは目を輝かせて手を振っていた。

「……ありがたく受け取っておくか。これであの村の連中も、安心できるってわけだ」

そう呟いて、俺は団長に一礼する。村の件――騎士団員を数名派遣するという約束が、これでより確実になるだろう。



---


試験が終わって控え室に戻ると、待っていたラニアが勢いよく駆け寄ってきた。

「おめでとう! すごかった……本当にすごかったです!」

「そ、そうか。まあ、あいつらも思ったより大人しかったが」

照れ臭いが、ラニアは嬉しそうに目を潤ませ、「最後の闇剣の応酬、まさに剣士の極みでしたね。あれ、どうやって対応できたんですか?」と目を輝かせる。

「ああ、うーん、何となく“流れ”が見えただけだよ。お前らも普通に分かるもんじゃねえのか?」

ラニアはぽかんと口を開け、「え……い、いえ! 普通はそんなことあり得ません! 魔法の軌道なんて肉眼で捉えるなんて、信じられない……」と驚愕。

「……は?」

(え、そうなのか? おれは当たり前だと思ってたんだが……)


だが、このとき俺は“それなら黙っておこう”と直感的に思った。

こんな能力、下手に騒がれて余計な波風を立てても面倒だ。それに“魔力の流れが見える”なんて本当に言葉で説明しようがないし、体に染みついた戦国の勘と何が違うのか、いまいちピンとこない。

「ま、まあいいじゃねえか。おれはただ、刀(木剣)で斬ることしか脳がねえからな。魔力のない分、体を鍛えたんだよ」

そう言って誤魔化すように笑うと、ラニアは何か言いたげだったが、最終的には「そ、そうですね……すごいことだけど、あなたなら不思議じゃないかも」と納得したようだ。


こうして、俺の騎士団入団試験は幕を下ろした。

自分では普通だと思っている“見えざる流れ”――それは、この世界の常識を知らない俺が無自覚に培った力なのかもしれない。

だが、今はまだ気に留めるつもりもない。むしろ、そんな力より、俺には鍛え抜いた剣技と身体こそが頼りだと思っているのだから。

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