第2話「ゴブリン? 面妖な名前だが、ぶった斬れば同じだろう!」
「ゴブリン? それがその“面妖な”魔物の名前ってわけか」
おれは村人の男――どうやら名前はジョルクと言うらしい――から、ゴブリンという怪物の説明を受けながら村はずれへと走っていた。
小さな緑色の化け物らしく、通常なら魔法で迎え撃つのがこの世界の常識らしいが、あいにくこの村にそこまで腕の立つ“魔法使い”はいないとか。
「おれは妖術なんざ使えねえが、剣の腕は多少は自信ある。安心して待ってろ」
そう言い残して、おれは先に駆け出した。身体強化の秘術なんてのはなくても、走り込みと鍛錬は戦国で散々やってる。こんな田舎道のダッシュごとき朝飯前だ。
さて、悲鳴の方角に近づくと、さっそく目についたのが……なんだ、あの緑色のガキみたいな化け物は。確かに背は低いが、牙が剥き出しで目が血走っているし、持ってる棍棒(こんぼう)には赤黒いシミがついてる。
「ゲヒッ、ゲヒッ」なんて変な声を出して、村の家畜を襲っているらしい。しかも二匹、三匹……いや、ざっと数えただけで十匹近くいるか? しかもわらわらと増援が出てきやがった。
「やれやれ、数が多いじゃねぇか。だが、“斬る”という行為に数は関係ねえ」
そう、戦場だろうが山賊退治だろうが、おれは敵が多ければ多いほど燃えるタチだ。
「おい、そこの緑色! てめぇら、ここはおれが通らせてもらうぜ」
なんて挑発的に言ってみたが、ゴブリンどもに人語が通じるのかは定かじゃない。
案の定、ゴブリンは「ゲッ!?」とこっちを見て、威嚇するようにギャーギャー喚きながら殺到してきた。
「ふん……」
おれは背中に流れた一筋の冷や汗を無視して、腰の刀に手をかける。久々に戦場の血が騒ぐってもんだ。
次の瞬間、ゴブリンの小さい武器が一斉に振り下ろされる。棍棒、ジャギジャギの短剣、何か骨みたいな武器もあるじゃねえか……「妙なもん持ってるな」と思いつつ、振り下ろされる斬撃をまとめて受け流す。
カキィンッ!
と、複数の衝撃音が重なった。よほど脆い武器なのか、向こうの刃こぼれが酷い。
「ま、力任せな攻撃だな。こちとら戦国仕込みだっての」
ぎゅっと刀を握り直し、そのまま水平に一閃。ゴブリンどもは一拍おいてから、「ギャアア!」と悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。
「次、来いよ。まだまだ……あぁ、来るな。全員まとめてか」
ゾロゾロと押し寄せてくるゴブリンたちは、上級の知性はなさそうだ。群れで襲うだけが取り柄だろうが、こちらが囲まれる前に先手を打たなきゃいけない。
「邪魔だ、どきやがれ!」
蹴り飛ばすように前に踏み込み、さらにもう一撃。ザシュッ!
ゴブリンが二匹まとめてふっ飛んだ。剣術というより野太刀の勢い任せって感じだが、充分すぎる効果がある。
とはいえ、十匹のゴブリンが相手だ。数で押し切られては面倒だ。おれは少し後退して体勢を整える。…と、そのとき。
「風の矢よ、汝が敵を貫け――!」
どこかから凛とした声が響き、透明な矢のようなものがゴブリンに飛んだ。
「ゲヒュッ!?」
ゴブリンが二匹ほどまとめて吹っ飛び、泡を吹いてダウン。なんだ、今の攻撃……風? まるで見えない矢が敵を撃ち抜いたぞ。
「お、遅れてすみません!」
声のする方を見やれば、そこには先ほどの村人ジョルクじゃなく、見慣れねえ女が立っていた。年のころは……20代前半か? ツンとした表情が凛々しいが、そんな華奢な体で、大丈夫かよ。
「私、ここの村に滞在している見習いの魔法使いです。あなた一人に任せるわけにはいきません!」
魔法使い……つまり妖術使いか。なるほど、あれが「魔法」ってやつの正体か。意外と地味だが、威力はそこそこあるみたいだな。
「ありがとさん。助かったぜ」
こちらは剣しか使えねぇし、多少なりとも援護があるのは助かる。
「あ、あなた……そういえば、その刀は何なんです? とても見たことがない――」
「話はあとだ! 敵がまだ片付いちゃいねえ」
ゴブリンの群れはまだ半分くらい残っている。声をかけてくれた女性は焦りつつも、小さく呪文を唱え始めた。でも、その詠唱はなんだかゆっくりで、時間がかかりそうだ。
「ってことは――結局、こっちもやるしかねえわけだ!」
おれは再び飛び出す。走りながら肩口で刀を構えると、ゴブリンどもが悲鳴を上げて逃げ腰になったように見えた。
「逃がすかよっ!」
一匹、二匹、斬り伏せながら進軍していく。ゴブリンのグループは、こちらの勢いに恐れをなしたのか四方八方に散り散りに逃げ始めた。
「あと数匹……そっちはお前さんに任せるぜ、魔法使い!」
「ま、任されました!」
彼女が唱えた呪文で、風の斬撃が発生し、逃げるゴブリンを斜めに切り裂く。ふむ、なかなか派手な妖術だな。
最後の一匹が地面に倒れ伏すまでに、そう時間はかからなかった。
こうして短時間でゴブリンの群れはほぼ全滅。村を荒らしまわっていた連中を退治できたってわけだ。
「ぜえ、ぜえ……終わった、のかしら?」
魔法使いの女性が額の汗を拭う。おれも多少は息があがったが、まだ余裕はある。
「どうやらな。助かったぜ。おれだけだったら時間がかかったかもしれねえ」
「いえいえ、とんでもない。あんな剣さばき、私、初めて見ました……」
村人ジョルクも、あちこちに隠れていた者たちも、安堵の表情で「助かった……!」と呟いている。すると彼らはおれのほうに駆け寄り、何やら胸の前で手を合わせて深々と頭を下げた。
「す、すごいです……魔法でなく、剣の力で、ゴブリンを……!」
「ありがとう……あなたのような剣士がいてくださるなんて、奇跡です!」
いや、別に奇跡じゃねえけどな……。戦国ではあんな山賊や盗賊も珍しくないし、ゴブリンだろうが何だろうが、力押しで勝てる相手なら同じことだ。
「とりあえず、おれは腹が減ってんだ。なんか食えるもんはあるか?」
そう言うと、村人たちは「もちろん、すぐに用意します!」と目を輝かせた。どうやら、めしにはありつけそうだな。
「助っ人の魔法使いさん、あんたも助けてくれて感謝するぜ。名前は?」
「えっ、私ですか? ええと……ラニアといいます。魔法学院の見習いですが……あなたこそ、いったい?」
「おれは橋田 七虎。戦国の世から来たって言ってもわからねえだろうが、まぁ剣士だ。よろしくな、ラニア」
こうして村の連中は大喜びでおれたちを迎えてくれることになった。
ただ、ラニアがチラチラとこちらを見てくる様子が気になる。あの風の攻撃を繰り出したのは大したもんだが……どうやら“魔法”ってやつは、この世界じゃ当たり前の戦い方らしい。
おれが妖術だなんだと言っても、やっぱりこの世界の連中にはピンと来ないんだろう。
「面妖な世界に迷い込んだもんだが……ここからどうなるんだか」
高揚した身体をほぐしつつ、おれはこれからの展開に頭を巡らせる。とりあえず腹を満たしたら、色々と聞き出さねえといけないことが山ほどあるからな。
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