第3話「酒と話と面妖な噂──村でのお世話、シチトラ初の一晩」
「いやぁ、改めてありがとうな、シチトラ・ハシダさん!」
すっかり陽も暮れ、村の小さな広場で簡単な宴が始まっていた。ゴブリンを蹴散らしてくれたおれの活躍を讃えてくれるらしい。
とはいっても豪勢なもんじゃない。焼いた野菜と少しばかりの干し肉、そして麦から造ったという薄い酒が振る舞われる程度。それでもこの村人たちには立派なご馳走なんだろうし、何よりその“心意気”がありがたいもんだ。
「いいってことよ。腹が減ってたし、あいつらを斬ったおかげでこうして酒にもありつけたわけだしな」
そう返すと、老若男女が「カンパイ!」と木製の杯を掲げる。みんなだいぶテンション高いな……。いや、日頃から魔物に怯えて、気の抜ける暇もなかったんだろう。少しくらい羽を伸ばしてもらえれば、おれも救われる。
「へへ、シチトラさん、ありがとうございます! この村も、ずいぶん前から魔物の被害に悩んでたんです」と、先ほどのジョルクがにこやかに話しかけてくる。
「ジョルク、あんたもずいぶん酔ってるな。顔が真っ赤だぞ」
「はは、そんなことないですよ……ちょっと、ふにゃ……」
ジョルクはベロンベロンに酔っ払ってるらしく、今にもへたり込みそうだ。村人たちの素朴な酒、意外と強いのかもな。おれもぐいっと一杯あおったら、のどがピリリと焼ける感じがする。うん、悪くねえ。
「そういえば……」
何やら遠巻きに、先ほどの魔法使い・ラニアが一人で飲んでいるのが見えた。小さな杯を両手で包みながら、落ち着かなそうに周囲を窺っている。
「ラニア、そっちで一人で飲んでないで、こっちに来いよ。おれらも初対面みてえなもんだし、もう少し話を聞かせちゃくれねえか?」
「え……あ、はい」
彼女は少し戸惑いながらも、ちょこちょこと席を移動してくる。恐らく人付き合いに慣れていないのかもしれん。
「えーと、ラニアさんは普段はどんなところで修行してんだ? さっきは風の矢だとか風の斬撃だとか、妙な呪文を見せてくれたが」
「妙な、って……。あれは正式な魔法です。私は王都にある“魔法学院”に籍を置いていて、ここには実地研修の一環で来ているんです。危ない魔物が出る地域に赴いて、討伐や護衛の経験を積むのが目的なのですが……」
そう言ってうつむくラニア。どうやら、この村の魔物問題を解決する役目だったのに、自分一人では力量不足だったことが悔しいのだろう。
「そっか。ま、そうしょんぼりすんなって。おれはただ刀を振るっただけだし、あんたが援護してくれたおかげでラクに終わったよ」
「はい……でも、もっと上手に魔法を使えれば、シチトラさんの負担を減らせたかも」
「おれが斬られてたならともかく、ひとりの傷も出ずに終わったんだ。上出来じゃねえか。……あ、腹いっぱい食って元気つけろよ」
そう言って、焼いた野菜の皿を彼女の前にそっと押しやると、ラニアは少し笑みを浮かべて「いただきます」とつぶやいた。
そんなこんなで村人との酒盛りは続き、酔いが回ってきたのか、誰かがぽろっと溜め息まじりにこぼす。
「はぁ……せめて騎士団の人がもう少し来てくれりゃあいいのに……」
「騎士団? なんだ、それは。武士団みたいなもんか?」
「シチトラさんは、騎士団もご存じないんですか?」と、ほろ酔いのラニアが驚いた声をあげる。
「おれは戦国の世で生きてきたって言っても、こっちじゃあ通じねえだろ。聞きたいことは山ほどある。あんたらの世界を教えてくれよ」
すると村人たちが、「あー、そういえばシチトラさん、変わった言葉遣いだったしな」と頷き合いながら、おれに色々と説明してくれた。
この国の名前は「リュミエール王国」。
騎士団は、主に魔法剣士や魔法使いから成る国直属の軍事組織で、国内外の魔物被害や他国からの侵略を防いでいる。
ただし、王国の騎士団員は基本“魔力”を持つ者が優先されるため、純粋な剣士はあまり採用されないし、いても下っ端扱いらしい。
この村の抱える問題は、ゴブリンなどの小型魔物の頻繁な襲撃や、近隣山岳地帯に潜む大物魔獣の存在。騎士団への救援要請がうまく届いていないらしく、まともに動いてくれない。
「なるほどな。魔法があるから、剣術なんて時代遅れだと」
おれは頭をかきながら、やたらと理不尽な状況にため息をついた。戦国の世でも、鉄砲が普及しだしたころには弓取りや槍取りが廃れていくような風潮があったっけ。時代が変われば、戦い方も変わる。
「でも、今日のシチトラさんの戦いっぷり見たら、そんじょそこらの魔法より強いんじゃねえかって思っちまいますよ!」と、ジョルクが酔っぱらいながら笑う。
「ま、相手がゴブリン程度だったからな。おれの刀はもともと、人同士の斬り合いに使うもんだ。化け物を斬るのは慣れてねえよ。……って言っても、山の毛モジャモジャした熊や猪はしょっちゅう狩ってきたが」
そんな話をしていると、「ところで、シチトラさん」と、ラニアが興味深げに声をかけてくる。
「あなたの刀、魔力の防御をも斬り裂いたように見えましたけど、あれはどういう――」
「あー、それはおれが聞きたいくらいだな。たまたま剣筋が冴えた、としか言えねえ」
今のところ理屈は皆目見当がつかん。戦国の世じゃ“刀で霊を祓う”とか“妖怪を斬る”なんて話もあったが、まさか現実に体験するとは思わなかった。
「でも、あのゴブリンたち、ちょっと変でしたよね。周辺にはこんなに大群はいないはずなのに……」
「どこかで誰かがけしかけてるって噂もあるし……」
村人の間から、そんな不穏な声が上がる。どうやら、ここにはまだ何か裏がありそうだ。
「ま、ともかくおれはしばらくこの村で世話になる。別に行くあてもねえし、森を抜けたところで途方に暮れてたしな」
「ほんとですか! おれたちからもどうかお願いしたいです。何かあったとき、シチトラさんがいてくれると心強い……!」
「そうそう、危ない魔獣もいるし、騎士団が当てにならない今、シチトラさんやラニアさんが力を貸してくださるなら……」
村人たちがわっと盛り上がり、おれに頭を下げてくる。これは断りづらいな。
けど、悪い気分じゃない。戦国で命のやり取りをしてきた分、少しでも誰かの助けになって、笑ってもらえるなら、それに越したことはねえか。
「まぁ、腹が膨れて屋根の下で休めりゃおれも文句はねえ。しばらく厄介になるぜ」
と宣言すると、村人たちは安心したように大喜びで「ありがとう!」を連呼する。
ラニアもほっとした笑顔で「私もここでの任務があるので、しばらくはこの村に滞在します。ご迷惑でなければ、一緒に協力して……いいですよね?」と遠慮がちに言う。
「おれは構わねえさ。むしろ、一人じゃ分からんことだらけだしな。よろしく頼むよ、ラニア」
こうしておれは、“面妖な”異世界のとある村に腰を落ち着けることになった。
明日からは村人たちの生活を手伝いながら、魔物の対処も引き続きやることになるだろう。さらに“騎士団”なる組織や王都の情報についても聞きたいことが山積みだ。
酒の勢いでまぶたが重くなってきたところを見計らい、心地よい酔いとともにこの日はお開きに。
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