面妖だと?ならば斬るまで──29歳剣豪の異世界大騒動
カンジョウ
第1話「森を抜けたら面妖な世界って、冗談だろうが……」
「おれの名は橋田 七虎(はしだ しちとら)。戦国じゃ“橋田一刀斎”なんて仰々しい二つ名をいただいている。もっとも、おれ自身は大したことないと思っちゃいるが」
29歳にもなって、武者修行と称して各地をふらつく——それが今までの人生だった。
合戦に明け暮れる時代、腕っぷしだけで生きてきたおれだが、最近はさすがに「少し落ち着きゃあいいのに」と周囲から言われたりもする。けどどうにもじっとしてられねえ性分なんだよな。
さて、そんなおれがこのとある森に迷い込んだのは、ほんの些細な“道案内”のミスが原因だった。
「こっちが近道だって言ったのは誰だ? まぁ、誰もいねえか」
しかし森を抜けるのにこんなに苦労するとは思わなかった。太陽の位置もなんだか妙だし、木の形もどこかしら変わってやがる。背の高さじゃなく、幹に模様みたいなモンが走ってて……おいおい、なんだこりゃ。
正直、ちょっと不気味だ。いや、戦場で血みどろの死線をくぐり抜けたおれだって、こんな森は初めてだ。
「まぁ、通り抜けりゃあ何とかなるだろ。腹も減ったしな」
と、適当に呟いて足を進める。ガサガサと木々をかき分けながら歩いてると、視界の先が急に開けてきた。ようやく抜け道か? 小高い丘みたいになってるじゃねえか。
「ん? なんだ、あれは……村か?」
森の向こうには確かに家々が見える。けれど、なんというか……建物の造りが不思議だ。おれの知ってる藁葺き屋根じゃないし、瓦でもない。まるで別の国……いや、どこか異国情緒があるというより、もっと見たこともねぇ建築様式だ。
近づいてみれば、道も石畳じゃないか。戦国の世に石畳なんてそうそうあるもんじゃないし、それに道沿いに変にゴテゴテした立て札が並んでる。文字もなんだか読めねえ――ってか、これ文字か? 記号にしか見えねえぞ。
「おいおい……ほんとにここ、どこなんだ?」
そんな疑問を口にしながらも、腹は減るし喉はカラカラ。ひとまず村と思しきところへ降りていくと、畑仕事中らしき男が目に入った。
「おぉい、すまねえが……」
声をかけた瞬間、その男はギョッとして鍬(くわ)を放り投げ、尻もちをついた。
「だ、だれっ……!? なんで剣士がこんなところに!?」
「は? おれは通りすがりの侍……いや、剣士だが」
おれは困惑しながら、腰の刀をちらっと見る。物騒に見えるのかもしれんが、抜き身じゃないし、そこまで驚かれるようなもんでもないだろ。
「もしや、魔法使い……ではないのですか? どうやってその森を抜けてきたんです?」
「魔法? 妖術かなんかのことか? おれには関係ねえが……。それよりここは、何という村だ?」
「…………!」
その男はさらに驚いた顔で、まるで得体の知れない生き物を見るようにおれをまじまじと見てくる。
自分で言うのもなんだが、こんなに“怪物を見るような”目を向けられるのは初めてだ。戦場にいた頃、敵兵だってもうちょっとマシな目で見てくれたもんだが。
と、そのとき。突然「きゃあああああ!」という悲鳴が村はずれから響いた。
「な、なんだ!?」
「た、大変です! ゴブリンの集団が……!」
「ゴブリン……? なんか面妖な名だな」
男は半泣きになって「魔力のない私たちは逃げるしかないんです……」と小声で言う。よくわからねえが、要するに化け物が出たってことだな。
「ならあとは任せてくれ。おれは、見ての通りの剣士だ」
こう見えて29歳、戦場では多少は名のある剣豪だ。妖術とは違うが、化け物を斬るくらいはお手のものだろう。男を安心させるため、少しだけ笑ってみせる。
「お、おぉ……」
その男はあんぐりと口を開けるばかりで、今にも泣きそうな顔だ。
「さてと――よくわからんが、異形なモンならひとまず斬っとくか」
森を抜けた先で、訳もわからぬうちに“面妖なゴブリン”とやらを退治する羽目になるとは。だが、こうしておれの“異世界大騒動”は幕を開けたらしい。
腹も減ってるが、飯の前に一仕事ってところか。剣の柄に手をかけながら、おれは「こいつはとんでもねえ世界に迷い込んじまったな」と思わず苦笑する。
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