小説の書き出しコンテスト!(すこしふしぎ文学)

島崎町

小説の書き出しコンテスト!(すこしふしぎ文学)

はじまりがあれば終わりもある。


すげてのものごとに、すべてのことがらに。もちろん小説にも。


「小説の書き出しコンテスト!」


公募は大々的に行われ、全国各地から選りすぐりの「書き出し」が集まった。


流麗で美しい書き出し、簡潔で引き締まった書き出し、素朴で味のある書き出し、意外性で魅力ある書き出し……。たくさんの書き出しが一堂に会した。


書き出しばかりがこんなに集まったことはなかったので、ある人が言った。この場には未完の作品しかないんだね。


どの書き出しもこのコンテストのために書かれたもので、それ以降は存在しない。すべてが「書きっぱなし」の状態であった。


こんなにも魅力的な書き出しばかり集まったのに、ひとつとして完成していないのもどうなのか。審査員からそんな言葉が漏れた。どうにかして完成させてやることはできないのか。


そんなとき、おっせかいで世話焼きな審査員が案を出した。


わたしは「書き終わり」のコンテストの審査員もやっている。そちらは魅力的な書き終わりが集まって、やはり未完の状態だ。どうでしょう、お見合いをしては。


ということで、書き出しコンテストの応募作と書き終わりコンテストの応募作が日を改めて会うことになった。


しばらくして、いつもの倍の大きさの会場に一同は集まった。


ほう。


と関係者から声が漏れた。なにせ「書き出し」「書き終わり」コンテストに応募してきたものたちだ、見た目の美しさや華やかさだけでなく、内面からあふれ出す魅力、力強さ。哲学性や思想性まで感じさせるものもいる。オーラに充ち満ちた書き出しと書き終わりたちだ。


しかしどうしたことだろう。会がはじまってもおたがい緊張した様子で、書き出しは書き出しで、書き終わりは書き終わりで会場の端に固まっている。


たまに、料理や飲み物がならぶテーブルにいそいそと行っては、料理をとるフリをして相手の様子をうかがい、仲間たちのもとへ帰っていく。そうしてヒトヒソと、あんな書き出しがいたとか、あんな書き終わりがいたとか、コソコソ内輪で話している。


これではいかん。なんのためのお見合いなんだ。


おせっかいで世話焼きな審査員は思った。だが時間だけがすぎていく。


このままでは数十の未完の小説たちが集まって、料理を食べ飲み物を飲んだだけのパーティーになってしまう。小説界にあらたなるすばらしき作品が生まれるチャンスなのに。


落胆の色濃くなりし頃に会場のドアが突如開いた。一同は明かりが差しこむドアを見た。


入ってきたのは〈吾輩は猫である。名前はまだ無い。〉と〈南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。〉だった。


『吾輩は猫である』夫婦だ。ふたつはしあわせな出会いをへて豊かな小説作品となったのだ。


「書き出し姓」を名乗っているのだよ。審査員のひとりがつぶやいた。つまり書き出しの方を作品のタイトルとしているのだ。


うしろからさらにもう一組入ってきた。


〈…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。〉


と、


〈……ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。〉


だった。似たもの夫婦と呼ばれる「書き出し・書き終わり夫婦」だ。


ふたつは奇妙で長大な中間部を生み出して『ドグラ・マグラ』を名乗り、周囲からも一目置かれている存在だ。


そんな有名な二組が、「書き出し」「書き終わり」お見合いパーティーの様子をながめにやってきたのだ。


二組を見てみな思った。


恐れることはないのだ。どんな書き出しにも固有の美しさがあり、輝きがある。どんな書き終わりにも余韻があって、あらゆる書き出しと中間部を受け止めることができるのだ。そして書き出しと書き終わりの出会いは美しき呼応となるのだ。


そういう気持ちが一瞬で宿った。明るい未来が見えたような気がした。


書き出しと書き終わりは、ひとつまたひとつと会場の中央に歩いていった。そして出会った。


「書き出し」にはこの「書き終わり」しかないと思えた。「書き終わり」もまた導かれるようにして「書き出し」のもとへ歩み寄っていった。


ひとつの「書き出し」も「書き終わり」もあぶれることなく、すべてが結ばれた。


しばらくしたら、ふたつのあいだに豊かな小説が生まれるだろう。そうしてみなを楽しませてくれるだろう。


関係者一同、明るい希望をいだきホッとした表情を見せた。


「書き出し」と「書き終わり」のお見合いパーティーは無事終わった。


一同が去ったあと、様子を見ていたスタッフ二名がようやくだと、あと片付けをはじめた。


おたがいはじめて見る顔だった。テキパキと仕事をこなし、チームワークもよかった。すべての仕事を終えてほっと息を吐き、顔を見あわせた。


「やあ、ぼくの名前は『はじまりがあれば終わりもある。』」

「わたしの名前は『それはまた、別のお話。』」


こうしてここでもまた「書き出し」と「書き終わり」の出会いがあって、新たな物語が生まれることになるのだが……


それはまた、別のお話。

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