おとなには、ひみつの国(すこしふしぎ文学)

島崎町

おとなには、ひみつの国(すこしふしぎ文学)

国王制を廃止して、大統領制にすることにした。


国王である僕は退位して、初代大統領を選ぶ投票をした。結果、ケンイチロウくんが選ばれた。彼は学級委員もやってるし大統領にふさわしい。


僕は立候補しなかった。もともと僕がつくった国だけど、この国はあたらしい段階に入ったんだ。ひとりがすべてを決めて、国民が従うだけなんて間違ってる(これはいま、僕が心の中で思っていること。思うだけならだいじょうぶ)。


僕たちの国「北北西中学校1年3組王国」は、国王制の廃止にともない「北北西中学校1年3組共和国」になり、長いので「13国」と呼ぶことを賛成多数で決めた――ときにチャイムが鳴った。


「道徳」の時間が終わって先生が黒板を消しはじめる。〈師父〉のすばらしい言葉が消されていく。


〈国家なくして国民なし〉

〈義務にまさる権利なし〉


先生が背を向けてるうちに、僕たちは投票用紙をひそかに回収した。


「宿題忘れるなよ」


そう言って先生が出て行くと、みんなはわっとケンイチロウくんのまわりに集まった。


「新大統領がんばれよ!」

「宿題なくす法律つくってくれ」


僕はにぎやかな教室をながめた。旧国王として、成長していくこの国をほこらしく思った。


国民総勢30人、面積は教室1個分。平均年齢12.4歳のこの国は、1ヶ月前、僕のアイデアから生まれた。


僕たちだけの国をつくろう。自由に考え自由に発言できる、たのしくゆかいな国。はじめはみんな冗談だと思ったらしいけど、僕が決めた最初の法律には興味をひかれたようだった。


〈この国は大人にひみつ〉


みんなひみつが好きだった。自分だけがそのことを知ってる特別感、かくしごとをするドキドキ感。大人に隠れてなにかするのはとても楽しい。


僕はひとりひとりに声をかけ、けっきょくクラスの全員が参加することになった。


僕が国王となった1ヶ月間、ちゃくちゃくと国はできあがっていった。領土は教室、みんな仲よく、争いはさけ、この国にいるあいだは自由。そう、絶対に自由なんだ。


今日の授業が終わった。一歩教室を出ると、僕たちはそっと心にベールをおろす。


監視が厳しい廊下を規律正しく歩く。先生が見ている。生徒同士が監視しあうんだ。私語は厳禁、みんなに歩調を合わせてしっかり歩く。


1階に降りると玄関前では〈思想身だしなみ検査〉だ。登校と下校時に、カバンを開け、ポケットをさぐられ、思想と持ち物を検査をされる。反体制派の本やメモ、グッズ類は〈作らず〉〈持ちこまず〉〈持ち帰らず〉の三原則だ。


僕たちも「13国」のひみつを、〈書かず〉〈ネットでやりとりせず〉〈教室以外では口にせず〉の三原則で守り、今日の投票表紙は破いてトイレに流した。


検査をクリアして外に出ても気が抜けない。いたるところに監視カメラがあるし、人々はスマホで撮影して〈あやしいやつ〉を〈サポーター〉に密告しあうんだ。



「13国」はケンイチロウ大統領のもとで安定的に運営されていった。


決めごとは全員の投票で、多数決だけど少数派の意見もよく聞く、それでも揉めるなら、もういちどみんなで話し合う。


「宿題を忘れた人がやって来た人のノートを書き写してもいい法案」は、投票の結果、賛成多数で決定された。だけど「テストのときわからないところをこっそり教えて法案」は、投票では賛成多数だったけど、話し合いの結果、その人のためにならないからと廃止になった。



僕たちは2年生になった。


「13国」はクラス替えの結果、3つのクラスにわかれることになった。


最後の日、ケンイチロウくんを中心にみんなで誓った。1年3組の教室という領土はなくなるけれど、「13国」は消えない。みんなの心の中にひそかに持っておこう。


外の世界はどんどん〈改善〉されていった。〈思想身だしなみ検査〉は厳しくなって、カバンやポケットの中だけじゃなく服まで脱がされるようになった。


外を歩いていても家の中にいても、突然〈サポーター〉がやってきた。〈改善点〉を見つけられるとあっという間に連れ去られ、二度とその人を見ることはない。


僕たちは学校で会い、勉強をし、給食を食べ、廊下ですれ違い、部活にいそしんだ。「13国」のことはひとこともしゃべらず、たがいに一瞬、視線のやりとりを交わすだけ。


だけどそれだけでケンイチロウくんが大統領としてみんなをまとめていることがわかったし、園芸部のカオルは心の中にある「13国」にいろとりどりの花を咲かせ、美術部のフジオは巨大な建物を自由に建築しているのがわかった。


視線を交わすだけでよかった。「13国」は僕たちの中にだけあった。どんな〈調査〉でも見つからない、絶対に自由な場所だった。



廊下の向こうからケンイチロウくんがやってくる。


いつものように視線を交わす。でも目つきがきびしい。いつもの視線じゃない。僕になにか言おうとしている。なにを?


時間にして2秒もなかった。立ち止まればあやしいと生徒たちに密告される。僕は通りすぎるしかなかった。


ケンイチロウくんはなにを言いたかったのだろう?


昼休みが終わろうとしているときだった。いつもよりはやく先生が教室に来て言った。


「このあと〈思想身だしなみチェック〉するからな」


登校と下校の時間にやってるのに、昼休み明けに?


「〈心属探知機〉が届いた。いま1組から順にやってるから」


これか! ケンイチロウくんが言いたかったのは。


「先生、それはどんなふうに〈改善点〉を見つけるんですか?」


僕は思わず聞いた。目立つのはよくないけど、名前からしてとてもイヤな予感がする。


「すごいぞ、おまえたちの心の中を検査するんだ、金属探知機みたいにな」


先生はワクワクしている。僕はどんどん体温が下がっていくのがわかった。


まずい。僕たちの心の中が読まれてしまう。そうしたら「13国」の存在がバレてしまう。


おなじクラスにいるメンバーを見る。みんな不安そうに僕を見た。僕はしずかにうなずいた。いい方法なんかないけど、とにかく落ちいて、どうするか考えるしかない。


僕は2年2組。すぐに順番が来る。それまでに……


そのとき、廊下から叫び声が聞こえた。


なに? なにが起こってるの?


ガシャンガシャンと大きな音もしてる。検査の音だとは思えない。


「ケンイチロウやめろ!」


1組の担任の声がした。


僕たちの担任が教室から出るよりはやく、僕は廊下に飛び出した。


1組の教室の前で、ケンイチロウくんが大人たちに押さえつけられている。その足もとに、先端が輪になった金属製の機械が落ちている。輪から伸びた長い柄が折られ、輪も半分に割れている。


にぶいもがくような声が聞こえた。ケンイチロウくんのものだ。


大人たちはケンイチロウくんをねじ伏せ、廊下に組み倒し、顔を廊下に押しつける。もがいていたケンイチロウくんはだんだん力を失い、ついに動かなくなった。


僕は衝撃のあまり立ちつくすしかなかった。ケンイチロウくんはしゃべらないように口を手でふさがれ、両脇を抱えられ、ふたりの教師に起こされ、ぐったりしたまま引きずられていく。


ケンイチロウがふり向いた。僕と目があった。その目から、涙がこぼれていた。


僕たち「13国」の大統領は、大人たちに連れられていき、廊下を曲がり、見えなくなった。



「13国」の全員が不安な夜を迎えたと思う。


僕たちはどうなってしまうんだろう。


明日学校へ行ったとき、あらたな〈心属探知機〉があったら……。


それでみんな調べられるんだろうか。


ケンイチロウくんはどうなってしまったんだろう。


「13国」のことを言ったんだろうか。


大人たちにバレてしまったんだろうか。


紙に書くこともネットに記すこともできない僕たちの国。心の中だけに存在するこの国のことを、だれかに伝えられたら……


朝がきて、僕は登校の列にくわわり、規則正しくしっかり歩いた。すべて監視されている。でも心の中はのぞけないはずだ。


学校の玄関の長い列にならぶ。〈思想持ち物検査〉。いつもより時間がかかっている。


ひとりひとり入念に機械をあてているようだ。長い柄の先に輪のついたもの。〈心属探知機〉。


先生の手が止まった。頭上にかざした機械が不快な音を立てる。脇からなんにんもの大人が近寄りその生徒を連れ去っていく。


カオルだった。「13国」でだれよりもきれいに花を咲かせる彼が。


それからフジオ、タキグチ、ミワ、アイ……「13国」のメンバーが、つぎつぎと捕まっていく。


もうダメだ。列が前へ進んでいく。僕の番が近づいてくる。


時間がない。逃げ出しても捕まるだけだ。


目を閉じる。僕は頭の中で強く思った。「13国」のこと、この国を作った理由、みんなの希望、ひとりひとりの自由。


僕の思いがだれかに届いて、「13国」のことを知ってくれたら。どこかでまた、あたらしく自由な国をつくってくれたら。かつてあった、この国のことを思いだしてくれたら。


そうしたら僕は……


前の生徒の検査が終った。学校に入っていく。


僕の番が来る。


僕は一歩前に出る。


機械が頭にあてられる。いやな振動が頭にひびい


〈改善点発見〉

〈反体制思想および秘密隠匿〉

〈データ消去命令〉

〈過去2年にわたる記憶および反体制思想および反逆的意思および独立的性格および創造性〉

〈実行〉

〈……実行中〉

〈……実行中〉

〈消去〉


























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