対決

 或る日の早朝。

 大隅道久と江波幹也が森林公園に着く。未だ入園時間ではないが、車を道端に置き、道路際の林を分け入り中に入る。

 幹也は、広場に出る。後を追うように道久がついて行き、彼はやや離れた場所に身を隠した。

 

 約束の場所に真黒巧史は遅れて来た。

「逃げんとよう来たな」

 真黒がふてぶてしくほざく。


 無言の対峙から遂に戦いが始まった。やはり喧嘩殺法の真黒は強かった。幹也は忽ち防戦一方になる。俄仕込みの空手収得もなかなか功を奏さない。

 だが、ビクの援護もあり、致命傷になるようなダメージはかろうじて防ぐ。

 

 二人の動きは速過ぎる。だが、歯を噛みしめて戦況を見つめる道久の目にも、幹也が劣勢なのが分かる。

 道久は、何の助けにもならないのは分かっているが、林の中で拾った棒を強く握りしめる。


10分20分と戦いが続いた。すると、若さとランニングで体力を養った幹也が次第に優勢になって来た。

 恐らく、自信過剰の真黒は体を鍛えることも無く遊びほうけていたのだろ。時間が経つにつれて、体力差が優劣を変えたのだ。


 すると、幹也の攻撃が真黒にクリーンヒットする。真黒が思わず膝をついた。真黒は殴りもするが殴られもして来た。多少のダメージには耐えられる底力があった。

 蹴りを食らってカーッと激高した真黒は、激しい勢いで幹也に襲いかかる。幹也は何度もパンチや蹴りを食らい、草地に仰向けに倒れた。

 間髪を置かず、真黒は幹也の上に馬乗りになり、顔面めがけて強力な肘打ちをかまそうと体を仰け反らす。


 その瞬間だった。パンパンという乾いた音が響いた。真黒は力なく幹也の体を覆うように倒れた。

 あっという間の出来事に、道久の体は固まってしまった。


 重なり合う幹也と真黒に素早く走り寄る姿が見えた。女性だった。

 彼女は真黒の体を引きずるようにして幹也の上からずらす。そして、二人の生死を確かめると携帯を取り出した。

 彼女は救急車の要請をすると、再び別の所に電話をする。


「OO暑の星矢雅美です。手配犯の真黒を発見したのですが、緊急事態になり止むなく射殺しました」

  

 その後、女性は救急車が到着したので、案内のために入り口へ向かった。それを見て、道久は幹也の元に掛けつけ、安否を確認する。

 意識を失っているが、呼吸はしていたので幹也には触れず、真黒の持ち物を探り始める。

 ズボンのポケットからカプセルを取り出すと、急いで自分の車に戻った。



 江波幹也はベッドに横たわっていた。そこに、大隅道久が見舞いに訪れる。

「全治2ヶ月か。大怪我だな。しかし、生きていてくれて良かったよ」

 道久が幹也に話し掛ける。

 

 幹也の身体は、様々な箇所で骨折や打撲を被っていた。顔も、鼻の骨、肋骨などが骨折、裂傷も有り、包帯でぐるぐる巻きにされている。だが、会話は出来た。


「スーパー人間の攻撃を受けたのに、この程度で済んで良かった」

 道久が幹也を労う。

「スーパー人間だからといって、破壊力をマックスにしたら、素手で闘っていたのだから、攻撃する方も負傷してしまう。骨はそう簡単に強化出来ないからね。だから、パワーはセーブして、スピードで勝負した」

「スピードが増せばパワーも増加するだろう?」

「その辺はビクがコントロールしてくれた」

 幹也がゆっくり答える。


 道久は、幹也の頭の近くに置かれているカプセルに触れ、

「ビク。幹也を守ってくれてありがとうな」

『おお。約束通りカプセルを返してくれ』

「それは出来ない」

『何故だ? 約束だろう。人間は平気で約束を破る生物なのか?』

「そうだな。多くの国民が約束を守らない国もあるくらいだ。諦めてくれ」

『汚いぞ!』

「しょうがないだろ。お前等は、友好的にどうのこうのと言うが、何を計画しているか分からない。しかも、お前等と人間とは技術レベルが余りに違う。あのカプセルは、幹也と久美を守る保証だ。はいそうですねと簡単に渡すわけには行かない」


『ソラの命を奪って乗り移ったのは我々が悪かった。しかし、お前等人間は犬のように簡単には従わないだろ。簡単に我々の自由にならんのだから安心しろ。カプセルは我々にとっては命その物。絶対に必要な物なんだ」

「ふむふむ成る程。人間を操作するのはそう簡単ではないと。それは良い事を聞いた。まあ、何れにしてもカプセルは返さん。お前達の自由にさせない為にも」

 幹久は巌として断る。


 一ヶ月ぐらい過ぎた頃、道久の元に女性が訪れた。


 女性は、森林公園に現れた星谷という女性警察官だった。

「単独行動で、しかも、凶悪犯と言えども射殺したんだから、警察を首になると予想していたが、大丈夫だったのか?」

「誰も拘束できなかった手配犯だったから、罪を減じて移動されただけよ」

「その左遷警察官が俺にどんな用だ?」

「単刀直入に言うわ。カプセルを返して」

「カプセル? 何の事?」

「惚けないで。真(ま)黒(くろ)巧(うま)史(し)からカプセル奪ったのあんたでしょ」

「さあ? 何故俺だと思うんだ?」

「あなたが幹也君を公園まで送って来たんでしょ。ビクとかいう異星人から聞いたわ」


 道久は咄嗟に状況を読むと、

「若しかして、もう、幹也と接触したのか?」

「当然よ。私の中にも彼と同じ異星人が入ったのよ。見舞いに行けって五月蠅かったのよ」

「成る程。彼奴らは近距離なら直接会話できるらしいからな。それで、あんたは彼奴らの仲間になったのか?」

「仲間? 異星人は単に人間の能力を借りて、元のロボットの姿を取り戻したいと言ってるだけでしょ。それに、数体という数でしょ。もし、人類に刃向かっても人間に破壊出来ない訳無いでしょ」

「ふん、あんたに入った奴はそんな説明をしたのか。警察官にしては考えが甘いな。所で、何故あんた一人で真黒に立ち向かったのだ?」


 星矢は道久の言葉に多少不安を感じたのか、彼に対する態度が柔らかくなった。

彼女は、真黒との関係を話す。


 星矢には兄が居た。兄は機動隊員で、関西で大暴れしていた真黒一味鎮圧の為に応援で出向していた。

 だが、残念な事に、兄は真黒等との戦いで凶弾を受け殉職してしまった。


 追い詰められた一味が取引を持ち出す。その取引人に手を上げたのが星矢の兄だった。

 しかし、卑怯にも一味は取引に対し偽計を用い、その為に彼は射殺されたのだ。


 殉職は警察官としてはやむを得ない事でもある。しかし、卑怯な手で兄の命を奪われた怒りが、妹の星矢にはどうしても真黒を許せないのだ。

彼女は志願して、真黒討伐に加わろうとしたが、警察はそれを安易に容認する

筈が無い。

 星矢は長期休暇を願い出て、単独で真黒の足跡を追う。 


 真黒は逃げ隠れせず、行く先々で窃盗などの悪事を働くから後を追いやすかった。

ただ、通報や警察官が発見しても、いつも簡単に逃げられていた。


 星矢の執念は、多数の真黒包囲網よりも彼を追い詰めた。真黒の姿を発見しても警察に通報せず、密かに後を付ける。

 その過程で、幹也と接触する姿を見た。


 幹也と真黒の会話を何とか聞き取り、今度は真黒を追いかけずに幹也の監視に変える。合わせて、幹也という人物を調べ始めた。

 すると、幹也と真黒との共通点を発見。それは、尋常ならざるスピードの動きが出来るということだった。


 星矢は、自分は絶対に真黒に勝てないと知ると、幹也の力を借りようと考えた。そして、再び真黒が幹也の前に現れ、戦う場所と日時を知る事が出来た。


 星矢は休暇を止め、警察署に戻ると署長に懇願し、嘘も交え拳銃所持を認めさせた。

 つまり、幹也と真黒の戦いの中で、隙あらば真黒に銃を発砲しようと考えたのだ。


「ふーん。それが成功したと言う事か。所で、あんたはその時点で、異星人がそう仕向けていたのを知っていたのか?」

「そんなの知るはず無いでしょ。何よ、二人が戦ったのは異星人が仕組んだと言いたいの?」

「そうだ。あんたの中に入っている極小チップに聞いてみな。所で、チップに名前は付けたのか? 名前があると話しやすいからな」

「一応、カレンと付けたわ」

「そのカレンよ、お前が幹也に合うように仕向けたんだろ? 聞こえてるか?」

「何も応えないよ。何故カレンが、幹也君の中に仲間が入っていると分かったの?」

「あんたがさっき言ったろう。動作スピードが人間業では無いと。大方、幹也のサッカー試合でも観たのだろう。あーっ、仲間を呼び寄せる為にビクは幹也にサッカーをさせ目立たさせたのか。クソー!」


 道久は暫く考えると、再びカレンに話し掛ける。

「カレン。お前が真黒の中に入っていた時、若しかして彼女が後を付けていたのを真黒は知っていたんじゃ無いか?」

「そうだって。えー、ほんとに? 知ってて、真黒は何故私を殺さなかったの?」

「きっと、真黒は幹也を倒し、幹也の中に居るビクをあんたに移らせようと考えていたのさ。そうだろ? 警察官のあんたなら便利だからな」

「そうだって言ってる」


「さすがの異星人も、真黒が殺されるこんな展開になるとは思いもしなかったろうな。星矢警察官は実に立派な仕事をしたよ」

「違うって。最初にビクと接触した時、力ずくだけでは人間の理解を得られないと分かったから、最初から、真黒から私にカレンを移動させる計画にしたんだって」

「だったら、幹也にあんな大怪我させる前に、真黒を仕留めれば良かったろう」

「真黒は感情の方が優先して、カレンのコントロールが上手く操作できない面があったんだって」


「結果オーライだけど。しかしお前等の遣ることは・・・。やはりカプセルは渡せないな」

「気持ちは分かるけど、久美と言う子の中の、リクのカプセルは我慢するって。でも、カレンのカプセルは返して欲しいって」

「嫌だと言ったら?」

「私は警察官。若しかしたらその役職を利用してお二人に圧力を掛けるかも知れない」

「それはカレンの言葉か?」

「いいえ。私の言葉。私もカレンの未知の能力を借りたい」

「その言葉は、俺たちの敵になるということか?」

「そんな大袈裟に捕らえないで。カレンの能力を借りて、世の中の悪を少しでも減らしたいのよ」


 道久は、星矢が異星人に取り込まれつつあるのを感じる。これ以上何を言っても無駄と思い、彼はカレンに、無念だがカプセルを返すことにした。

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