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 時折北風が頬を叩く寒い中、江波幹也と山下久美は川と平行する土手斜面の中腹に座っていた。

 本当は、二人だけで話し合える暖かい個室を望んだが、有らぬ疑いを持たれる可能性もあるし、現実にその方向に進む可能性もあるので、未だその段階では無いと、仕方なく寒い屋外を選んだ。


「私の体、どうなってるの?」

「僕もね、最初は凄く驚いた。信じられなかったし自分の体に異変が起きたと怖かった」

「幹也さんも私と同じなの?」

「もう少ししたら、身体の中からハッキリした言葉が聞こえてくるよ」

「どういう事?」

「隠してもしょうがないから言うけど。僕たちの体に異星人が侵入したんだ」

「異星人? 宇宙人っていうこと? エイリアン? それともETに出てくる宇宙人? 気持ち悪い!」

「違う。僕たちに潜り込んだのは、簡単に言えばロボットのチップみたいな物。目に見えない程小さいコンピューターチップ」

「それが体に入るとどうなるの?」

「一定期間かかって、進入した生物を掌握する。そのデーターを元に色々仕掛けてくる」

「嫌だー。怖い!」

「確かに僕もそう感じた。でも、プラスになる部分もある。人間が感じる五感、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を、総て記憶してくれる。教科書や授業を受けるだけで、理解出来なくても試験で満点を取れる。AIコンピューターの働きをしてくれるんだ」

「それは便利で良いけど、私が見たり聞いたりした事全部記憶されるの?」

「多分」

「だったら、私がお風呂の鏡を覗いたら、私の裸が記憶されるちゃうの? そんなの恥ずかしい」

 その言葉に、幹也は思わず久美のヌードを想像してしまう。


「それは気にする必要無いと思うな。チップの本体はロボットというか機械だから、生物がするような事には関心が無いと思う」

「なら、良いけど。それでも私、宇宙人に出て行って欲しい」

「それは僕も何度も思った。でも、異星人が体から出ると言うことは、進入した先の生命が死ぬ時なんだって。ほら、ソラが事故で死んだろ。ソラが死んだから、ソラに進入した異星人が久美ちゃんの体に移ったんだ」

「それって、私が死なない限り宇宙人が私の体に住み続けると言う事? そんなの嫌!」

 嫌と言われても今更どうにもならない。久美の体に侵入させた責任は明らかに幹也にあるのは間違い無い。彼は申し訳なく思う。


「ねえ久美ちゃん。僕が久美ちゃんを守るから。何とかしてあげるから、自棄(やけ)にならないで」

「私まだ死にたくない。絶対に守ってくれる?」

「ああ、約束する」

 幹也は本気だった。


 幹也は、持っていたビクのカプセルを久美の前に差し出した。

「これに触って。僕の中の異星人と会話できるから。一応名前をビクと付けた。そうだ、久美ちゃんの中の異星人を『リク』と付けよう」


 久美がカプセルに触れる。

「なあビク。久美ちゃんの体に居る仲間は、ちゃんと久美ちゃんを守ってくれるんだよな?」

『勿論だ。だけど、カプセルが無いから限界があるぞ。幹也がソラの持っていたカプセルを部屋の机の中に仕舞ったのは知ってるぞ。その後無くなったのは、道久が持ち帰ったからだ。何とかしてくれ』

「多分そうだろうけど、僕が叔父さんに言った所で取り戻せるとは思えない。何て言ったってビクが大嫌いだし、強情だから」


「ねえ、カプセルって何の事?」

 久美が不思議そうに訪ねる。すると、

『私のカプセルだ』

 久美の体の中から声が聞こえて来た。


『ワシの仲間も会話が出来るようだ。幹也、カプセルに触れ。久美の手を通して話が出来る」

 幹也は少し躊躇いながらも久美の甲に触れる。久美の手は、冷たい風のために冷えていた。

 暖かい幹也の手が重なり、久美は照れる。


『幹也。頼むから私のカプセルを取り返してくれ』

「あんたの名前は『リク』な。何度も言うけどそれは無理な相談だよ」

『幹也。これほど頼んでもか?』

「うん、駄目。それより、リクは何故犬なんかに進入したんだ?」


『好んで進入したのでは無い。着地点に犬が遣って来て、カプセルをオモチャに遊び始めた。その内に細い穴に犬の口ひげが入り、扉が開いてしまったのだ』

「そうなんだ。だったら、例えばダニみたいな小さな生物が開いた穴に入って扉を押したら、ダニの体に入るの?」

『その件はワシが説明しよう』

 ビクは、地球生物進入の過程を話し始める。


 ビク星を支配していた生物は地球生物に似ていた。全滅してしまったが、その生物達のデーターはマザーコンピューターにインプットされていた。

 マザーコンピューターが造った子供達をビク星から脱出させる際に、マザーは新しい惑星でそこの生物と協力し、子供達ロボットを復元出来るよう設計した。

 その際、細菌やウイルスのような下等動物では復元には到底役立たないので、ある程度の文明や技術を持った高等生物を進入への対象とした。

 

 ビク星で高度な文明を持った生物は常温動物だった。それを踏まえて、他の惑星でも常温動物に侵入出来るようカプセルを作る。

 更に、細い穴の奥にある扉を押すことが出来る生物は高等生物となる。事実その細い穴に物を差し入れ扉を押したのは人間である幹也だった。

 だが、まさか犬の髭がその役割をしてしまうとまでは考えられなかった。何故なら、ビク星には髭のある生物が居なかったからである。


「リクよ。もしあの時、久美ちゃんが側に居なかったらどうなるんだ?」

『二メートル以内の常温動物だったら侵入出来る。十分程度の時間内だが』

「成る程。その条件外だったら?」


『チップは能力を失う。カプセルは元の様に再び常温動物が扉を押すまで待つ。カプセルは我々の分身を幾つでも生成出来るからな』

 リクが応えた。すると、

『詳細を言う必要は無い!』

 ビクがリクに向かって一喝する。



 正月が過ぎて一月も半ばになった頃、幹也の前に突然男が現れた。毛糸の帽子を深く被っていたが、一見して真黒巧史と分かった。

 全国の交番などに指名手配の写真が掲載されているし、メディアでも幾度となく真黒の顔写真が映った。間違いは無い。

 それに、叔父の大隅道久から、

「真黒の中にはビクと同じ異星人が侵入している可能性が大きい。リクのように、仲間を求めて幹也に近付いてくるかも知れない」

 そんな忠告を受けていたのだ。


「僕に何か用ですか?」

「もう分かっとるやろ。兄ちゃんと同じもんがワイの体の中にも入っとるんや」

「だとしたら、どうだっていうんですか?」

「ワイと手を組まんか? 日本を、地球を乗っ取ってやろうやんか」

「お断りします」

「何でや? ワイらの体にスーパーマンが入ったんや。何でもできるんやで」

「それでも僕は断ります。一人で遣って下さい」

「待てや。分からんやっちゃやな。嫌言うんやら勝負したろうやんけ。わしが勝ったら手下になれ」

「随分勝手ですね。それでも僕が断ったら?」

「久美ちゅう可愛い彼女、居るんやってな」

 真黒の脅しは、山下久美の名を出して来た。


「分かりました。男らしく勝負に応じます。ただし、試験の合否発表後にして下さい。一生懸命応援してくれた両親を喜ばしてからにしたいんです」

「よっしゃ、いいやろ。3月になったらまた来るわ」

 真黒は去った。


「矢っ張り来たか。真黒の動きは人間業とは思えなかったからな」

「どうしよう? 断れば、彼奴は絶対に久美ちゃんに手を出すよ」

「戦うしかないだろうな」

「でも、彼奴はしょっちゅう喧嘩して来た男だよ。僕なんか格闘技なんてしたことない。やられちゃうよ」

「余り利口な人間とは思えないが、曲がりなりにも彼奴には異星人がバックに居る。ソラを惨殺した非道さを見れば、恐らく幹也を殺して自分の手下に乗り換えさせる計画だろう。なっ、ビク!」

「ビクは分からないってさ」


「誤魔化すんじゃ無いよ。ビクの野郎はとっくにそれを知っているさ」

「ビクは黙っている。叔父さんの言う通りみたい」

「なら、おれ、空手を教えてくれる人を探すから、付け焼刃だけど鍛錬してみよう」

「負ければ僕、死んじゃうの?」

「ビクよー、お前達の望みは元のロボット体に戻ることだろ。喧嘩が強いだけの奴等にその技術がマスター出来ると思うか? 幹也の方が遙かに優秀だろう。遙かに早くレベルアップ出来てお前達の念願が叶うだろ。そう願うなら、幹也に最大の力を貸してやれ」

 暫しの沈黙が続く。


「ビクが考えても良いって。ただし、僕を救えたらリクのカプセルを返して遣ってくれだって」

「分かった。幹也の命を守ってくれたならそうしてやる」

「ビクが、真黒に進入した仲間も本気を出して真黒を援護するかも知れないので、確実な保証は出来ないって。エッエー? マジで僕死ぬかも知れないの?」

「ビク、幹也を脅かすなよ。お前は運動に特化したロボットだろう。そんじょそこらのロボットに負けたんじゃ情けないだろう。真面目に援護してやれ」

「ビクが、分かったって」

 話はついた。


 但し、ビクの仲間がどの位の力量かは、道久や幹也には分からない。なので、武道の特訓は必要との結論に至る。

 

 数日後から空手道場で特訓を受けながら、体力を付ける為にハードワーク承知で走る。幹也にも、みるみるうちに力が付いて来るのを感じる。

 その分勉強は疎かになるが、ビクの勉強面での強力なフォローを信じるほか無い。

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