奇跡の活躍
サッカーの予選が始まった。悲願の一勝を目指し、幹也らサッカー部員達は懸命に戦う。
幸い、相手は自分たちチームと差ほどレベルが変わらない。だが、前半ワンゴールを許してしまった。
昨年迄のチームだったら、やはりこの様な結果は既定路線と諦めムードになる。所が、今年は明らかに違っていた。
後半から幹也が加わる。彼はフルタイム出場は体力的に無理と言う理由で、後半から出場と最初から決まっていた。
幹也が加わったチームは俄然活気づき、押し込まれる場面が少なくなった。
完全な幹也のワントップ。というより、幹也以外はハーフラインから先に進まない。
防戦気味の中、やっと自チームがボールを得ると目一杯前に蹴り出す。それをかなりのスピードで幹也が追いかけ受ける。
幹也はドリブルというような器用な真似は未だ不完全。単にボールを前に蹴るとあっという間に追いつき、再び同じ様な動きでゴールに向かう。
そのスピードに相手ディフェンダーは追いつけない。ゴールキーパーと一対一になるとボールを斜めに蹴り、キーパーの体制を崩した所でゴールに流し込む。
とにかくそのスピードは半端なかった。
あっという間に同点にすると、仲間達は一気に盛り上がった。引いて守りに徹していた選手の中から、幹也と共に前線に飛び出す者も出てきた。
幹也のスピードに驚いた対戦チームは、今度は逆に守りに入る。それも、幹也の動きを封じるためにディフェンダーのみならず殆どの選手が彼の前に立ちはだかる。
そうなると、相手チームは幹也以外の選手のマークがかなり甘くなる。
幹也はその陣形を見て、ゴール近くまで進んだ自分たちのチーム選手にボールを送る。元々は一応フォワードの選手。オフサイドを防ぎながら、彼はぎこちないながらも、何とかボールをゴールに押し込んだ。
彼にとって、高校サッカー生活で、試合での始めてのゴールだった。
一点勝ち越しとなると、幹也は守りに徹し、危険な場面に何度も顔を出し、相手のゴールを防いだ。
幹也は、サッカー顧問の先生との約束を果たし、見事に自軍に勝利をもたらした。
このサッカーの試合は、顧問退任の最後の大会でもある。そして、顧問の「必ず勝つ」の言葉を信じ、学校側も応援に力を入れる。
応援団の生徒や父兄達も盛り上がり、試合の模様をビデオカメラに収める。
試合が終わり、幹也に数人の取材陣が集まると、
「まぐれです。二度とあんなことは出来ません」
といい、彼はそれ以上取材に応じなかった。
初戦に勝利すれば次戦がある。だが、顧問と約束した通り、幹也は二度と試合には出なかった。
大隅道久が、幹也の活躍のお祝いに駆けつけた。
「随分有名人になってしまったな。やり過ぎだったかも知れんな」
「だって、僕はサッカーなんて素人。だから、加減が分からなかったし、やっぱり、勝負となると勝ちたい気持ちの方が強くなってしまって」
「ビクが上手く調整してくれるんじゃ無かったのかよ?」
「ビクも、サッカーなんて初めてだから調整なんて出来なかったってさ」
「成る程ね。胡散臭いな。なんか魂胆がありそうだな。ソラの件もあるし」
この、道久の感じた嫌な予感は、後に現実の物となる。
第二の宇宙物質
十二月中旬。日に日に寒さを感じる日々。久美から、困惑した声の電話が掛かって来た。
「幹也さん。私、何か変になったみたい」
その言葉を聞いた途端、
(やっぱり来たか)
幹也は思わず心の中で呟く。
「どんな風に変なの?」
「身体の中から声がするの」
「何て?」
「カプセル。カプセルが欲しいって。カプセルって何の事?」
「大した事では無いよ。何れ分かるから心配しないで」
幹也は、今から久美に会いに行くからと電話を切った。
すると、ビクが怒るように言って来た。
『大した事無いじゃないだろう。ワシたちにとっては重大な事だ。久美にカプセルを渡してやれ』
「久美ちゃんの身体の中の仲間が作動し始めたのか? 僕の時より早いな」
『一応、奴は地球の生命体に一度入っているからな。初めての場合よりは掌握が早い』
幹也の場合は、ビクが幹也の体に対応するのになんだかんだで数ヶ月ぐらい掛かっていた。しかし、久美の場合は一ヶ月半ぐらいだ。
命を渡り歩く度に、彼らの同化度は早くなると、幹也は知る。
幹也は道久に連絡する。
「叔父さんの念願の隕石は未だなの?」
「隕石?」
道久は、幹也が唐突に変な事を言うなと思う。
「僕の家に落ちたら、叔父さんがそのまま預かって欲しいな。隕石って、磨くとピカピカして金属光沢が綺麗なんだよね」
道久は、幹也の言葉の裏を悟る。
道久は今までのビクとの会話から、ビク等異星人は、人間の五感で感じられる物は同じように把握出来るが、頭の中での感情や思考までは把握出来ないと読んでいた。
つまり、人間の複雑怪奇な脳の働きまでは知ることが出来ないと。
言葉や目で見る映像は、幹也と同じくビクも感知している。それ故、言葉で何かを伝えようとすれば、ビクにも分かってしまう。
文字でメモ書きを渡しても、それを目にする以上は内容を知られる。
今や、道久と幹也の間には、異星人関係の重要な会話が出来ないと理解している。なので、大事な事は遠回しに伏せて伝えるほか無かった。
「分かった。近いうちに幹也の家に行くよ。ソラは庭に埋めたんだったよな。それなら安心だ。久美ちゃんにはもう気持ちを伝えてあるのか?」
道久も、言葉を慎重に選ぶ。
「サッカーの試合や受験勉強で忙しくて暫く逢っていない。久美ちゃんから気持ちを伝えたいとの電話があった。これからお互いの気持ちを伝え合いに行く」
幹也も慎重にメッセージを込め、返す。
幹也の言葉で、久美という幹也の彼女にも、異星人の放った極小チップが体に侵入していると道久は感じた。
幹也が同類となった久美に、異星人の存在やらの詳細を伝える予定と知り、道久は、益々「ソラ」という犬に付けていたカプセルの存在を、誰にも知らせてはならないと決意する。
そして、カプセルの有り所を道久のみ知っているのは、彼自身のみならず、幹也や久美の命さえも守ることになると道久は考えた。
年の瀬も押し詰まった頃、関西地方で大きな事件が起きた。厳重な警戒がされている筈の自衛隊の武器倉庫に何者かが侵入し、何丁もの殺傷能力が高い武器と弾薬が盗まれた。
犯人は防犯カメラを全く気にせず行動していたので、直ぐに人物が特定された。
関西を縄張りとしたヤクザ組織の構成メンバー、真黒巧史である。組織のメンバーの中でも下っ端の下っ端的存在。
自衛隊と警察が合同対策本部を立ち上げる。真黒が組織の一員である以上、組織上部が関わっていると踏んで捜索に当たるが、意外にも事件に一切関わっていないと分かる。
どうやら真黒の単独犯と推測された。それにしても、下っ端の真黒が、組織の力も借りずに大胆な犯行に及んだ事に、対策本部は頭を捻る。
一週間も経たないうちに真黒は仲間を集め、奪った武器を使い銀行を襲い始めた。
現代に於いて、銀行を直接襲うという大胆な犯行は珍しい。
彼等は一カ所の銀行から大金を奪うのでは無く、その場で扱っている金だけを奪うという遣り方。それ故に、行動が素早い。警察が到着する前に姿を消している。
その様な手口で、警備の裏を突いて数日の間に多くの銀行が襲われた。
犯行では、武器を隠し持った真黒が変装もせずに真っ先に中に入り、客や銀行員を脅す。
後から覆面をした数人が入り込み、机上で取り扱っている金を集め、一斉に逃げるというパターン。
いっきに大金を得るというより、当座の資金を手にするための犯行ではないかとみられた。
銀行を襲う犯行が止むと、今度は武器店が狙われた。武器と言っても猟銃が主だが、ただ大量の弾薬も一緒に盗まれ、捜査本部に緊張が走る。
しかし、日本の警察は有能だった。真黒をリーダーにする犯罪グループは追い込まれて行く。
やがて複数の隠れ家が機動隊などに包囲される。
真黒等が、如何に多くの武器を手に入れ反撃しようとも、組織だった国家権力には敵わない。
ただ、犯行グループのメンバーは意外に多く、その人数も千人近くにもなり、正にテロ集団とも言える規模に膨れ上がっていた。
摘発の為に関西以外からも機動隊などの応援が駆けつけ、あちこちでまるで米国映画のような銃撃戦が始まる。
小集団の隠れ家は次々と陥落して行く。最後に残ったのは、真黒の居る最大集団の隠れ家となった。
激しい抵抗を続けた犯行メンバーだけで無く、機動隊員の中にも犠牲者が出る、しかし、圧倒的多数の警察側の前に、遂に彼等は白旗を揚げる。
だが、降伏した犯行メンバー、その肝心な中心者である真黒の姿は無かった。隠れ家は完全に包囲されていたのに逃げられたのである。
面が割れている真黒は全国に指名手配される。しかし、真黒は人に見られることも、また、防犯カメラに捉えられることも全く気にせず。窃盗などの犯行を繰り返しながら各地を移動する。
それはまるで、自分は捕まらないという絶対的確信を持っているかの様であった。
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