始動

 夏休みの最中だが、江波幹也はサッカー練習のために学校に通う。高校サッカー選手権の予選に向けての練習だ。

 サッカーに殆ど接してこなかった幹也は、基本から学んで来た結果、形に成って来ていた。

 そして、更にビクのサポートにより、瞬く間に技術を習得する。やがて、顧問の先生が天才では無いかと疑わせる程、上手くなる。

 だがこの段階では ビクは幹也の秘めたエネルギーの僅かしか活性させなかった。何故なら、幹也の動きを高めれば高めるほど彼の疲労は増し、著しく体力を消耗するからだった。

 運動という物から逃げ回っていた幹也。体力の消耗は顕著に表れる。



 サッカーの練習は一週間に2回。それも3時間程度。技術習得が早いし、それに幹也は3年の大学受験生。特別扱いである。更に、試合は初戦だけ出場と約束した。

 他に3年生も居るが、ほぼ就職予定者である。


 練習が終わって、幹也は街中をぶらぶらと歩き家路に着く。その途中だった。少し奥まったスペースに人だかりがしている。

 注視すると、悪そうな若者連中が4~5人で二人の若い女性を囲み、何かを強要しているようだった。

「彼奴ら、ナンパしてるのか?」

 幹也が心配する。


『女の子達は嫌がっているじゃ無いか。幹也、助けてやれ』

「嫌だよ。彼奴ら何をしてくるか分かんないから。僕がやられちゃうよ」

『大丈夫だ。ワシがサポートする。幹也に指一本触らせないから』

「でもさ、怖いよ」

『男だろ。幹也の実力、いや、ワシの力を知る良い機会だ。安心しろ』

「分かった。遣ってみる」

 幹也は不良グループに近づく。

「君たち。彼女たちが嫌がっているよ。みんなで虐めるのは止めなよ」

 幹也は、ややびくつきながら男等を咎める。

「なんだと、てめー」

 威勢良く、一人の男が幹也の襟元を掴もうと襲い掛かって来た。


 一瞬だった。幹也は男の手を払いのけ、バランスを崩した男の体を押した。男はその拍子によろよろと倒れ、地面に這いつくばった。

「なんだ、こいつ。遣るのか」

 数人が次々と殴りかかる。それをいとも簡単に払いのけ、幹也は男達の脚に蹴りを入れた。

 サッカー練習で鍛えた成果もプラスしたのか、

「痛てえー」

 と、男達は脚を擦り、片足を引きずるようにして逃げ去った。

「もう大丈夫だよ」

 幹也は女の子達に優しく声を掛ける。

「ありがとう」

 二人の女の子は礼を述べて去って行った。


『なっ、気分良いだろ。人助けしたんだ。それも可愛い女の子を』

「うん。確かに気分は最高。だけど、可愛かったのは片方の女の子だけだけど」

『見比べるな。彼女もいない分際で』

「何だよ、その分際という言い方は」

『駄目なのか? 一番相応しいワードだと思ったんだが』

「いいけどさぁ。僕だって彼女欲しいよ。でもな」

『告白して、無残に傷つくのが怖いんだろ』

「いいや。告白した子が、『私、OO君に告白されちゃった。でも、キモいから断った』なんて言い触らされるのが嫌なんだ。その子の胸に留めて置いてくれるなら、僕はそんな臆病じゃ無いよ」

『そんな性格の悪い女を好きになる男が悪い。質の悪い女など放って於け。何れ、そんな女は惨めな思いをするだろうよ』

「もういいよ。とにかく、ビク、応援ありがとう」


 翌週。幹也はサッカーの練習を終えて、何時ものように帰り道の街中を歩いていた。

 すると、幹也を待っていたかのように二人の女の子が現れた。前週悪ガキ達から助けた女の子二人だった。

「この前は助けてくれてありがとう。今度、お礼がしたいんですけど」

 その言葉を聞いた幹也は、一体どんな礼をしてくれるのかと胸が高鳴る。

「ファミレスで良かったら、食事を奢らして下さい」

 勿論、幹也に断る理由など有りはしない。


 流石に高校生同士。お金を豊富に持ってはいない。そこで、比較的安価な店を選んで三人は入る。

 話は弾む。二人の女の子は高校一年生。一人の女性は幹也の家から余り遠くない地域に住んでいるという。可愛い女の子の方だった。


 暫く話していると、一方の女子が信じられないことを言い出した。

「もし良かったら、お付き合いさせて貰えませんか?」

 あり得ない言葉を聞き、幹也は我が耳を疑う。思わず、

「二人と・・・?」

「いいえ、久美ちゃんと」

 久美ちゃんとは、可愛い方の女子。

「私も付き合って欲しかったんだけど、ジャンケンして負けちゃったから久美に譲りました」

 遙香という子が説明する。


(オイオイ、ジャンケンで決めることか?)

 と思いつつも、久美の勝利に飛び上がりたいくらい嬉しい幹也。

「うん。勿論OKだよ」

 勿論と言う言葉は要らなかったかと気を揉んだが、問題にならずに済んだ。幹也と久美は交際することになった。



 ある日、ビクが珍しく幹也に頼み事をする。

『なあ、幹也は久美が好きなのか?』

「うん。ビクだから言うけど、大好きなんだ」

『結婚とか言う奴、したいと思っているのか?』

「未だ高校生だよ。そんなこと考えたことも無い」

『それじゃあ、質問方法を変えるぞ。将来結婚しても良いと思っているのか?』

「久美ちゃんさえ承知してくれればね。でも、何故そんな事を聞くの?」

『いや、別に理由は無い』


 暫く間を置き、再びビクが声を掛けて来た。

『もう一度浦安に行ってくれないか?』

「どうして?」

『ソラが行きたがっているんだ』

 ソラとは、浦安の地から車に乗り込んで来た野良犬に付けた名前だ。

「どうして分かるの? ビクは犬の心が読めるのか?」

『何れ分かることだ。この際説明して置く。実はソラの中には我々の仲間が入っている』

「うそー、本当なの?」

『勿論事実。交信済みだ』

「だから、ソラは強引に僕たちに着いて来たんだ」

『そうだ。それは良いのだけど、カプセルを浦安に置いたままなんだ。取りに行きたい』

「それって、何か不安を感じる」


『カプセルを手に入れたからと言って、何か悪さをしようなんて考えは無い。実際に犬がどう頑張ろうと、犬は犬。我々とてそれ以上の能力は引き出せない』

「スーパードックにしてどうするんだ?」

『ソラをスーパードックにしたくてカプセルを欲しがっているのでは無い。ただ、カプセルを身に付けておけば、ソラも喜ぶだろうから』

「ビクの仲間が喜ぶからだろ?」

『ある意味幹也はもう俺たちの仲間と同じ。頼むから協力してくれ。ワシが久美と引き合わせて遣ったろう』

「分かったよ。でも、どうやってカプセルを探すの?」

『ソラを連れて行けば教えてくれる。地面の中に埋めたのはソラ自身だからな』

「でも無理。犬は電車に乗れない」

『道久が居るだろ。彼奴は車を持っている。乗せてって貰え』

「絶対に断られる。叔父さんはビクの事嫌っているから」

『なに、ワシが取引すれば道久は喜んで行ってくれるって』

 ビクは、自信ありげに言う。


 数日後、幹也とソラを乗せた大隅道久の車が一路浦安を目指す。

「ビクよ、若しかして、この段取りの全部をお前が仕組んだんじゃ無いのか?」

 道久は、疑問に思っていることを口にする。

「何を言ってるのかだって」

 ビクの代わりに幹也が代弁する。道久は、今回直接カプセルに触ってはいなかった。


「惚けやがって。幹也、お前がディズニーランド行きたいと言い出したのはビクの差し金だったんじゃないのか?」

「そう言えば、ビクは前からディズニーというテーマパークに行ってみたいと言ってた。だから僕も、もう一度行ってみたいというか、彼女が出来たらデート場所に最高だと言われたんで」

「ほらな、やっぱり仕込んでいやがった。仲間が浦安の地に落ちたことを知ってたな。そうだろう、ビク」

「そうだって」

「くそっ、俺たちはまんまと利用されたって訳か」

 そこまで真実を知ったのに、道久は浦安行きを止めなかった。


「ビクよ、お前達仲間は、電波か何かで居場所を知ることが出来るのか?」

「距離に依るって。地球は電波が飛び交っているから、遠くだと混線するんだって」

「ほぼ直線上に落ちた様だから、浦安、秩父の延長線は富山か新潟辺りだな。もう一体のカプセルはその辺りに落ちたのか? カプセル自身の回転である程度操縦できるって言ってたから、海岸近くに落ちたのか? 人間が居ない所じゃ意味ないからな」

「そのカプセルがまごついたから予定が狂って仕舞い、ビクは自分のカプセル操縦で手一杯となり、他のカプセルが何処に落ちたか分からないって」

「浦安の場所は、計算上から導き出したのか?」

「ビクは何も言ってくれない」

 道久の質問に、ビクは何も答えなくなった。


 車は、以前犬が現れた公園に着いた。車を駐車場に置き、幹也はリードを手にソラの後を歩く。

 直ぐ近くに荒れたままの空き地が有り、そこに背の高い 葦のような物が生えていた。その中をソラは分け入り、程なくして止まる。そして、足で土をかっぱいた。

 中から光沢の有る金属が顔を出す。

 ビクの要求で、ソラの首輪には袋を取り付けてある。幹也は、その袋の中にカプセルを納めた。


「ビクがご苦労様だって」

「おお。俺は約束を果たした。ビクも俺との約束を守れよ」

「叔父さん、楽しみだね。先は長いけど」

「俺も名を残すのか。悪くは無いな」

 道久はご機嫌になる。

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