一章④ 一蓮托生
「ねえ、本当に落ちる必要まであるの?」
透の先導で最初にこのダンジョンで気が付いた場所、つまりは落とし穴にある場所に四人は戻って来ていた…………もっともそこが本当に最初の場所であるかを透以外断言できない。そこに罠のスイッチがあるくらいは言われればわかるが、似たような風景の続くこのダンジョンではどこも同じ場所にしか見えないのだから。
「ある」
天音の疑問に春人は即答する。ここで迷いを見せればそれが皆の躊躇に繋がるからだ。はっきり言って彼にも何の確信はないが今は自信たっぷりに見せるしかない。
「でも、あの化け物なら
天音の言う通りケルベロスが間近に迫っているという気配はない。恐らくだがあの槍の罠はケルベロスにとっても軽くはなかったのだろう。だから逃げた相手を無理に追いかけるのではなくその治癒を優先した可能性はある。
「今は、ね。でもあれは怪物であっても犬の要素が入ってるのは間違いない…………必ず追ってくると思う」
四人の臭いは覚えているだろうし、傷つけられた恨みも間違いなく抱いているはずだ。傷が回復して追跡を再開されたら多少距離を離したところで彼我の能力差ですぐに追いつかれる。
「だから階層を移動しないと危険だ」
それもできるだけ早く。もちろん階段なり正規の移動手段を見つけるのが最良だが、今はそれを探すだけの時間も惜しいと春人は判断していた。
「でも、下りたら出口から遠ざかるんじゃないの?」
「ここが地下ならね、でもそうじゃないかもしれない」
地下であれば出口は上だろう。けれどそうでない可能性もある。例えば窓の無い密閉された塔のようなダンジョンの上階にいる可能性だってあるのだ…………そのどちかわからない現状では、上がろうが下がろうが出口に近づいているのか遠ざかっているかどうせわからない。
「それにこのダンジョンを脱出するのが正しい選択氏かどうかもわからない」
「それってどういう意味?」
「ああ、ごめん…………これは今すべき話じゃなかった」
時間がない状況で横道にそれる話をするべきではない。案の定天音はものすごく気になるという表情で睨むように春人を見た。
「リーダーが決めたんだ。とっとと降りようぜ」
その間に透が割り込む。有無を言わせないもの位だった。
「わ、私も春人さんを信じますっ!」
さらに意を決したように彩花も叫ぶ。まだ顔は青いし手は震えている、けれどその目は真っ直ぐに春人を見据えていた…………その期待を裏切れない、それはそんな感情を思い起こさせるような表情だった。
「あー、もうわかったわよ」
呟いて天音が大きくため息を吐く。
「私一人で残っても意味ないし…………落ちるわよ! 一緒に落ちればいいんでしょ!」
半ば自棄になったように叫び、しかし春人を睨む。
「ただ落ち着いたら今の話の続きをするわよ」
「なら決まりだな」
透がぱんと手を叩いて朝斗を見る。
「さて、どうやって落ちる? 順か?」
「いえ、全員で一斉に落ちましょう」
透の言葉に春人はそう提案する。
「はぐれるリスクは少しでも少なくしたいですから」
この落とし穴が普通に下へと落ちるだけのものであるとは限らない。あんな化け物が存在する場所なのだ、単純な落とし穴に見えても別の階層へと転移させるようなものの可能性だってある…………そうなれば別々に落ちた場合はぐれてしまうことになる。
「手を繋いで、仲良くか?」
「…………それが一番無難でしょうね」
転移系だとしたら互いに接触していることは重要だろう。
「なによそれ、お遊戯みたいじゃない」
不満そうな天音の声。
「あー、うん確かにそう見えるかもだけど…………」
全員で手を繋げば自然と横並びになる。
「わかってるわよ。やればいいんでしょ!」
春人が続けるより先に天音は叫んで彼へと手を差し出す。
「あ、うん。いいならいいんだけど」
拍子抜けしたように春人はその手を取る…………その不服そうな表情と裏腹にその手は僅かに震えていた。伝わってくる体温も驚くほど冷たい。
「なによ」
「あ、うん、なんでもないよ」
虚勢を張っているのだとしても、それを指摘する理由は春人にはない。ただそのことを忘れないように心に留めておけばいいだけだ。
「ほら、彩花も」
「あ、はいっ!」
春人が手を差し出すと慌てたように彩花が掴む。
「じゃ、
春人が天音と彩花と繋いでいるので自然と透も二人と手を繋ぐことになる。天音は一瞬嫌な顔をしたがさすがに拒否したりはしなかった。彩花の方は特に透に害意もないようで気にした様子もなく手を繋ぐ。
グルル
それと同時にあの唸り声が耳に響いた。
四人とも、躊躇う事無く即座に頷きあい…………春人が床のスイッチを踏み込んでその姿は床の下へと消えていった。
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