一章① 探索の始まり

「あ、そこにまた罠があるな」


 先もわからぬダンジョンを進み始めてすでに1時間ほど経っていた。透のトラップに対する観察眼は実に確かで、今指摘した場所にも目を凝らせば確かにそれらしきでっぱりがあった。トラップ自体は多いというほどの密度ではないが、無視していいような数でもないようだった。


 つまるところ程よく忘れたころに遭遇する間隔の配置ということで、もしも透が居なればすでに踏んでいる可能性は高かっただろう。


「しっかし変わり映えのしない風景だな」


 辟易へきえきとしたように透が言う。その言葉通りどれだけ歩いても周囲の景色はずっと変わり映えが無い。磨かれたような白い石壁で作られた通路。それが先も後ろも延々と続いている。そのせいでどれだけ歩いていても進んでいるという感覚が浮かばず、進んだという達成感が感じられないからか疲労だけが蓄積していくよウニ感じられた。

 ときおり罠を見つける透の声だけが唯一の刺激のような状態なのだ。


「透さん、マッピングは大丈夫ですか?」

「おー、問題ないぞ」


 そんな春人に気の抜けた声で透が答える。正直本当に大丈夫なのだろうかと不安に思わないでもない反応だが、罠の発見にマッピングと透の担っているのは四人の生命線といってもいいような役割だ。むしろ妙な緊張を与えずにのびのびとやってもらった方がいいだろう。


「ねえ」


 後ろから天音が話しかけてくる。


「ちゃんと進んでるのよね?」


 それは苛立つような声色だった。


「心配しなくてもループしてたりはしないぞ」

「…………ならいいんだけど」


 透の返答に納得しきれないような声で天音は呟く。マッピングといってもそれができるというのは透の自己申告で実際のところは確かめようがない。透はノートにメモを取ったりと目に見えるような行動をしてないのもその疑いを強める要因になっているのだろう。


「あ、あの」


 おずおずとした声で天音のさらに後ろから声がする。


「なに、黒峰さん?」


 春人が聞き返す。


「あんまり喋ってると危ないと、思うんですけど」

「…………まあ、そうなんだけど」


 喋ると言う事は音を出すということで、それを聞く存在が居ればこちらへと招き寄せる要因になる。そして人間はいくつもの事柄を同時に行うのは得意ではない。

 喋るというそれだけの行為であっても集中力は確実に削がれて他の事に気づきにくくなるだろう。例えば自分達に近づいてくる何かの音を聞き逃したり、トラップを見逃したりマッピングが頭から不意に途切れてしまったりもするかもしれない。


「でもさ、ずっと無言のままで歩き続けるのって耐えられる?」


 結局のところそれが問題だ。人間の精神と言うものはそれに耐えられるようには出来ていない。ましてやこんな変わり映えのない風景の中では必ず限界が来る。その点から見れば一時間黙々と歩くことができただけでも上々だろう。


「確かに無理…………ですね」


 その光景を想像したのか、すぐに彩香も納得したようだった。


「まあ、だからってあんまり喋りすぎるのもよくないんだけどね」


 大事なのはバランスだ…………そういう意味ではちょうど一時間で全員の集中力が切れてきたという事なのだろう。


「透さん、ちょっと休憩にしましょうか?」


 休憩にするには早い時間だがまだこの異様な状況にも慣れていない。あの炎の化け物のような何かに遭遇することを考えれば全力疾走で逃げられる体力は確保しておきたい。しばらくはこまめに休憩を取ったほうがいいと思えた。


「んー、そうだな」


 透は前方に視線を向けたまま足を止める。


「まあ、リーダーの君が決めたなら従うさ」


 相変わらず主体性の無い返答。しかしこの中では恐らく一番集中力を消費しているはずなのだが堪えている様子はまるでない…………これがブラックで鍛えられた根性なのだろうかと春人は思う。しかし逆に言えば透は平気で無理ができてしまうということでもあるのだろう。


 限度を超えて彼に倒れられたらそれこそ死活問題だ。


「じゃあ休みましょう…………二人ともいいよね?」


 そう決めて春人は後ろの少女二人に視線を向ける。


「私は別に構わないけど」


 むすっとした表情で天音が答える。


「えと、私も構いません」


 彩花はどこかほっとした表情だった。この中で一番年齢が低いこともありやはり体力も相応なのだろう…………今後はそのことを考慮してペースを決めなくてはいけないと春人は頭に入れておく。


「じゃあ、あの突き当りで休もうか」


 全員の同意を得ると春人は通路の先を示す。突き当りはT字路になっているようなのでそこであれば全方向を見通すことができる。それはつまりどの方向からも発見される可能性があるという事でもあるが、見えない通路からいきなりやって来る危険の方が春人は怖い。


「んー、あそこまではトラップはなさそうだな」


 春人の言葉を受けて透が目を細めて先を見て確認する。


「ちょっと待って」


 それならと歩みだそうとした春人の足を天音の一言が止める。


「どうかした?」

「…………聞こえないの?」


 その声には僅かに緊張による震えがあった。


「「「「…………」」」」


 即座に全員が黙って耳を澄ませる。何か重いものが歩く音。それが前方から聞こえてさらには少しずつ大きな音となっている…………それはつまりこちらへと近づいて来る何かがいるということ。


「見て、来ます」


 一気に重々しい雰囲気となった中で春人は口を開く。聞こえてくるのはT字の右側の通路からだった。幸いにして音が近づいてくる速度はそれほど早くない。覗いて確認するくらいの余裕はあるだろう。


「みんなはいつでも逃げられる体勢でいて」

「気を付けてな」

「はい」


 透に頷き、ちらりと天音と彩花を見る。天音は変わらぬ仏頂面で、彩花は不安そうな目でこちらを見ていた。何か声を掛けようとも思ったが浮かばないし時間もない。春人は二人に背を向けると音をたてないように通路の角へと張り付くように身を潜ませる。


「…………」


 息を鎮め、逃げたくなる気持ちを堪えて春人は角から覗き込んだ。

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