プロローグ⑤ 役割

「この場で役立ちそうなことっていうとそうだな…………俺は学生時代RPGにかなりはまっててな。それもストーリーを重視したような奴じゃなくてリアリティというか難易度を追求したダンジョン探索系のRPGだ。聞いたことあるかどうかは知らないがウィザードリィとかそういう系統だな」


 自分たちにやれることを確認しよう、そう提案した春人に対して最初に申告したのは透だった。年長者でありながら春人に場を仕切ることを丸投げした彼だが協力するつもりはちゃんとある…………こういうものは最初の一人がある程度の指針を示すと後が続きやすいものだ。その辺りを理解しているのはやはり社会経験者だけのことはある。


「その手のゲームだとマップが表示されないものも多くってな。自分でマップをメモしてるうちにメモを取らなくてもマップを記憶できるようになった…………幸いにもそれはまだ衰えてないのを確認できた。今まで歩いてきたところもきちんとマッピングできてるからその点は頼ってくれて問題ない」

「…………助かります」


 春人は心の底から透がいてくれてよかったと思う。非常にありがたい技能だ。ダンジョンを探索するのに必要なことはその構造を覚えることだ。 通った道を忘れてしまえば同じところを歩き回って体力を消耗することもあるだろうし、化け物との遭遇を考えれば右往左往走り回って場所がわからなくなることもあるだろう。

 しかし彼が道を全て覚えてくれるというのならそれらは避けられる。しかも紙などの記録には限界があるがそれが記憶であるなら限界はない。


 しかも透の特技はそれだけではなかったのだ。


「それと後はさっきみたいなトラップの判別だな。ゲームの経験とはいえトラップが仕掛けられるパターンなんかは概ね予想がつくし…………それに仕事がらさっきのスイッチみたいな細かいものを見つけるのは得意だ。プログラミングのバグを見つけるのに比べれば楽勝だよ」


 ははは、と笑う彼の表情は乾いていた。しかしその技能も非常に助かる。トラップがあるとわかった以上はその判別は非常に重要だ。化け物との遭遇も考えれば悠長に床を見てる暇もない。手早く判別して移動ができるのは生存性がとても高められる。


「まー、俺は以上だな。後は社畜で身についた根性くらいか」

「…………十分ですよ」


 このやたら自虐的なところが無ければ頼れる人なのに。


「えーっと、次は僕が言おうかな…………にわかなサバイバル知識全般です」


 透に比べれば見劣りするものだが、全員が全員とも有用な技能を持っているわけでもないだろう。そういう意味では春人のそれはちょうどいい塩梅あんばいで気兼ねなく続きやすい。


「にわかなのか?」

「にわかです」


 はっきりと春人は答える。虚勢を張るのは簡単だが状況が状況だ。メッキが剥がれるタイミングによっては死者が出る可能性だってある。自己申告は正直にしておくべきところだろう。


「もともと影響されやすい性質なんですけど最近は某動画サイトでサバイバル系の動画にはまってまして…………それでまあちょっと一人キャンプで実践してみようと思ったところで今に至るという状況です」


 楽しい休日を過ごそうとしていたところでこの状況と最悪の展開ではあったが、そのおかげで最低限の水と食料があるのは幸いだった。


「その知識はどれくらい頼りにできる?」

「…………知識だけなら」


 少し間をおいて考え、春人は答える。


「影響されやすい分凝る方なので知識は充分だと思います…………ただ自分で実践した知識じゃないので現実とずれのある可能性があると思います」


 知識では簡単に思えてもやってみると難しかったり、効率が悪かったりなんて言うのはよく聞く話だ。春人も実戦的な知識を中心にしっかり調べたしイメージはできているが、いざ実践となるとスムーズにはいかないだろう。それが時間のある時なら知識と実践のすり合わせもできるが切羽詰まった時だとそうもいかない…………今の状況ではそれが生死に関わる可能性がある。


「まあ、それでも十分助かるのは間違いないさ。正直俺だったら最初に水を確保しようなんて考えでてこないからな」


 それは偽らざる透の本音だ。こんな状況に置かれたら普通最初に考えるのは脱出の手段で生存の手段ではない…………そしてその二つは最終的な目的が同じでも初動が全く違う。初動で脱出のために行動すれば生存条件を整えるための余力がなくなる可能性があるのだ。


 だから確実性を大事にするならまず生存を第一に考えるのが正解だろう。なにせこのダンジョンを脱出するのにどれくらいの時間が掛かるかがわからない。それならばまず生存の確保をして余力を脱出に回すのが正しい。仮にこのダンジョンがすぐに脱出できるようなものだったとしても無駄な手間をかけたと笑い話にすればいいだけなのだ…………見込みを外して全滅するよりはずっといい。


「で、次は嬢ちゃんかな?」

「あ、えっと……」


 不意に水を向けられて戸惑うように彩香が口どもる。


「私からでいいわよ」


 天音がそこに割り込んだ。


「じゃ、天音ちゃんで」

「…………喧嘩売ってるの?」

「まさか」


 透は肩をすくめる。


「あー…………それじゃ高崎さんお願い」


 変にこじれる前に春人は天音を促した。


「ふん、まあいいわ。見ての通り私のできることは料理関係よ。実家の定食屋を子供のころから手伝ってるから大体の食材ならさばいて料理できるわ…………まあ、食材もあるかわからないし調理器具も包丁しかないけどね」


 微妙にやさぐれた口調なのは春人や透と違い生存に直接役立つ技能ではないと自覚しているからか…………確かにこの場所ではそもそも食材が取れるかどうかも怪しい。しかし逆に言えば食材さえ見つかれば役に立つ可能性はある。


「食材はないけど簡単な調理器具と調味料くらいはあるよ」

「…………借りれることを祈ってるわ」


 投げやりに天音が答える。


「それじゃ最後は黒峰さんかな」

「ご、ごめんなさい!」


 春人が振ると同時に彩香は叫んで頭を下げる。それに思わず春人達は呆気に取られて彼女を見やった。


「えっと…………?」

「わ、私特技とかそういうの全然無くって…………本だけは一杯読んでるですけど物語とか神話の資料とかそういうのばっかりで、こういう時に役に立つような知識なんかは全然ないんです!」


 半ば泣きながらその顔を真っ赤にして彩香は一気に言い終えた。


「………………」


 そのままうついて黙ってしまった彩香に春人は困ったように透へと視線をやる。すると彼はそれが春人の役目だと言わんばかりに肩をすくめて見せた…………ずるい大人だ。春人はひと息吐いてから彩香に告げるべき言葉を頭に組み立てる。


「えっと黒峰さん…………別にいいんだ」


 あえて優しい声ではなく、事実を告げるように淡々とした口調で春人は声をかけた。


「自分にしかできないような特別な技能とかはなくても構わない。単純に人手ってだけでもこの状況ではありがたいんだ…………というかそもそもこんな状況に対応できるような技能を持ってる方がおかしい」


 そう、おかしいのだ。常識的に考えていきなり放り込まれた化け物の徘徊するダンジョンに対応できる能力を現代人が持っているはずがないのである。


 にわかとはいえ普通の学生はサバイバル知識なんて持っているわけがないし、記憶だけでマッピングができてトラップを見抜ける社会人なんておかしいというレベルではない。


 本人は投げやりだがプロに近い調理技術を持った女子高生だって希少には違いないだろう。ここがダンジョンではなく無人島であったら無駄なく食材をさばくことのできる彼女は重宝されたはずだ。例えばウサギ一匹にしてもそれをさばくのは素人にはかなり難しいのだから。


 そんなわけで彩香が何もできないというのは何の不思議なことでもない。そしてそのことを嘆いて謝罪するというのは、逆に言えばできることがあれば役立つ意思はあることの表れともいえる。こういう状況においてやる気というものは非常に大切だ。


「えっと、でも……」

「例えばさ、僕はリュック持ってるけどそれを担いでずっと歩くのはとても疲れる…………そんな時に少しの間でも代わりにリュック持ってくれる相手がいるだけでも助かるんだよ」


 もちろん春人より遥かに小柄な彩香にそんな真似をさせるのは効率の面でいいとは言えないことだ…………しかし長旅が予想される状況で負担を分担できる相手がいる意味は大きい。


「で、でも食料とか水だってそんなにたくさんはないんですよね?」

「あー、まあ、うんそれはね」


 すでに周知のことだし春人は否定しなかった。つまりはそんな貴重な水と食料をあまり役に立たない自分がもらうのは心苦しいということなのだろう。


「それは特に気にする必要はないよ…………というか意味がない」


 不安を煽るような真似をしたくはないが、いっそオブラートに包まない方が彩香も納得することだろうと春人は判断した。


「どうせ黒峰さん一人分の食料を浮かせたところで焼石に水だよ。食料も水もこのダンジョンから脱出するにはたぶん圧倒的に足りていない…………追加の水と食料を見つけない限り寿命が少し増えるくらいの違いしかないんだ」


 そしてその僅かに延びる寿命の為に目の前の少女を見捨てる選択肢は春人にはない。


「そんなわけで黒峰さんはやれることをやってくれればいいんだよ」


 むしろこの状況でパニックになって不用意な行動をしたりせず、自分にできることがないと判断できる冷静さが残っていることを褒めてあげたいところだ。


「と、えっと透さん…………今何分くらい経ったかわかります?」


 不意にそんなことを尋ねる。


「ここで話し始めてから二十分ってところじゃないか?」


 その意図を察したように透が答える。


「そうですか…………それならまだ何とかなりそうですね」


 安堵するように春人は息を吐く。


「どういうことよ?」


 その意味が分からず天音が怪訝な表情をする。彩香も同様のようで春人を見ていた。


「それはだな」


 種明かしをするように横から透が口を開く。


「俺達はここで二十分も話していたがさっきみたいな化け物が襲ってくることはなかった。それはつまりこのダンジョンは簡単に遭遇するほどの密度で化け物が徘徊してる可能性は低そうだってことさ」

「あ」


 納得したように天音が呟く…………もちろん運がよかっただけの可能性もあるから楽観はできない。けれどこれから探索を始めるという状況の中でそれが大きな気休めになるのは間違いない。


「て、ことでだ」


 透が春人を見る。それに彼は頷いた。


「ええ、そろそろ出発しましょう」


 ここからようやく四人は踏み出すのだ……………未知なる迷宮へ。

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