プロローグ④ ハードモード
「あー、なるほどね」
異世界召喚。彩香が口にしたその言葉に納得したように透が頷いた。
「何? 異世界召喚ってどういうことよ?」
そして四人の中で納得できてないのは天音だけだった。
「小説っていうか…………ネット小説での流行りのジャンルに異世界召喚っていうのがあるんだよ。現代社会で普通に生活していた主人公がいきなり異世界に召喚されてそこで色々な活躍をするっていう感じの」
「ふーん…………で、それが?」
「それを聞いたうえで今の状況に何か思い当たらない?」
「…………つまり、私たちも異世界に召喚されたって言いたいの?」
理解はできたが納得はできないという表情で天音が春人を見る。
「まあ、半分くらいは」
「何で全部じゃないのよ」
「異世界だとは思うけど召喚じゃなさそうだからかな」
だから半分、だ。
「取り敢えず僕らの元いた世界にあんな化け物は実在しないよね? 世間に知られてない超科学の産物って可能性もなくもないけど…………個人的にはここが異世界って方が納得できるかなって」
「召喚じゃないと思う理由は?」
これは透が尋ねた。
「召喚されたとしたら召喚主がいるはずなんだ」
しかしここに来てから出会ってはいない。わざわざ異世界から召喚するのだから何らかの目的があるはずで、それなのに目の前に姿を現さないのはおかしい。
「だからまあ、召喚されたというよりは迷い込んだって感じじゃないかなと思う…………その先がダンジョンだったって考えると納得しがたい気持ちはあるけど」
異世界に迷い込む話は古今東西問わずいくつもある。もちろん今まで春人はそれが全て創作だと思っていたけれど…………中には本物だった話もあるのかもしれない。
「それで、だけど」
その想定だとすでに望み薄だがそれでも春人は確認しないわけにはいかない。
「だれかここに来て何か特別な力が使えそうな感じはしてない?」
「はあ?」
これも予想していたが天音が怪訝な表情を浮かべて春人を見る。
「つまりは魔法とかそういう力に目覚めたとか目覚めそうな
それでも春人は付け加えてそれを尋ねる。
「いきなり何を馬鹿な話してるのよ」
「いや、これ割と真面目な話」
真剣に春人はそれを確認していた。
「俺はないな」
「私も、です」
そんな春人の気配を察したのか透と彩香が答える。
「…………天音は?」
「あるわけないでしょ」
渋々といったように彼女も答える。
「そっかあ…………だよねえ」
わかっていたとはいえ春人はその答えに落胆する。
「で、今の質問はどういうことなの…………そっちの二人はわかってるみたいだけど」
そういった方面に詳しくない天音は怪訝な表情を浮かべる。
「異世界召喚だと僕らのような普通の人間が召喚されてチート能力を得る話が多いんだよ」
「なによそれ」
「なんというか反則みたいに強い魔法とか特殊能力が使えるようになったりする」
その力を使って異世界で大活躍するのがそういった話のお約束だ。
「で、大体その力は召喚者である神様とかから与えられたりするんだ」
「でも召喚じゃないってあんたは言ったじゃない」
「そうだけど、環境の変化で目覚めるってパターンもあるんだ」
才能は眠っているのに地球では魔力が存在しないから使えないけど、異世界には魔力が満ちていてそれで魔法を使えるようになるなんて可能性に少し期待したのだ。
「でもやっぱり駄目だったみたい」
春人は大きく溜息を吐く。自分にもそんな感覚は無かったからわかってはいた。しかし自分に才能がないだけで他の人にはある可能性もあったから、確認だけはしておかなくてはいけなかったのだ。
「当たり前でしょ」
呆れるように天音は言うが、そんな僅かな可能性にも縋りたい状況だと春人は思っているのだ。
「…………これで僕らの生存はかなりハードモードになった」
絶望的なその事実をしかし春人は告げなければならなかった。
「それはどういう意味よ」
「当面の目的が決まったってことだよ」
僕は天音、透、彩香の三人を見回す。
「まずは水を探そう」
人間というものはそのままでは生きていけない生き物である。その生命活動を維持するには食料と水を摂取する必要があり、特に後者の水がなくては人は一週間程度でその活動を維持できなくなってしまう。つまりは第一に水、次に食糧だ。
「脱出じゃなくて水を探すわけ?」
「今は無人島にいると考えればわかりやすいかな…………いや、それよりもひどいか」
無人島なら資源になるであろう自然がある。しかし四人がいるのは明らかに人工物である石造りの通路だ。そこから得られるものなど何もない。
「
不意に春人は透に尋ねて見せる。
「透でいいぜ」
「じゃあ、透さん」
意図してだろう、軽い声で返す透をそう呼び直す。恐らくこれには早々に互いの距離感を縮めておこうという意図があるはずだった。
「かなり深いだろうな。見たとこと窓のようなものもないし空気も籠ってる感じがする、確証はないがここが地下である可能性は高いんじゃないか? そんでもってどれくらいの深さなのかを考えるとあの化け物から推察して…………RPGなら終盤のダンジョンの深層ってところじゃねえかな」
「…………やっぱりそうですか」
「あの化け物が雑魚って位置づけなら違うかもしれんがな」
透が肩をすくめる。
「で、その推察が正しいとしたら地上に戻るまでどれくらいかかると思う?」
春人はここまで会話に参加していなかった綾香へと視線を向けた。話し合いに参加できないというのは疎外感を覚えさせる。この場の全員が協力しなくてはいけない状況なのだ、きちんと気を遣う必要があると春人はわかっていた。
「えっと、すっごくたくさん時間…………かかりますよね?」
「その通り」
予体通りの答えをしっかりと返してくれた綾香へと春人は頷く。それを見てほっとしたその彼女の表情は自分の意見が間違っていなかったことと、きちんと話し合いに参加できたという安堵もあるだろう。
「この階をパッと見ただけでもとんでもなく広い…………それを何十階も登って出口を目指さなくちゃいけないことになるわけだよ。しかもその間迷って無駄に体力を消耗するだろうし、さっきみたいな化け物から逃げ回ることも考えなくちゃならない」
つまりは水も食料も大量に消費することだろう。もちろん全ては想像に過ぎないが、こういう時は悲観的に最悪の想像をして行動するのが一番安全に繋がる。
「で、皆は水とか食料は持ってる?」
「「「「…………」」」」
一応尋ねるが当然肯定の答えは返ってこない。この場所には突然迷い込んだうえに見たところ持っているのはその時身につけていたものだけのようだ。そして普通に考えて水や食料を持っているタイミングというのは限られている。
「ちなみに僕は持ってる」
担いでいたリュックを持って見せる。それを持っていたのは本当にただの偶然だが、この状況で唯一の幸運だったともいえる。
「ペットボトルが3本と缶詰ととかレトルトが何食分か」
「あるの!」
飛びつくように天音が尋ねてくるが、これは幸運であっても希望ではない。
「あるけど、今言った分を四人で分けたらどれくらい持つと思う?」
だから冷静に春人は尋ねて返す。
「まあ普通に一日、節約しても2,3日が限度だわな」
透がそれに答えた。
「つまりその2、3日の間に最低でも水を手に入れる必要があるんだ」
水、とにかく水を確保しなければ人は生きていけない。
「えっとでも、ですよ…………?」
おずおずと彩香が口を開く。
「こんなダンジョンみたいなところに水場なんてあるんでしょうか?」
それは気づいていてもできれば聞きたくない言葉だった。
「ある…………と、信じたい」
春人はそう答えた。でなければ自分たちの結末は想像するに難くない。だからこそ魔法とかチート能力に誰か目覚めていて欲しかったのだ。それで水や食料を確保できれば生き延びる可能性はかなり高くなっていた…………だが、現実は甘くない。
「だからまず、そのためにやれることを確認しよう」
自分たちの力でやっていくしかない…………ないのだ。
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