プロローグ③ 状況確認
怒涛の展開に振り回されて四人はまだお互いの名前すら知らない。これから何が起こるにせよ行動するにはお互いの名前を知ることは重要だと思えた。咄嗟の指示も名前を知らなくてはうまくいかない可能性だってある。
「僕は
提案者でもあるしまずは自分から春人は名乗った。
「
次にスーツの青年が名乗る。
「…………
どこか落ち着かない様子で周囲を見ながら割烹着の少女が名乗った。
「く、
まだ疲れが取れないのだろう、弱弱しい声で最後に眼鏡の少女が名乗る。
「じゃあ次は状況の確認だな」
口にしながら透が春人に視線をやり、それに春人は頷く。
「ちょ、ちょっと!」
そこに天音が割り込んだ。
「今そんな悠長なことやってる場合? さっきみたいな化け物が他にもいるかもしれないのよ!? 早く安全なところに行くべきじゃないの!?」
叫ぶような天音の意見は感情的には納得できるものではあった…………けれど現実に則しているとは言えない。
「安全なところって?」
だから春人はそう尋ね返す。さっきは恐怖のままに行動してしまったが、透に罠の存在を知らされた今はそれがどれだけ無謀な行為であったか春人は自覚している…………だから今の彼の頭はこれ以上ないくらいに冷えていた。あんな無謀な真似はもうしたくない。
「そ、それはここの外とか…………?」
「どうやって外に出るつもり?」
「そ、それは…………」
答えられずに天音が押し黙る。春人の質問に自分が無茶なことを言っていたことに気づいたようだ。
「多分僕らが置かれている状況は非常に悪い…………だからここからは出来る限り慎重に無駄なく動く必要があると思う。その為には情報の整理は必須だよ」
「俺もそう思うぜ」
春人の言葉に透が同意する。
「仕事でもなんでも目的を達成するためには段取りが必要だ。そんでもって段取りを立てるには情報を把握しなくちゃいけない…………急がば回れだ」
だから肩の力を抜けとでもいうように彼は肩を竦める。
「…………わかったわよ」
渋々といったように天音は頷いた。
「嬢ちゃんもそれでいいか?」
忘れずに透は彩香へも確認する。
「あ、えと…………はい」
それに小さく彩香は頷いた。
「じゃ、そういうことで頼むわ」
そして透は続きを促すように春人に視線を戻すが、少し彼は困惑する。
「えと、あなたが仕切らないんですか?」
年齢は聞いてないが透が年長なのは確認するまでもない。普通に考えれば年長の彼がこの場を仕切るべきではないだろうかと春人は思う。
「俺はどうもそういうのは向いてないんだわ。社畜根性身についてるし」
しかし春人の言葉にそう言って透は手を横に振る。
「それに俺はあの時とっさに動けなかっただろ? これから似たようなことが起こることも考えるとあの時とっさに動けたお前さんが仕切った方がいいと思うわけだ」
「…………わかりました」
動けただけで冷静ではなかったとか言いたいことはあるが…………そんなことで揉めても時間がもったいない。情報の確認は必要な作業ではあるが先ほどの天音の言葉も別に間違ってはいないのだ。安全確保は最優先で、情報の確認はその為に必要というだけなのだから。
「じゃあ、まず話を始める前に立ち位置を変えましょう。僕はこっちの方を見てますから葦早さんはあっちを見ててください」
言いながら春人は数歩立ち位置を変える。
「黒峰さんは…………とりあえず僕の隣で座って休んで体力回復させて」
「あ、はい」
言われるとへたり込むように彩香は腰を落とした。やはりまだつらいようだ。しかし近場にいてくれればいざという時にまた引っ張るなり抱え上げるなり出来る。
「私は?」
残った天音が尋ねてくる。
「疲れてるなら一緒に休んでていいけど」
「問題ないわ」
つっけんどんに天音が言う…………しかし強がりではあるようで、そのまま立つわけではなく壁へと背をもたれさせていた。
「うんうん、見込み通りいい指示じゃないか」
「…………そうですか」
満足そうにうなずく透に春人はため息を吐く。しかし溜息吐いているだけでは状況は進んでいかないのだ。
「ではまず状況の確認をしましょう…………ここがどこかわかる人はいますか?」
「…………」
「…………」
「…………」
一応尋ねてみるがやはり答えられる人はいない。
「では何が起こったかわかる人」
「…………」
「…………」
「…………」
これにもやはり返事はない。わかりきっていたことだが確認は必要だ。
「じゃあ、ここで目を覚ます直前の記憶を確認しましょう…………僕はちょうど外に出かけるところでした。服も持ち物も全てその時のままです」
出かけるときに身に着けていたリュックも春人は背負ったままだった。
「俺は休日出勤の最中だったな。パソコンの前で作業してた」
次に疲れたような表情で透が言う。さっきの社畜発言といい彼の勤め先はブラック企業だったようだ。
「私は店の手伝いしてたわ…………うち、定食屋なの。それで野菜切ってのよ」
続けて天音が言う。それで割烹着に包丁だったようだ。
「わ、私は図書館で本を読んでました」
最後に彩香が言った。体があまり強くなさそうなことといい内向的な趣味のようだ。
「つまり誰もこんな状況になるような予兆はなかったし、行動に共通点もないと」
何かしら共通点があれば話は楽だったのだが、全員突然ここに放り込まれたということ以外に心当たりは無いようだった…………そうなると、聞きたくはないが聞かなくてはいけないだろうと春人は思う。
「ちなみに、ここで目を覚ます前に神様とかに会ったりした人はいないですか?」
出来ればいて欲しい、春人はそう願いながら尋ねる。
「はあ?」
何を言い出すのだと天音が強靭でも見るように春人へ視線を向けた。その反応は予想していたけれど少しばかり彼は心が抉られる…………ただ、わかってくれる人がいないわけではなかった。
「あ、あの…………もしかして異世界召喚ですか?」
おずおずとした声で彩香が春人にそう尋ねたのだった。
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