第32話 三人のアーカイブ

 空いている部屋までやってきたはいいものの、三人が泊まるとなると中々狭い。別にケチをつけているわけではないが、苦虫を潰したような顔になる。

 このままでは雑魚寝することとなってしまう気がするが……まぁ、カウンター近くにあるソファにでも寝れば大丈夫か?


「それじゃ、晩御飯持ってくるから少し待っててちょうだいね〜? ごゆっくり〜♪」


 原ばーちゃんは部屋を後にし、この空間に俺たち三人だけが取り残された。


「とりあえず、無事に寝食が可能になったよかったです。ありがとうございます、芹十くん♪」

「あぁ。縁は大事にしとくもんだな」

「さっさと館内に着替えよー」


 夏織がそう提案すると、すぐにプチプチと着ている服のボタンを外し始める。俺と冬姫は思わず顔を赤くし、こちらは目を背け、冬姫は俺にガンを飛ばした。

 あいつ幼馴染だからって羞恥心はないんか!? いや、あいつ腹が減ってたらそういうの気にしなくなる節があるしな……。


「お、俺外出とくから! 着替え終えたら教えてくれ!!」


 バタンと音を立てて扉を閉め、部屋を出てから一息つく。数分経ってから部屋の中に入り、俺も館内着に着替えて食事を待った。

 料理は海鮮系であり、大変美味であった。本来なら今日と年明けで釣りにでも行く予定だったし、ここで取り戻せたと考えよう。


 食後は夏織が持ってきたカードゲームの類で楽しみ、一足先に修学旅行を満喫しているようで有意義な時間を過ごせた。

 そして時間もいい頃だったため温泉にでも入りに行こうとしたのだが、タダで泊めてもらえる代わりに掃除をすることとなった。


「温泉の掃除とかワタクシ初めてです!」

「安心しろ、俺もだ」

「私も。……ふつー無いでしょ」


 何事もなく掃除し終えるのかと思ったが、やはり前より元気になったのかまた夏織柄調子に乗り始める。


「ふふん、実は私、芹十と最近一緒に風呂入ったことあるんだよねぇ」

「はい……??? 詳しく聞かせていただきますよ、芹十くん……!!」

「なんで俺なんだよ!? っつーかアレは大体、夏織オマエが強行突破してきたんだろうが!!!」

「は、破廉恥ですわ! 夏織さんがそこまでの痴女だったなんてっ!!!」


 お灸を据えてェ〜と感じつつあるが、またあのひっつき虫モードに戻るとなると……って、ひっつき虫モードは今もなってるか。

 あれ、じゃあ生意気さだけが戻ったのかいう最悪な形じゃねぇか?


「ちなみにですが……その、下……は、見たのですか……?」

「ふふん、バッチリ目に焼き付けた」

「ほ、本当ですか……!? はわわ……!!」


 何やらコソコソ話しており、夏織はサムズアップして冬姫はのぼせたように顔を赤らめている。

 なんか碌でもないことを話しているよう気がする。


 俺は声を上げて、とっとと掃除をするように促した。


「はぁ……ようやく終わったな」


 温泉の掃除を終えたらもう時間も良い頃だったので、部屋に戻ってリュックに入れていた歯ブラシを取り出して歯磨きをすることに。

 鏡の前で歯を磨き始めると、二人もつられて俺の左右にやってきて歯を磨き始めた。


「夏織さん、そちらにあるコップ取ってくださいませんか?」

「んー。せりとも、ふぉい」

「んぉー」


 なんだか家族みたいだなぁと感じつつ、睡魔に襲われてフラフラしている夏織をチョップして起こす。

 すると反対方向の冬姫もわざとらしくフラフラし出すが、まぁ大丈夫だろうと無視した。唸りながら圧をかけてきた。怖いよ。


 そして原ばーちゃんが部屋にやってきて布団を敷いてくれたのだが、ピタリと並べられた三つの布団だった。


「…………。俺は外のソファにでも」

「逃げちゃ、ダメですよ? さぁ、夏織さんも手伝ってください♪」

「んぅ〜〜……」

「うぉッ!? こいつ寝技をッ!!!」


 ――ドスンッ!!!


 半分以上寝ている夏織に投げ捨てられ、そのまま真ん中のベッドにぶん投げられる。

 夏織はそのまま俺の片腕に抱きつき、グースカと寝息を立て始めた。


「いっ……てェ……。やりやがったなコイツ……!!」

「すー……すー……うへへ」

「笑ってやがる」

「うふふ♡ では電気を消しますね?」


 カチカチとヒモを引っ張って電気を消し、部屋は暗闇に包まれる。外の雪の白が明るく感じた。


「芹十くん、一枚だけ三人の写真を撮ってよろしいですか? 晶にどんな感じか見せたいので」

「ん? いいけど……間違ってクラスのグループに送るんじゃねぇぞ……? 送ったが俺の最後だろうし……」

「大丈夫ですよ。その時はワタクシと一緒に心中いたしましょう♪」

「そうだったッ!! くそ、コイツ無敵か?」


 冬姫ものそのそとこちらに近づき、空いている片腕に抱きついてスマホをインカメにし、パシャリと一枚撮る。

 撮れた写真を少し眺めると「ふふっ」と笑ってスマホを置いた。


「ありがとうございます」

「別にこれくらいいいぞ」

「いえ、普段からです。以前のワタクシは通院にリハビリ、治験の日々で不自由そのものでしたから。今、あなたたちと笑って過ごす日々が楽しいのです。それに対し、ありがとうございます」


 所詮俺はたまたま病院で出会って、短期間だけ遊んでいた仲だ。壮絶な人生のほんの一部しか知らない。

 ただそれでも、そんな彼女が今のように心の底から笑っているものを見たら、何か込み上げてくるものがあった。


「幸福と不幸は、一生において平等にやってくる……と、考えてる。だからまぁ、お前の人生はこれからずっとハッピーだろうよ」

「ふふっ、その考え方は良いですね。あぁ、これからの人生が楽しみです」

「そうだろ? だから心中とかは――」

「ただ、幸運がつきそうになったら、二人で新たな幸運を探しに行くのもまた一興」

「ヴッ」


 ……ブレないやつだ。やはり勝敗はきちんと決めなければならないということか。

 腹を括って勝負に挑もう。ただ今は、味わえなかった幸福を存分に楽しんで生きてもらおうか。


 やれやれと思いながら、そろそろ腕から離れてほしいなァ〜と考えていた。なのだが、冬姫はもうすでに寝息を立てていたのだ。


(……んっ!? 寝てないの俺だけ!!? ちょっと待てよ! 俺この美少女二人に抱きつかれたまま寝ろと!?!? だっ、誰か……俺を気絶させてくれぇえええーー!!!)


 二人を起こさぬよう、俺は悲しみを心の中で叫んだ。

 結局、ド深夜まで俺の目はガンギマっていて眠れないのであった。

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