第33話 答えを出すのは吉なのか

 ――翌朝。

 俺は少しぐったりし、少し待たないと両腕がピクリとでも動かせないほど固まってしまっていた。


 灰色の空は消え失せ、晴天が続いている様を見ることができる。青い空と銀色の地面は幻想的だ。

 これならばじいちゃん家にも行けるだろうな。


「おはよぅ……ふわぁあぁあ……」

「おはよう夏織。一番最初に寝てたくせに眠そうだな」

「冬休みは……早寝遅起きがもっとぉ……」

「なんて自堕落なモットーだ」


 「もうこれで終わっていい。だからありったけを……」と言わんばかりに重力に逆立つ寝癖をしながら、目をぐしぐしとこすっている夏織。恥じらいは無いのだろう。

 対照的な冬姫は朝から凛としており、育ちの良さが垣間見える。


 まぁ、こんなこと口で言ったら夏織にしばかれそうだからやめておこう。今は寝ぼけているから読心もされないだろうからセーフだな。


 母さんがじいちゃん家に向かう途中で俺たちを拾ってくれると昨夜連絡が来ていたので、俺たちは飯を食った後に原ばーちゃんに感謝を伝え、車に乗り込む。

 俺は助手席に乗ったのだが、運転する母さんの広角はボンネットにつきそうなほど上がっている。


「それで〜? 芹十、昨夜は何もなかったのかしら〜〜?」

「な、何もねェ!!」

「怪しいわね〜」

「くどいぞ」


 頬杖をつきながら、暴れまわる心臓の鼓動が聞かれないようにしながら冷や汗を荒らしまくっていた。

 しばらく車内で流れている音楽を聴き、車道を見続けること数分、ようやくじいちゃんの家へと到着する。


 そこは山の中ではあるが、近くに海もあるし川もあるとてもよい立地にある家だ。


「じいちゃーーん!! 来たぞーー!!!」

「ガッハッハ! ようやく来たか芹十ォ!!」


 この豪快に笑うムキムなお爺さんこそ、俺の祖父であるじいちゃん……松浦円蔵だ。


「そんで……ほォ〜う。夏織ちゃんは知ってるが、もう片方の方も面の良い子じゃあねェか。で、だ。どっちがテメェの嫁だ?」

「おい、じいちゃん。どっちも俺の幼馴染だ。変なこと言うんじゃねェぞ」

「お、お嫁さんですか……素晴らしい響きですね……♡」

「私の方が先に芹十のおじいさんのこと知ってるから。調子乗らないでよ冬姫」


 夏織は何回かじいちゃんと会ったことがあるが、やはり調子に乗っているな。じいちゃんにでもお灸を据えてもらうのもアリだ。

 そんなことを考えながら家へと入り、俺がよく使っている部屋に荷物を置いておく。


 昼はバーベキューでもし、夜はすき焼きでも食べようとのことだ。朝ごはんも宿で豪華な料理を食べたばかりだし、なんてステキな三食なのだろう。


「おい芹十ォ! 薪割るの手伝いやがれェー!!」

「はいはい」


 まぁ流石に俺の母さんやじいちゃんがいることだし、夏織と冬姫は昨日のように変なことをしてくることはなかく年を越した。

 まぁ、ひっつき虫モードは相変わらずだったので、じいちゃんに揶揄われてしまったが……。



 # # #



 ――翌朝、元旦。

 俺はまだ夜が明ける直前に釣りの道具を持って出かけていた。


 毎年釣りをしながらじいちゃんと初日の出を見ているのだが、昨日酒を飲みすぎて腹を出して眠ってしまっていたので仕方なく一人だ。

 防寒具をバッチリ決めて、堤防付近までやってくる。手慣れた手つきで釣竿の準備をし、餌をかけてまだ黒い水面に波紋を広がらせる。


 持参した折りたたみ椅子に腰をかけてその時を待っていたのだが、スタスタと誰かが歩いてくる足音が聞こえた。


「ん……? おはようございます、あけましておめでと……って、夏織!!?」

「せりと……あさから、なにしてる……ズビッ」

「お前寝ぼけながらこんなところ歩くんじゃねェ!!」


 足音の正体は夏織だったのだが、目もほぼ開いていない、四捨五入したら寝ているような状況で俺についてきていたらしい。

 しかもまともな防寒具もなく、鼻水を垂らしかけている。


「はぁ……。一旦防寒具取りに帰るか? 流石にそれじゃ寒すぎて耐えられないぞ」

「んー……だいじょぶ……」

「なにがだよ?」

「んしょ……んしょ……」


 夏織は俺を折りたたみの椅子に座らせ、足を広げさせられ、そのままちょこんと俺の間に座ってきた。

 そして「包め」と言わんばかりにこちらを見つめてくる。


「こんなところ誰かに見られたら後から恥ずかしい思いすることになるぞ……」

「んー……? んー……」

「ダメだ。ろくに思考が回ってねぇや」


 俺はちゃんと起きるのは無理だろうと判断し、釣竿を再び手に持ってその時を待った。


「別にさぁ……いーんじゃない……。私たちが、かっぷるとか、思われても……」

「んー? そりゃなんで?」


 一度リールを巻いてブンッと空を切る音を立てて、再び水面に波紋を広がらせて質問をしてみる。

 釣りは心を安定せてするもの。だがしかし、次の言葉によって俺は不安定そのものになってしまった。


「だって、わたし……芹十のこと――異性として好き、だから……」

「――……は?」


 バッと夏織の顔を見るが、もう意識は手放しており、スースーと寝息を立てている。


 好き? 夏織が? 俺のことを?

 ……いや、まぁ、そうだろうなとはどこか思ってた。だが俺は、あえて結論に辿り着きたくなかったんだ……。


(誰かを好きになるのは良いことだ。けど、二人以上を好きになったらそれはもうクズだ。俺のクソ親父と同じようなことになる……)


 今の俺は、夏織と冬姫という存在がいる。

 安易に答えを出すのは、どちらかを傷つけるということ。かと言って「どっちも!」なんて言ったら、一番なりたく無い姿まで落ちぶれることとなる。

 答えを出すのは吉なのか。いや、今の俺にとっては凶だ。


(あァ〜〜!! 新年早々やってくれたな夏織ィ!! おかげで楽しい年になりそうだ)


 俺は「はぁぁぁ」と深い息を吐いて白い靄を眺め、真の答えと、魚と、初日の出を待った。

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