(3)――「桜居宏次朗について、調べてもらえますか」
「桜居宏次朗について、調べてもらえますか」
桜色の本を司書に返し、私はさらに調査を依頼した。
「承知いたしました。少々お待ちください」
司書は桜色の本を受け取ると、それを足元にあったブックトラックに入れ、再びパソコンを操作し始めた。
静かな館内に、カタカタと司書がパソコンを操作する音だけが響く。館内に、他の利用者の姿は見当たらない。忙しなく歩き回る職員の足音は聞こえるが、ついぞ姿を見ることはなかった。
「お待たせいたしました。こちらの資料は如何でしょうか」
そうして、次に司書が持ってきた資料は、さきほどの本同様まっさらな装丁の、青色の本だった。
「確認させていただきます」
本を手に取り、目次に目を通す。
様々な名前が羅列している目次の中から『桜居宏次朗』の項目を探し出し、該当ページを開く。
桜居宏次朗。☓☓☓☓年三月■■村立■■小学校卒業。☓☓☓☓年四月■■村立■■中学校入学、☓☓☓☓年三月卒業。☓☓☓☓年四月■■県立■■■高等学校入学、☓☓☓☓年三月卒業。☓☓☓☓年四月私立■■■大学入学、☓☓☓☓年三月卒業。
そこには、私の学歴の一切が記載されていた。
大学卒業まで、留年することなくストレートに卒業している。
そうだ。そうだった。
私の両親はとても厳しい人間で、毎日、苦しいほどに勉強を強いられていた。勉強さえできていれば困ることはない、というのが口癖だった。友人を作ると苦い顔をされ、遊びに行こうとすると叱責された。私の学生時代とは、勉学一色だった。
どうしてそんな教育方針だったのか、という点については、今は亡き姉の存在が大きかったように思う。
私が幼い頃に亡くなった、歳の離れた一人の姉。
姉は大学受験に失敗し、自ら命を絶った。
自室のクローゼットで首を吊り冷たくなっている姉を発見したのは、私だった。
『ごめんなさい』。
遺書にはそれだけしか書かれていなかった。
その日以降、両親は今度こそ失敗させないようにと、私に一層勉強を強要するようになったのである。
今にして思えば、図書館とは、私にとってはほとんど唯一許された外出先であったと言って良い。
他へ遊びにいくことができないぶん、私は物語の中でそれらを楽しんでいた。様々な冒険に出掛け、奇っ怪な体験をし、その素晴らしき物語に涙する。
勉強の気晴らしに小説を読んでいると同級生に話すと、信じられないとでも言わんばかりの反応をされることも多々あった。が、私にとっての息抜きはそれしかなかったのだから仕方がない。流行りの映画も漫画も、私にとっては現実に存在しないものだったのだから。
同級生を羨むことは、もちろんあった。しかし、「勉強さえできていれば困ることはない」という両親からの教えの下、私は将来の為に先行投資をしているのだと自身に言い聞かせ、凌いできたのだ。
それなら。
大学を卒業した私は、その後、一体どうなった?
こんな状態でここに至っているということは、私は、先行投資に失敗したのではないか?
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