メルとも
あべせい
メルとも
「一週間ぶりですよ。どうしてもっとメールをしていただけないのですか?」
「忙しいの」
「忙しいって、いつもそうじゃないですか。いまはどうなンですか?」
「もうすぐ洗濯が終わるから、一息つけるかな」
「洗濯なら、ぼくが手伝いますよ」
「あなたには出来ないわ」
「出来ますよ」
「うちまで来るって言うの?」
「はいッ。いますぐ飛んでいきます」
「家も知らないのに?」
「それくらい、わかります」
「どうやって?」
「テクコさん、お遊びはやめましょう」
「……」
「あなたのメールアドレスは、住所をいじって作ったのでしょう?」
「キョウちゃん!」
「いいですか。テクコさんのメールアドレスは『akutaka139』、以下@マークが続きますが、これは住所を逆にしたものです。すなわち、『akutaka』の文字順を逆にすれば、『akatuka』、『139』も逆にして『931』。テクコさんの住所は『あかつか9-3-1』になります」
「あなた、ホームズなの!」
「ということは、本当なンだ」
「!……」
「心配しないでください。訪ねたりはしませんから」
「あなた、いつからわかっていたの?」
「最初は半信半疑でした。でも、『akutaka』というメールアカウントはどこから思いついたのだろうか。いつも気になっていたのです。『あくたか』をネットで検索しても意味のあることばとしてはヒットしません。悪高、悪鷹、芥可、いろいろ考えてみましたが、どうにもしっくりこない。それで逆にしたら、『あかつか』という地名が、ぼくの自宅から10キロ圏内にあったのです。だから……」
「そして、わたしの近所まで来たってこと?」
「ぼくはストーカーにはなりません」
「でも、わたしの近隣のことは知っている?」
「それは……知っておいたほうが」
「だったら、わたしの家の外観くらい見たのでしょう。どうだった?」
「どうだった、って……見たって言ってないでしょ。さっきのお返しか……」
「お隣のほうが立派だったでしょう。大きなさくらの木があって……」
「あれは、さくらじゃない、梅です、あッ」
「やっぱり、見に来たのね。外でこどもが遊んでいなかった?」
「いいえ。近所の悪ガキが、梅の実をとろうとして、塀によじのぼっていたので、注意しましたが……」
「ありがとう」
「テクコさん、いま、お子さんは?」
「学校よ。3時過ぎまで、わたしひとり」
「これから、どうなさるのですか」
「夫のお墓参りに行こうかな。お彼岸に行けなかったから」
「だったら、ご一緒したいな」
「あなた、まだ一度も会ったことがないのに、いきなり亡夫の墓参につきあうっていうの」
「いけませんか」
「いけないというより、おかしくない。わたしたち、メールともだちっていうだけじゃない」
「ぼくは、テクコさんと、メルともだけでは、満足できなくなったのです」
「満足できない、って……わたし、あなたのことは、『キョウ』という名前しか知らない。それも、本当かどうかも確かめられない……3ヶ月前、フェイスブックの友人つながりで、たまたまあなたのことばが気になって、メールしてしまったのが始まりでしょう」
「ぼくも、テクコさんの、『この世にはもう一つの世界がある。それは、並行世界。この世界に寄り添うように、重なって存在する』ということばに強く引き付けられたのが最初です」
「そんなこと、書いたの、わたしが?」
「そうですよ。お忘れになったのですか」
「思いつきよ。わたしは妄想が大好きだから。わたし、そろそろお墓に行くわ」
「テクコさん、歩きながらでも、メールはできるでしょう」
「わたしはそういう端たないことはしないの。じゃね」
「待ってください」
「ユリはいいですね。ぼくも好きです」
「キョウちゃん、こんなときにメールして来ないでよ」
「でも、もう30分以上たっています。お墓参りはおすみでしょう?」
「これから買い物があるの」
「スーパーですか。ユリをお買いになった同じスーパーですね」
「あなた、どうしてユリをお墓に供えたことを知っているの?」
「以前メールにお書きになっていました。ユリは夫もわたしも大好きな花、だって」
「書いていないわ。前にメールに書いたのは、『わたしの好きな花は、ユリと桔梗』。あなたがわたしの好きな花が知りたいと言うから」
「そうだったかな」
「ホワイトデーにプレゼントしてくれるのかと思っていたら、空振り」
「待ってください、それは無理な話です。住所を知らないのだから、贈りようがありません」
「メールアドレスで探り当てていたじゃない」
「それは不確かな情報です」
「例え住所違いで届かなくても、あなたは満足できたのじゃない?」
「それは……」
「そうか。キョウちゃんは、ホワイトデーにお花を送ってくれたのね。でも、住所の一部が違っていて、返送されたッ。そうでしょ!」
「おっしゃる通りです。宛先を『あかつか一丁目三番九号』としたのです。番地は逆転してないだろう、と勝手に解釈して。配達員が気を利かせてくれていたら、届いたでしょうに」
「九丁目と一丁目じゃ、違いすぎるわ。配達の人だって、気の毒よ」
「バカですよ。あの宅配業者は」
「おかげでわたしの本当の住所がわかったのだから、いいでしょ。こんどのホワイトデーを楽しみにするわ」
「来年まで会えないのですか」
「わたしたちはメールの世界のおともだち。何度も言わせないの」
「だったら、早くテクコさんの写真を送ってください」
「顔を見たら、夢が破れるでしょう?」
「それは、フェイスブックに写真を載せていない理由でしょう」
「キョウちゃんもそうだと最初にメールしてきたわ。わたし、それが気に入ったの」
「ぼくは、自分の写真を送るつもりはありません。もし、写真が必要なら、カッコいい友人から借ります」
「どうぞ。ご勝手に」
「もう買い物はすんだのでしょう?」
「あとはお肉を買うだけ。メールを打ちながらだから、時間がかかるのよ」
「これから自宅に戻って夕食づくりですか」
「キョウちゃんは何が食べたい?」
「テクコさんがつくるものなら何でもいただきますが、カレーがいいかな」
「わたしも今夜はカレーにしようかと思って、玉ねぎ、人参、じゃが芋を買った」
「チキンカレーでしょ。きょうは地鶏の、いいもも肉が入っています」
「あなた、なぜわかるの?」
「前にカレーはチキンが一等好きだって、教えてくださいました」
「ウソッ、ウソよ! ウソウソウソウソ……」
「どうされたのですか?」
「あなた、いいかげん、顔を見せたらッ」
「……」
「メールを打ってないで、わたしの前に出てきなさい。あなただけがわたしの顔を見て。およその年齢もわかったでしょ」
「……」
「お墓からストーカーしてきたでしょ。自宅近くの墓苑は一つしかないもの。ネットで簡単に調べられるわ。わたしがお墓参りすると知って、いたずら心が起きたのでしょうけれど、それって、ずるくない?」
「……」
「いつまで、だんまりメールを続けるつもり?」
「ごめんなさい。すべてテクコさんのご推察通りです」
「いますぐにわたしの前に来なさいッ」
「ぼくの想像通り、いいえ想像以上の女性でした。テクコさんは、ぼくが妄想したなかで、最もすてきな女性です。年齢はぼくと同じくらい。ぼくは、ぼくの醜い魂をテクコさんに……」
「食べやしないわ。警察にも訴えないから、顔を出しなさい。いますぐに!」
「ぼくはきょう思い切って、あなたのお住まい近くまで行ってよかったと思っています。メールをして、あなたの姿が確認できて……。あなたにとっては、とっても不愉快なことでしょうが、ぼくは、あなたの顔、スタイル、年恰好を見て、とてもあなたの相手ができる人間ではないと悟ったのです。これで諦めることができます。あなたはぼくなんかより、もっともっとすてきな男性とおつきあいすべきです。ぼくは、これをいい思い出にして、去ります。ごめんなさい」
女は突然、声を出して叫ぶ。
「待ちなさい、待って!」
スーパーの表からバス通りに向かって、パーカーのフードを被って走る男が。
その後ろ姿を見たテクコは、
「キョウちゃん、って本当の名前だったの。夫の弟の京司さん……知らなかった。逃げなくてもいいのに。彼だったら、わたし……」
テクコは、そうつぶやくと、護身用に握り締めていたクマ撃退スプレーをそっとバッグにしまった。
しかし、京司には妻もこどももいる。結婚して、まだ2年だ。最近会ったのは、夫の葬儀のとき。京司と夫は二つ違い。テクコと京司は同い年だった。
テクコはそのとき京司とかわした会話を思い起こす。
「お姉さん、これからどうするのですか?」
「まだ考えてないけれど。しばらくは仕事を休み、こどもと過ごすつもり」
「ぼくは兄のようには気がきかないけれど、何かの役に立ちたい。いつもそう考えているから」
そう言った京司の目は、夫が「結婚して欲しい」と言ったときの目とそっくりだった。
夫の死から半年。もう半年ではない。まだ半年なのだ。テクコは再婚など考えたこともなかった。
しかし、メールをしていた相手が京司とわかり、テクコの心は激しく揺すぶられている。
未亡人が妻子ある義弟と心を通わせている。
これは、噂好きの庶民には格好の話題だ。
「テクコ」は勿論、メール上の名前。本名は……それはこの際、どうでもいい。いま問題なのは、この先、京司とどうつきあっていくのか、だ。
京司の家は、テクコの自宅から車で十分ほど。幹線道路と私鉄のレールを挟んでいるから、偶然出会うことは、考えなくてもいい。
テクコが京司の家を訪ねることはありえない。用事ができれば別だが、いまのところない。しかし、京司がテクコの家を訪れることは充分考えられる。
京司は義姉と承知でテクコとメールのやりとりをしていた。妻にはないものをテクコに見つけたのだろうか。
翌週。
テクコは五日ぶりに京司にメールした。
「キョウちゃん。どうしてる? わたしは心の整理がついたわ。昨日は、お墓に行って、夫に話した。すっかり。そうしたら、夫が言ったの。『京司は、臆病者だ。家庭を壊すようなことはしない。キミには、ぼくから、もっともっとキミにふさわしい男性を紹介する。近いうちに、近いうちに……』って。じゃ、ね」
京司はすぐさま返信する。
「ぼくは臆病かもしれません。でも、兄はウソつきです。大ウソつきです。だから、兄が言ったことは信じません。近くすてきな男性が現れるということを含めて……」
(了)
メルとも あべせい @abesei
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