星が見たくて。

彼岸水

 こない。

 電車に揺られながら携帯を見る。

 あの人〝から〟の連絡がこない。

 鳴らない携帯に向かって小さく溜息を吐き、有り余るほどの話題の中からどれをあの人に話そうかと考えた。

 そうだ。あの本の話題にしよう。私は今思い立ったことをあの人に伝えるべく、文章を打った。

 『○○という本はご存じですか。』

 送信のマークを押す直前、私は躊躇った。

 そもそもあの人はあまり本を読まない。それに、この本だって私が数か月前に読んで、〝とても面白かったような気がするけれど、内容を思い出して語ることは難しい〟といった曖昧な立ち位置にある本だ。

 もう一度携帯に向かって小さく溜息を吐き、『今日も一日お疲れさまでした。』というなんとも無難な文章を今度は迷いなく送信した。

一時間と少しが過ぎて、携帯が鳴った。あの人からだ。

 『ありがとうね』

 この返信から会話が続くことなんて、まあ期待してはいない。一日に数度話ができるだけで幸せと考えたほうがいい。でも、私はもっと話がしたいと毎回思ってしまう。気分が落ち込んでいるときなんかは、『あなたは私と話がしたいと思ったことがありますか。』なんて面倒極まりないことを聞きたくなってしまう。

 空も茜色に染まり切り、そろそろ星が綺麗に見えるようになる時間だ。電車を降りた私は、いくらか下がった気分のまま改札を通り、大通りへと歩を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星が見たくて。 彼岸水 @cluster_amaryllis01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ