13 誰かの好意

 翌日、いつもの通り席でぼーっとしていたら隼人に声をかけられる。


「香月! どうだった? 話してみた?」


 うん、来ると思っていた。そしてその顔はどう見てもグッドニュースを待っているような顔だった。とはいえ、隼人が望んでいるようなことは言ってないからさ。すぐ「興味がある」って言い出したら絶対断られるはずだし、接点もまったくないからここは時間に任せるしかなかった。


 そのためには二人きりの時間を作ってあげといけない。

 でも、できるかな?


「ああ、うん。えっと……、一応休み時間ごとにうちのクラスに来るって言ったからさ。そして一花に頑張ってみるって言われたから、なんとかなるんじゃないかな?」

「おお! 可能性はあるってことか! よっしゃ!!!」

「頑張れ、隼人」

「うん!!! あれ? 香月、お前……首どうしたんだ?」

「ああ、これは……ちょっと痒くてさ。気にしなくてもいい」

「…………いや、それどう見てもキ———」


 その時、廊下から一花の声が聞こえてきた。


「先輩〜! 遊びに来ました〜」

「一花ちゃんだ!」

「あっ、梅沢先輩! おはようございまーす! へへっ」

「今日も可愛いね!!!」

「ありがとうございまーす! 嬉しいです!」


 さっきキスマーク……って言おうとしたのか? 隼人。

 でも、どうせ誰がつけたのかバレないはずだからじっと二人の方を見ていた。

 それにしても本当に仲良く話している。そんな一花を見て少し不思議だと思っていた。そして隼人……めっちゃテンションが上がっていてさ。多分……あれが青春だよな。いつか、俺もそういうのやってみたいなと二人を見てそう思っていた。


「香月くん、おはよう」

「あっ、おは……よう。早乙女さん」


 そしてこっちは早乙女さんに声をかけられる。


「最近全然話してないような気がしてね」

「あっ、ご、ごめん! そんなつもりはなかったけど、どうやって声をかければいいのか分からなくて」

「いいよ、私も……。香月くんに変なことを話したから……ごめんね」


 その話にどう答えればいいのか分からなかった。

 いっそ知らない人だったらこんなことで悩んだりしないけど、友達だからさ。

 いつもと違うその表情に……、わけ分からない罪悪感を感じる。


「いいよ、俺たちは友達だろ? 早乙女さん」

「あ、あのね! 一つ聞きたいことがあるけど」

「うん、何?」

「首にできたあの痕は……、何……?」

「ああ、これは……。気にしなくてもいいよ、ちょっと痒くてさ……。あはは……」

「それキスマークだよね?」


 適当に誤魔化そうとしたけど、やっぱりそう見えるのか。

 でも、これは俺のせいだから仕方がない。


「あはは……」

「彼女……いたの?」

「いや、これは……」

「もしかして……、妹につけてもらったの? 香月くん」

「…………」


 どうしてそれが分かるんだ?


「あのさ……」


 なぜか悲しげな表情で俺を見ている早乙女さん、首に目立つ痕ができたのが原因かな? なぜそんな顔をするのか分からなかった。そしてこの赤い痕にどんな意味があるんだろう。どうせ隠せないからそのまま来てしまったけど、早乙女さんは深刻な顔をしていた。


「場所を変えよう、教室には人が多いから」

「あっ、うん」


 ……


 そのまま急いで俺を屋上に連れて行く早乙女さんに少し慌てていた。

 そんなに急ぐ必要ないのに……、どうしたんだろう。そして何かをずっと我慢しているように見えた。


「早乙女さん?」

「も、もしかして……。や、やったの? 妹と」

「ど、どういう意味?」

「い、言わなくても分かるんでしょ? 男女二人が同じ家でやることなら一つしかないじゃん!」


 だんだん声を上げる早乙女さん。でも、その声は震えていた。

 ここで俺はどう答えれば正解だろう。


「ああ……、そんなことはやってないよ。俺のことを心配してくれるのか?」

「当たり前でしょ? ずっと香月くんが好きだったから、ずっと見ていたから、首にできたあの痕は一体なんなの? やっぱり……」

「これがそんなに気になるのか? 別に……意味ないだろ?」

「えっ? 意味……ないって」

「そう、ただの痕だからさ。どんな意味があるの? ここに……」


 幼い頃から一花は俺の腕を噛んだり吸ったりして、からかっていたからさ。

 そして今度はそれを首にしただけだ。早乙女さんが心配しているいやらしいことはしてない。確かに首を吸われた時は少しエロかったかもしれないけど、妹だからさ。そこまで気にしなくてもいいと思っていた。


 そんな目で見てはいけない。そこにはどんな意味もない。家族だからさ。


「じゃあ、私が香月くんにキスマークをつけてあげても同じこと言える?」

「それはちょっと……。早乙女さんは友達だからさ。俺は友達とそんなことできないよ」

「妹とは普通にできるの?」

「これはからかわれただけだよ、俺は気にしない。そして早乙女さんも気にしないでほしい」


 俺と一花の距離感がおかしいのは俺もちゃんと知っている。

 とはいえ、一応家族だし……。一花のことを知っている俺はそう簡単に一花を断れない。これは責任だ。お母さんが亡くなる前に話してくれたその言葉を、その約束をちゃんと守らないといけないから。


 一花が寂しくならないようにずっとそばにいてあげること。

 とても簡単な約束だった。


 確かに……、高校生になっても俺に甘えてくるからそう思われるかもしれない。

 そして普通の関係じゃないとそう見えるかもしれない。

 ちゃんと知っている。でも、一花はずっとそうだったから、そして俺がいなくなるとすぐ不安を感じるから難しかった。これは俺がいつか解決しないといけないことだけど、急ぐ必要はない。隼人と一花が上手くいったら、俺もきっと自由になれる。


 その時、早乙女さんが俺の手を握った。


「早乙女さん?」

「どうせ、妹とはこんなことできないんでしょ?」

「どうして……、こんなことを?」

「こ、これは私の覚悟だよ……。こうしないと……、香月くん分からないから! 好きだよ! 本当に……」


 俺の手を自分の胸に当てる早乙女さんが、震えている声で話していた。

 一花以外の女の子を触ったことないから、どうすればいいのか分からない。

 それにこれは不可抗力だ。


「やめてよ……。俺じゃなくても早乙女さんは可愛いから! きっと……」

「知らなかったよ。香月くんの妹……ずっと小学生くらいだと思っていたから。そして中学生の時からずっと好きだったけど、いつも妹のことですぐ帰ってしまうから、私の気持ちを伝えられなかったよ」


 すごく……、ドキドキしている。

 その鼓動が伝わってきた。


「さ、早乙女さん……」

「この気持ちは絶対変わらない! だから……、私を見て! 香月くん」

「…………」

「もし! 何かあったら! 私が……聞いてあげるからね! だから、あの子と距離を置いて……。あの子は危険だから」

「か、考えてみるから……」


 女の勘ってやつか、早乙女さんは確信に満ちていた。

 てか、俺……さっきからずっと早乙女さんの胸を揉んでいる。

 そして俺の手を離してくれない。ずっと触れているのに大丈夫かな……?


「…………」


 そこで俺は何も言えなかった。ただ「考えてみる」だけ。それだけだった。


「…………ふーん、あの先輩もなかなかやるね」


 屋上で話している二人、そしてその姿をこっそり撮っている人がいた。

 彼女は精一杯笑いを我慢して、二人にバレないように壁の後ろでじっとする。


「面白い……。ふふっ」

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いつも甘えてくる妹が実は『義妹』だったことを俺はまだ知らない 棺あいこ @hitsugi_san

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