10 新入生②
「人……すごかったよね、一花ちゃん……」
「うん……。先輩たちにめっちゃ見られてた。私たち、何かやらかしたのかな?」
「わ、分からない」
だろうな。可愛い後輩たちが二年生のクラスに来たからさ。
そしてじっと一花の方を見ている隼人が肘で俺の脇腹をつつく。
目立つのはあまり好きじゃないから二人を人けのないところに連れて来たけど、ここで何を話せばいいんだろうな。テンションが上がっている女の子たちとそばでそわそわしている隼人。ここでぼーっとしているのは俺だけだった。
「香月先輩〜。ぼーっとして何考えてるの?」
「別に……。てか、なんでうちのクラスに来たんだ。水原さんまで連れてきて……」
「せっかくだから、お兄……じゃなくて先輩!」
「無理しなくてもいいよ。どうせからかいに来ただけだろ?」
「えへっ! バレちゃった!」
「まったく……」
中学生の頃にこっそりうちのクラスに来て、ドッキリしたからさ。
一花の可愛い顔に惚れて協力するなんて、いまだに信じられない。
「やっぱり近いところで見ると七海先輩はすごいですね」
「は、はい……? な、何がですか?」
「ため口でいいです! 一花ちゃんがいつも先輩のことばっかり話してますからね。会いたくてずっと我慢していました!」
「そ、そんなこと言ってないよ! もう……!」
中学一年生の頃からずっと一花と仲良くしてくれた人。
水原さんのおかげで一花が思い出を作ることになったからさ、いつも感謝している。
でも、どうしてじっとこっちを見ているのか分からない。
「あ、こっちは俺の友達梅沢隼人。紹介するのうっかりしてた」
「水原ひまりです! 梅沢先輩よろしくお願いします!」
「あっ、うん! よろしく!」
「てか、そろそろ戻らないと……。次体育だからさ。もし話があるならまた今度にしよう」
「待って、お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんに話したいことがあるから!」
「そう? 何?」
「ブレザー貸して!」
その話はちゃんと理解したけど……、なんっていうかなぜその話をしたのか分からない。一花もブレザーを着ているからさ。つまり、俺のが欲しいってこと? どうして? サイズも合わないはずなのに……。そのままじっと一花の方を見ていた。
すると、くすくすと笑う水原さん。
「先輩全然気づいていませんね。あははっ、可愛い」
「えっ?」
「早く! お兄ちゃん、その代わりに私の貸してあげるから!」
「それ意味あんの?」
「うん! だって、私は今お兄ちゃんのブレザーが着たいから! 意味はある」
「あ……、そう? 分かった」
欲しいって言うからすぐ渡してあげたけど、その代わりに俺は女の子のブレザーをもらった。それにしてもサイズが合わなくて萌え袖になってるし……、女の子はこういうのが好きなのか、俺の妹だけどやっぱりよく分からない。
でも、めっちゃ気に入ってるような気がした。
ずっとニヤニヤしている。
「やっぱり男子のブレザーって大きいね」
「当たり前だろ? 一花はちっちゃいから」
「私、ちっちゃくないよ? 大きい! ちゃんと見てよ!」
「ん? いや、身長の話だよ。一花……」
さらっとやばいことを言い出す一花に、そばにいる隼人がすごく慌てていた。
そして顔が真っ赤になっている。
「人の前でそんなこと言うなよ……。一花。そして俺たちは戻るから、一花たちも早く戻って」
「はい〜」
「じゃあ、放課後! そっち行くから」
「いや、来なくていいよ。下駄箱で待つから」
「うん! 分かった!」
……
「やっぱりダメかな……? 香月」
「分かった分かった……。今日家に帰って一花に聞いてみるからさ、急かすなよ」
体育館の中、卓球をしていた俺たちはまた一花の話をしている。
こいつ、完全に惚れてしまったな。教室に戻る時も、体育館に行く時も、そして今もずっと一花の話をしている。本当に一花と付き合いたいのか? いや、付き合いたいからそんなことを言ってるよな。
でも、断るのもあれだからさ。難しいな。
どうしたらいいのかずっと悩んでいた。
そして早乙女さんのことも気になる。あの日からずっと会話をしていないからさ。
このまま隼人までいなくなると少し困る。家族の一花も大事だけど……、友達のことも大事だから、仕方がなかった。
その時、ふと一花との約束を思い出す。
これはあの約束に含まれていない———。俺は約束を破ってない。
「てかさ、お前」
「うん?」
「一花と付き合いたい理由はなんだ?」
「顔がいい!」
「俺は外見以外のことを聞いている」
「えっと……、可愛いから!」
「…………ダメだな。お前、顔がいいとか可愛いとか……。そんなことで女の子と付き合える思うのか?」
「ええ。じゃあ、どうすればいいんだよ」
「もっと大人になれ、一花と付き合いたいなら。そしてすぐ付き合うのは無理だ。そのまま告白したら、一花もすぐ断るしさ」
一花が好きになったのは分かるけど、本当にできるのか? 隼人。
いろいろ心配だった。一花は複雑な女の子だからさ。
まず、一花のすべてを受け入れないといけない。一花が俺に甘えてくる理由はお母さんの不在だからさ。そしてお母さんの代わりに俺がずっとその空っぽの心を満たしてあげた。
その後は自由を奪われる覚悟と……、執着に慣れること。
一花から距離を取るのは不可能だからさ。
それ以外にもたくさんあると思うけど……、俺はもう慣れてしまってそれ以上のことは思い出せなかった。一緒にいてみれば分かると思う。一花は弱い女の子で、寂しがり屋で、いろいろ気遣わないといけないんだからさ。
俺は……ずっと一花のそばでそれをやってきた。
「そうか……」
「お前も分かると思うけど……、お前以外にもたくさんいるからさ。一花に告白したい人。ゆっくり、そして少しずつ仲良くなるしかない。今日は俺が聞いてみるから、これからどうやって仲良くなるのかちゃんと考えてみろ」
「はい! 分かりました」
隼人がそうしたいなら俺も頑張ってみるしかない。
それにしても好きか、俺にはよく分からない感情だ。
……
放課後、下駄箱の前で一花を待っていた。
そしてどうやってその話を持ち出したらいいのかしばらく悩んでいた。
「お兄ちゃん〜! 遅くなってごめんね!」
「一花。帰ろうか?」
「うん!」
「あっ、これ。一花のブレザー」
「お兄ちゃんが持ってて、私はこのまま帰りたいから!」
「そう? 不便じゃないの? サイズ合わないからさ」
「彼氏シャツみたいで、よくない? ひひっ」
「はいはい……」
そう言いながらさりげなく一花の頭を撫でてあげた。
ペットじゃあるまいし、すごく喜んでいるその顔を見て、つい笑いが出てしまう。
それにしても彼氏シャツかぁ、なんで彼氏シャツなんだろうな。
「帰ろうか」
「お兄ちゃん!」
「うん?」
俺を呼び止める一花が何も言わず手を差し伸べた。
「はいはい。うっかりしました」
「そう! これ。私はこれがやりたくてこの高校に来たの!」
「嘘……。手を繋ぐだけだろ?」
「これがいいの!」
「分かった分かった……」
仲良く手を繋いでいる二人、そしてその姿をじっと見つめていたゆいが独り言を言う。
「あの二人……、やっぱり変…………」
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