9 新入生
一緒に初詣に行ったあの日から俺は一人でゆっくり寝たことがない。
一花との約束が俺の自由を奪ったような気がする。それでも少しずつ慣れていくしかなかった。一つ変わったことがあるんだとしたら、もうキスとかそういう話はしないようになった。約束はちゃんと守ってくれた。
でも、無防備な姿で寝るその癖は全然直ってない。
さりげなく俺にくっつく一花は自分がどんな格好をしているのか全然気にしていないように見えた。布団の中で絡み合って、毎朝お互いの顔を見て「おはよう」を言うこの生活。結局、俺たちは小学生の頃に戻ってきた。
そして問題はそれだけじゃない。
なぜか、一花のことを意識してしまう。四ヶ月間……ずっとくっついて寝ていたからか? いろいろ触れてるのもあるけど、すごく甘えてくるその性格もやばかった。それにキス以上のこと以外ならなんでも聞いてあげるようになって、何気なく頬にキスをしたり、寝る時に甘えたり、俺に抱きついたり、一花の振る舞いは……恋人同士でやることと一緒だった。
このままでいいのか、俺たちは———。
「ジャーン! どう? 可愛い? お兄ちゃん」
新しい制服を着てテンション上がっている一花が自分の制服姿を自慢した。
知っていたけど、やっぱり可愛いな。
てか、今日からいろいろ面倒臭いことがたくさん起こりそうな気がする。一花みたいな可愛い女の子が学校にいると男たちがほっておくわけないからさ。学校には俺がいるからいざという時はなんとかするけど、人がたくさん集まってくるとちょっと困る。
「あれ? 一花、化粧したのか?」
「あっ、わ、分かるの? すごい!」
「いつもとちょっと違うからさ。てか、毎日一花の顔を見ているから気づかない方がおかしいと思うけど……」
その唇とか、頬とかさ……。
「…………」
「どうした? 一花」
「今……、ドキッとしてね。ちょっと恥ずかしいかも」
「何言ってるんだ……。早く学校行こう」
「ちょっと待って! 一緒に写真撮ろう!」
そう言いながら俺をソファに座らせて、一花はさりげなく俺の膝に座る。
「撮るよ〜」
「はいはい」
さりげなく俺にくっつくのは……やっぱり恥ずかしいかも。
そして一緒に撮った写真をすぐラインのプロフにする一花だった。
……
「今年も同じクラスか、俺たちは運命かもしれないな! 香月! そしてゆいちゃんも同じクラスだからさ! ふふっ」
「そう? てか、朝からキモいこと言うなよ。隼人」
「そんなことよりさ。新入生の中にあの子いるのかな……? 今、めっちゃ期待している」
「へえ……」
こいつ……学校と神社で一花を見た後、しょっちゅう一花の話をしている。
てか、隼人も妹いるくせにどうして人の妹に興味を持つんだろう。
まさか……、一花に惚れたとかそういうことじゃないよな。もしそうだったらマジで面倒臭くなるかもしれない。他人にあまり興味を持たない俺も、一花に関わっていることなら気になるしかない。
お兄ちゃんだからさ。
「隼人」
「うん?」
「お前、どうしてうちの妹に興味を持ってるんだ? お前も妹いるくせに」
「おいおい、うちの妹は中学生になったばかりだぞ? それに家族だし。でも! 香月の妹は女子高生じゃん! あんなに可愛い女の子は滅多にいないよ! マジですごいんだからさ! なんでそれが分からないんだ!」
「…………」
こいつ、めっちゃテンション上がっている。
マジか、一花の話でそこまでテンション上げるのか、すごいな。
「もし俺に一花ちゃんみたいな可愛い彼女がいたら週末ごとにデートをして、頭なでなでしてあげて、ぎゅっとしてあげて、そして……。う、うふふっ」
「うわぁ、キモい。俺の前でさらっとやべぇこと言うなよ。隼人」
「てかさ! お前はどうだ!? 可愛い妹と一緒に暮らしているから、たまにすごいイベントとか起こるだろ? 『お兄ちゃん! 今日は怖いから一緒に寝たい!』とかさ! そして妹のことをぎゅっと抱きしめて『お兄ちゃんがいるから心配するな』みたいなことを言ってさ!」
「へえ……」
あんな馬鹿馬鹿しいことはお互い言わないけど、四ヶ月間一緒に寝ていたから否定できない俺だった。てか、こいつ頭の中に一体何が入ってるんだよ。エロいことばかり考えているような気がする。
まあ、一年生の時に彼女に振られたから仕方ないか。
とはいえ、理解できない。
「あのさ! 俺……、一花ちゃんと仲良くなれるかな? 香月」
「しらねぇよ、なんで俺に聞くんだ」
「お前は一花ちゃんのお兄ちゃんだろ? ちょっと手伝ってくれ! 一生のお願いだからさ。今日そっち行っていい?」
「…………」
それほど好きなのか、一花のことが。
てか、よく喋るな……。
それにさりげなく一生のお願いって言うなんて。そんなことが簡単にできるなら俺も一花に振り回されたりしないぞ。とはいえ、もし一花に好きな人ができたら俺たちの関係はいつもの通りに戻るかな? ふとそんな疑問が頭を過ぎる。
それにしても相手が隼人だからさ。よく分かんねぇ。
「やばいやばいやばい!!! 今年の一年生超やばい!」
その時、急いで教室に入ってきたクラスメイトが深刻な顔をして声を上げる。
「なになに? どうした?」
「どうしたんだよ、いきなり」
「一年生が何かやらかしたのか?」
「違う! さっき見たぞ! 今年! めっちゃ可愛い一年生がいる! マジですげぇよ!」
「大袈裟だな。そこまで驚く必要ないだろ? ただの一年生なのに」
「そうだよ、びっくりしてスマホ落とすところだったぞ。まったく……」
確かにちょっと可愛い一年生がいるだけだから、そこまで騒ぐ必要はないと思う。
てか、誰だろう。それにどれだけ急いでいたら、汗まで……。
「じゃあ、名前は聞いたのか?」
「ごめん、顔しか覚えていない」
「なんだよ……。意味ねぇじゃん」
「そんなことより一年生の階に行ってみろ! マジで可愛いんだからさ! 嘘はついてない!」
入り口で声を上げるクラスメイトとその話をなかなか信じないクラスメイトたち。
正直、俺も大袈裟だと思っていた。
「あの……、ここに香月先輩いますか?」
「あっ!!!!!」
すると、また入り口で大きい声を出す。今度はなんだろう。
「おいおい、山田うるせぇんだよ」
何かあったのか、さっきまで大きい声で話していたのに急に静かになった。
てか、なんで廊下の方を見てぼーっとしているんだろう。
すると、その周りにいるクラスメイトが大きい声で「おい、七海! めっちゃ可愛い客が来たぞ!」と俺を呼んだ。
「香月に会いに来たのか? 誰だろう」
「知らない。ちょっと行ってくるから」
「あっ、俺も行く」
まあ、来るかもしれないと思っていたけど、マジで来るとは……一花。
それに水原さんも一緒か。
「香月先輩! 会いに来ました! ふふっ」
「あっ、七海先輩〜。私も来ちゃいました〜」
「…………」
「可愛い女の子の隣に……、また可愛い女の子が……。ここ、天国?」
「うるせぇ、隼人」
そして後ろからすごい視線を感じる。
この二人を見るためにめっちゃ集まっているような気がした。プレッシャーが半端ない。
「話があるならまず場所を変えましょう、ここは人が多いですから」
「うん!」
「はい!」
「お、俺も! 一緒に行っていいか? 香月」
「…………好きにしろ」
なんか……特に何もしてないけど、疲れたような気がする。
そう感じるのは俺だけかな。
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