8 初詣
大晦日、今日は二年ぶりに一花と初詣に行くことにした。
昨年までは年越しそばを食べながらくっついてテレビを見ていたけど、今年はお父さんが着物を送ってくれたからさ。そのせいかな? さっきからテンションが上がっているような気がする。
そして今一花に着物を着せている。
てか、俺……なんで女の子の着物の着方を知っているんだろう。そういえば……、いつかこんな日が来るかもしれないから、お母さんに「そばで見てて」って言われたよな。俺は一花のお兄ちゃんだからさ。
まさか、それをいまだに覚えているなんて———。
いつの話だよ……。まあ、いいか。
「一花、きつくない?」
「うん……。それにしてもお父さんが着物を送ってくれるなんて、珍しいね」
「そうだね。じゃあ、帯を結ぶから」
「うん! ねえ、やっぱり……私にはお兄ちゃんしかいない。だから、ずっと一緒にいてくれるよね? お兄ちゃん」
「…………うん」
「嬉しい……」
「できた。そろそろ行こうか」
「うん!」
あの日、俺たちはキスをしなかった。
いや、正確には俺がやらないってはっきりと言ったからさ。
他人に絶対バレないんだとしても、そんなことをしてしまうと俺が壊れてしまいそうだったから無理だった。妹とキスだなんて———。
「お兄ちゃん! 手!」
「あっ、うん……」
その代わりに一花と変な約束をしてしまった。
その約束は「キス以上のことをしない代わりに、一花が何をしても俺は一花を避けない」だった。手を繋いだり、腕を組んだり、ハグをしたり、一緒に寝たり、そういうスキンシップはもう断れない。ちょっと怖いけど、とても簡単な約束だった。
そして「一花を傷つける言葉は言わない」もある。
その約束をちゃんと守ってくれるともう「キスして」とか言わないって……。
というわけで、これからどう接すればいいのか考え直さないといけない。
学校の女の子たちより妹の一花がもっと難しいからさ。何を考えているのか全然分からない。
「寒くない?」
「うん! 寒くない! でも、お兄ちゃんと腕組みたい!」
「そうか、分かった」
家からそんなに遠くないところに神社があって、この時期になるとたくさんの人たちが集まってくる。初詣という大きなイベントがあるからさ。二年前に一度来たことあるけど、さすがに人が多すぎて次の年は家で過ごすようになった。
でも、今年は着物を着たからさ。行きたくなるよな。
それに一花の着物姿めっちゃ可愛いし。
「人多い……。お兄ちゃん! 逸れないようにちゃんと私と腕を組むんだよ?」
「それはこっちのセリフだ……。一花」
「そうかな?」
「そうだよ」
「ひひっ、お兄ちゃん好き!」
「はいはい……」
そのまま俺たちは参拝をした。
いつもの通り、俺は一花の幸せを祈る。それ以外何があるんだろう……、少し考えてみたけど、やっぱりそれ以外祈りたいことはなかった。そしてちらっと一花の方を見た時、なんか神様にいろいろたくさん祈っているような気がした。
少し気になるかも。
「行こう! お兄ちゃん」
「うん」
この後はおみくじだけど、俺たちは引かない。
一花……二年前に「凶」を引いて、嫌なことが起こったって言ったからさ。それは多分……、俺がお父さんのところに行ってきた時のことだと思う。ちょっと頼まれたことがあって、一日ホテルに泊まっただけなのにな。
それからおみくじは絶対引かないことになった。
……
「甘酒、持ってきたよ」
「お兄ちゃんのは?」
「俺はいいよ、一花寒そうに見えたから」
「ありがと! あたたか〜い。うふふっ」
くっつくと少し温かくなるけど、俺の手が冷えていたからさ。
そしてベンチに座る二人。俺は一花と手を繋いだまま……、静かに夜空を眺めていた。てか、甘酒を飲む時は手を離してもいいと思うけど。本当に……、一花のことはよく分からないな。
「そろそろ行こうか? 一花」
「ねえ、お兄ちゃん! 待って!」
「うん?」
後ろから俺を呼ぶ一花が、つま先立ちをして両手を俺の顔に当てる。
そんなことまでしてくれるのか……。
「温かい……? お兄ちゃん」
「温かいよ、ありがとう」
「ひひっ、私が温めてあげるね! ずっと温かい甘酒を握ってたから、少しは温かくなったかも?」
「うん、そうだね」
そして下駄に慣れていないからか、すぐ俺に抱きつく一花だった。
「あっ……、ごめんね」
「ごめんって言いつつ、俺を抱きしめるのかよ。一花」
「バレたぁ」
「まったく……」
「いいじゃん、ここ人多いからバレないよ〜」
その時、誰かが俺の肩を叩いた。
ふと嫌な予感がする。
「あっ、隼人……と早乙女さん」
振り向いた時、俺は少し驚いたけど、顔に出ないように我慢した。
うっかりしていた。なぜ、あの二人がここに来る可能性をうっかりしていたんだろう。
あの二人はこの辺りに住んでいるからさ。
「こんなところで何してるんだ? 香月」
「あれ? 妹と一緒なんだ。香月くん」
「そう? ああ、一花ちゃんだ〜。おいおい、本当にシスコンだったのか香月。なんで妹とくっついてるんだよ〜」
タイミングがよくないな。
そして元日だから少し気を抜いていたかもしれない。あの二人に一花とくっついているのをバレてしまうなんて、よくない。とはいえ、さっきより両腕に力が入ったような気がするけど、なぜだ……?
「一花、人の前でこういうのはダメだよ?」
「うん……」
「あっ、あけましておめでとう〜。一花ちゃん! 俺、
「私は早乙女ゆいだよ。よろしく」
「…………」
しばらくじっとしていた一花はちらっと俺を見た後、口を開ける。
「な、七海一花です」
そう言いながら俺の腕を抱きしめる一花だった。
やっぱり、あの二人が苦手なのかな。
「二人も初詣しに来たんだ」
「そうだよ、ちょっと寒いけどな」
「お前ならてっきり部屋でゲームやると思ってた」
「おい! 俺もたまには出かけるぞ!」
「そうなんだ」
二人が話している間、ずっと下を向いている一花。
そしてゆいが香月とくっついている一花を見ていた。
「てか、二人マジで仲がいいな。羨ましいよ。それに今日の一花ちゃんめっちゃ可愛くない……? 着物だなんて! 最高じゃん!!!」
「あ、ありがとう……ございます」
「うう———っ! 可愛すぎるぅ!!! 今日香月の家に行ってもいいか!?」
「できるわけないだろ? 俺たちは帰ってすぐ寝る予定だ」
「ええ〜。せっかく一花ちゃんに会ったのにぃ!!! 惜しいよ! もうちょっと話がしたい!」
「てか、隼人……今日ちょっとキモい」
「えええ!? マジかよ」
「俺たちはそろそろ帰るから、またな」
「おう……」
そのまま一花と帰ろうとした時、早乙女さんが俺を呼び止める。
ずっと隼人のそばでじっとしていたけど、言いたいことでもあったのかな?
そして振り向いた時……、なぜか少し悲しげな表情をしていた。
「あの……! 香月くん! か、考えてみた? あの話……」
「あっ……。うん、ごめん。早乙女さん……。やっぱり、俺には無理だよ」
「そ、そうなの……?」
「ごめん……。じゃあ……」
それを聞いてこっそり笑みを浮かべる一花が香月の腕を抱きしめた。
「お兄ちゃん、私寒い……」
「うん、分かった。帰ろう、一花」
「うん!」
やっぱり人の気持ちを断るのは難しいことだ。
しかも、中学時代の友達だからさ。早乙女さんは。
そのまま一花と家に帰る。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「うん? どうした?」
「今日はお兄ちゃんの部屋で寝たい……。私、お兄ちゃんの腕枕好きだから……」
「そうか、分かった……」
「そしてありがとう」
「な、何が?」
「あの人の話を断ってくれたから……。ご褒美……あげようか?」
早乙女さんとあったことは話してないけど、どうやらその内容を知っているような気がした。
女の勘、怖すぎる。
「ご褒美……って」
「キスはダメだけど、唇にチューするのはできるよね?」
「それもNGだ」
「ええ……、ケチ。むっ!」
「家に帰ろう、一花」
「あっ、そうだ。そして! 着物の感想! まだ聞いてない!」
「あっ、そうだね。うん、可愛いよ、一花」
「この世で一番?」
「うん、この世で一番」
「ひひっ♡ よろしい!」
「はいはい」
そしてまた俺に抱きつく一花だった。
もうすぐ家に着くのにな。
「今年……もよろしくね! お兄ちゃん」
「うん、よろしく一花」
「そして今年から先輩だね?」
「えっ? 先輩……って?」
「うん! 私お兄ちゃんと同じ高校に行くから! そしてお兄ちゃんとずっと一緒にいたい!」
「…………」
うっかりしていた。俺……、一花がどの学校に行くのか聞いていない。
今はお父さんがいないから、俺がちゃんと確認しておくべきだったのに……。
そうか、うちの高校に来るのか。
「う、うん。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
なんか、四月からいろいろたくさん起こりそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます