6 混乱

 今日は一花に何も言わず、いつもより早く学校に来てしまった。

 なんか逃げるように家を出た気がする。

 そのままそこにいたら……、今度は俺がおかしくなりそうで耐えられなかった。今朝目が覚めた時、すぐ目の前に一花の唇がいて、そしてパジャマの上着を脱いだまますやすやと寝ていたからさ。


 昨夜は寒かったけど、俺とくっついていたから一花は暑かったかもしれない。

 とはいえ、もう小学生じゃないし、来年から高校生になる女の子が男の前で下着姿で寝るなんて。どうやら俺のことは全然気にしていないような気がする。そしてその好きという言葉は本当の「好き」なのか、一花。家族としての好きだよな? そうだよな? そうだと言ってほしかった。


 もし、そうじゃなかったら俺はどうしたらいいんだ……。

 ベッドでちらっと一花を見た時、本当に何もしてないけど、自分の妹に手を出したような気がしてさ。つらかった。そしてそばから「お兄ちゃん、好き」と寝言を言う一花に胸が苦しくなる。俺は可愛い妹が幸せになるのをずっと願っていたけど……、その幸せはこんな形でいいのか? 分からない。


「…………」


 そのまま自販機でジュースを買った。

 すると、一花からラインが来る。


(一花) 今日どうして起こしてくれなかったの? どうして先に学校行っちゃったの? お兄ちゃん。そして朝ご飯は? 一緒に食べないの?

(香月) 今日はちょっと予定があって……。

(一花) そうなの? 私のことが嫌だからじゃないの?

(香月) そ、そんなわけないだろ? 一花は俺の妹だから。嫌いになるわけないだろ?

(一花) なら、いい……。私はお兄ちゃんに嫌われたくない。昨日はお兄ちゃんがそばにいてくれてぐっすり眠ったから……。

(香月) それはよかったね。


 スマホをポケットに入れた後、思わずため息をついてしまう。


「また、ため息をついてるね。悩みでもあるの? 香月くん」

「早乙女さん……」

「私でよければ聞いてあげるから」

「えっと……」


 やっぱり誰かに相談した方がいいのかな。

 でも、自分の妹に好かれているってことをどうやって説明すればいいんだろう。


「きょ、距離感がよく分からなくてさ」

「距離感?」

「そう、今までずっと適度な距離感を保っていたけど、最近よく分からなくなってきてさ」

「それって……、つまり女の子? 香月くんに好きな人いたの!?」

「うん? いや、好きな人じゃない。ただの友達だよ」

「そ、そうなんだ……」


 ホッとする早乙女さんに、それ以上話すのは無理だと判断した。

 そしてこんなことを他人に話しても俺がしっかりしないと何も変わらないからさ。

 ちょっと疲れたみたいだな。俺……。考えすぎ。


「やっぱり、なんでもない。話を聞いてくれてありがと。俺は大丈夫だから」

「…………」


 そのまま教室に戻ろうとした時、早乙女さんが俺の腕を掴んだ。


「あ、あのね……! 香月くん!」

「うん?」

「私……。香月くんのことが好きだけど…………」

「えっ?」


 いきなり「好き」って言われて、正直その場で何を言ってあげればいいのか分からなかった。しかも、友達の早乙女さんが俺にそう言ったからさ。本当にどうすればいいのか分からなかった。


 今まで俺に告白をした人はほとんど知らない人だったからすぐ断ったけど、友達の場合、関係が壊れるかもしれないから難しい。だから、慎重に考えなければならないことだった。


 とはいえ、俺は……。


「えっと、早乙女さん。いきなり……何を?」

「私……、ずっと香月くんのことが好きだったからね! でも……、すぐ答えなくてもいい。ゆっくり考えてみて。ゆっくり……!」

「ああ、えっと……」


 すぐ断るつもりだったけど、早乙女さんはそのまま教室に戻ってしまった。

 でも、ほんの少し……。早乙女さんと付き合ったら、今の状況が少し変わるのかとそう思っていた。


 いや、待って……。

 俺……、一花から逃げるために早乙女さんを利用しようとしたのか? よくない。

 いくらなんでもそれはよくないことだ。


 でも、それほど疲れたかもしれない。

 だって、俺たちは兄妹だから。

 そういうのは普通ダメだろ? どう考えても。


「…………」


 ……


 今日は丸一日ずっと机に突っ伏していたような気がする。

 頭の中が複雑になって、状況もだんだんややこしくなって、そのまま学校が終わるまでぼーっとしていた。そして明日から冬休みだけど、また何か起こりそうで正直怖い。一花にちゃんと話してあげたら、昨日みたいなことは起こらないのかな。


 放課後、下駄箱の前で俺はどう話せばいいのか考えていた。

 今まで一花が傷つかないように言葉を選んできたからさ。

 そして一花は些細なことにもすぐ傷つくから難しい。多分、この話も……そうだろう。


「香月くん! 今日は隼人くんと三人でカラオケ行かない? 明日から冬休みだからね!」

「あっ……」

「そうだよ! いいだろ? 一日くらい! 妹のことが心配になるのは分かるけど、一人で帰れるだろ?」

「じゃあ、俺……妹にラインを送っておくから———」


 その時、外から男たちの声が聞こえてきた。


「うわぁ、めっちゃ可愛い。てか、中学生?」

「セーラー服いいな。誰か会いにきたのか?」

「声かけてみようかな……」


 セーラー服? 中学生? 可愛い? 誰かに会いに来た?

 ふと不安を感じる。


 その話を聞いてすぐ学校から出てきた。

 すると、ベンチに座っているセーラー服姿の女の子に気づく。

 うちの妹だ。そしてめっちゃ声かけられている。


「あれ? 中学生じゃん。珍しいね、誰かに会いにきたのかな?」

「…………」

「あの子、俺のタイプかも。めっちゃ可愛いな」


 隼人……。


 今日は珍しくうちの学校に来た。もしかして何かあったのか。

 普通なら家で待っているはずなのに……。

 でも、今はそんなことより早くあのクズどもから一花を連れてこないといけない。


「ちょっと退いてくれない? 邪魔だから」

「なんだ。お前……。俺たちはこの子に用があるからさ。邪魔すんなよ」

「…………」


 一花のために俺は学校にいる時、妹の話をしない。

 一花は可愛いからさ、いつかこうなるかもしれないと思っていた。だから、うちの学校には来ないでって言っておいたのに、今日はどうしてうちの学校に来たんだろうな。


「お兄ちゃん……! 待ってたよ!」


 すると、一花の方から先に声をかけてくれた。


「はあ? お兄ちゃん?」

「一花、そしてマフラーしたんだ……」

「うん! お兄ちゃんにもらった大切なプレゼントだからね! ふふっ」


 そしてさりげなく一花と手を繋いだ。


「そう、俺の妹だけど。用があるなら俺に話してくれない? 時間がないから」

「いや……、いい」

「チッ」


 一応、家族ってことを一花が証明してくれたからあの男たちはすぐ消えたけど、もう一つ問題が残っている。

 それは———。


「うわぁ! マジか! こんなに可愛い妹がいたのかよ! どうして紹介してくれなかったんだ!」

「なんで俺がうちの妹を紹介してあげないといけないんだよ、隼人」

「それもそうだな、あははっ」


 隼人のことが怖かったのか、さっきからずっと俺の後ろに隠れていた。


「小学生だと思っていたのに、中学生だったんだ……。香月くんの妹」

「うん。だから、今日はごめんね。妹と一緒に帰らないといけない。また今度にしよう」

「あ、あのね! 香月くん!」

「うん?」

「あの話……、ちゃんと考えてみて」

「ああ、うん……」


 ずっと香月の後ろに隠れていた一花は、こっそりゆいの顔を見ていた。

 少し照れているようなその顔を———。

 そしてさりげなく香月の腕を抱きしめた。


「お兄ちゃん、早く行こう。私、寒い……。風邪ひいちゃう……」

「あっ、うん。分かった……。帰ろう」

「うん」

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