5 大雪とクリスマス②

 一花と夕飯を食べた後、俺はすぐお風呂に入るしかなかった。

 ここじゃないと落ち着かないからさ、ずっとさっきのことで悩んでいた。

 いくらなんでも妹の頬にキスをするなんて……。俺は自分の妹に一体何をしたんだろう。小学生の頃には一花が不安を感じないようにたまにやってあげたけど、今は違うからさ。


 馬鹿馬鹿しい。


 それにしても、どうして恋に落ちた乙女の顔をしていたのかよく分からない。

 それは気のせいだったのかな……。


「はあ……」


 なぜかため息が出てしまう。


 そしてお風呂から上がった後、窓の外を眺めながらしばらくぼーっとしていた。

 この後、一花にプレゼントをあげないといけないからさ。

 でも、まだ時間あるから一人でゆっくりお茶とコーヒーを用意することにした。今年はホワイトクリスマスだけど、風が強くてベランダの方に行くとすごい音が聞こえてくる。今夜も寒そうだな、体をちゃんと温めないと。


 居間のテーブルに飲み物とケーキ、そして隣にマフラーを置いた後、一花が来るまでしばらく待っていた。


 そういえば、一花「夕飯を食べた後、プレゼントあげるからね!」って言ってたよな。毎年いらないって言ってあげても全然聞いてくれない。いつも俺のことを気遣ってくれるからさ。嫌いじゃないけど、負担をかけたくなかった。


 昨年は上着をプレゼントしてくれたし、今年はなんだろう。

 少し気になる俺だった。


「お兄ちゃん! 遅くなってごめんね!」

「いいよ、ケーキとお茶は俺が用意したから」

「ありがと〜。そっち行っていい〜?」

「う、うん……」


 俺にくっついてテレビをつける一花。

 そしてさりげなく彼女にケーキを食べさせてあげた。


「このケーキ美味しいね。やっぱりお兄ちゃんはセンスがいい! ふふっ」

「そう? たくさんあるからさ。そして、これ!」

「なになに?! プレゼントなの? 私の?」

「そうだよ」

「開けてもいい〜? ねえ、開けてもいい!?」

「うん」


 赤い色の袋をもらった一花はすごく嬉しそうな顔で黄色の紐を解いた。

 そして中からマフラーを取り出す。


「うわぁ!!! 可愛い色のマフラーだ!」


 なんだろう。プレゼントを買う時と渡す時に感じていた不安が、一花のリアクションによってすぐ消えてしまった。可愛い女の子が可愛いマフラーを持っている。そしてニコニコしているその顔を見ると、俺も嬉しくなる。よかった、本当によかった。


「気に入った?」

「うん! 気に入った! お兄ちゃんがプレゼントしてくれたマフラーだからね! 好き! 本当に好き!!!!! そして———」

「うん?」

「あっ! あ、あ、えっと……! お兄ちゃんが巻いてくれない? マフラー」

「いいよ、こっち見て」

「うん!」


 目を閉じる一花にマフラーを巻いてあげた後、やっぱりすごく似合うなとそう思っていた。こんなに可愛い妹が俺の妹だなんて、本当に恵まれたな。俺……。

 甘えてくるその癖さえ直れば完璧なのに……。


 てか、じっとこっちを見ている……。なぜだ?


「か、可愛い? 私」

「うん、可愛いよ。一花」

「この世で一番可愛い?」

「うん、一番可愛いよ」


 すると、ぎゅっと俺を抱きしめる一花にびっくりする。

 近い、近い、近い……! くっつきすぎ……。

 てか、これは普通に抱きしめることじゃなくて、なんっていうか恋人同士でハグしているようなそんな感じだった。前にもそうだったけど、俺がずっと否定していたからさ。でも、もう無理だ。一花の鼓動がちゃんと伝わるから……、すごくドキドキしている。


 一花は……、何がしたいんだろう。


「…………」


 そのまま一花にケーキを食べさせて、いろいろ話して、寝る時間になった。

 一花のプレゼントはなんなのかまだ分からないけど……、今はそんなことを気にする場合じゃない。すぐ洗い物をして部屋に入るつもりだった。あの鼓動は一体、そして俺に抱きつくたびに真っ赤になっているその顔も……いろいろやばいんだからさ。


「お兄ちゃん?」

「えっ!? あっ! うん! どうした?」

「どうしてそんなにびっくりするの?」


 やばい、なんでびっくりしたんだろう。俺……。


「いや、なんでもない。どうした? もしかして、ケーキ足りなかった?」

「ううん……。お兄ちゃんにプレゼントあげたいから」

「ああ、そうか」


 とはいえ、プレゼント持ってないんですけど? どういうこと?


「洗い物が終わったら私の部屋に来てね。プレゼント用意しておくから」

「は、はい……」


 謎の敬語……。

 なぜ、緊張しているんだろう。一花はただプレゼントを用意するって言っただけだろ?


 バカかよ、香月。


 ……


 そして洗い物を終わらせた後、一花の部屋の前でしばらくじっとしていた。

 ここ……、一花の部屋だからさ。女の子の部屋はなんか入りづらい。

 でも、来てねって言われたから……。仕方がなく、勇気を出してノックをした。


「あっ! お兄ちゃん! へへっ。待ってたよ!」

「プ、プレゼントって何?」

「入って、入って」


 女子中学生の部屋……。

 前にも来たけど、なんか俺の存在が……迷惑になっているような気がする。


「こっちだよ!」


 そう言いながらベッドの方に連れていく一花、その薄桃色の布団の上には服が置いていた。いや、正確にはパジャマだった。

 でも、どうして……二着なんだろう?


「昨日買ってきて、すぐ洗濯したから! そしてお兄ちゃんみたいに可愛い袋に入れたかったけど、洗濯しないといけないから無理だった。ごめんね……」

「い、いや……。それは気にしなくてもいい」

「ありがと! 私ね、どうしてもこのパジャマが着たくて! 今日ずっと我慢していたよ」


 ペアパジャマってことか。

 まあ、けっこういるよな。ペアパジャマを着る人たち。

 とはいえ、なんで恋人じゃなくて俺なんだ……? そして一花はこの状況をおかしいと思わないのか? 隼人に「絶対無理」って言われそうなことが今目の前で起こっている。


 でも、せっかく俺のために買ってくれたパジャマだからさ……。断れない。


「もしかして……。き、気に入らないの……?」

「いや! 俺もちょうど! パジャマ欲しかったからさ! ありがとう! きょ、今日はこれを着て寝る! 本当にありがとう、一花」

「うん!」


 そしてパジャマを持った時、何かが床に落ちた。


「うん?」

「あっ! 言うのうっかりしたけど、それもプレゼントだよ!」

「…………」


 なんだろう、あの見覚えのある黒色の布は……。まさか……。

 いやいや、そんなわけないだろ。一花があんな物を買うわけ———。

 そして床から拾ったあの布の正体は……予想通り下着だった。これがパジャマのところに置いていたってことは、一花のもあるってことだよな? 顔を上げて一花の方を見た時、にっこりと笑う一花が自分のパンツを見せてくれた。


「そう、一緒♡ せっかくだからね、買っちゃった……。ふふっ♡」

「…………」


 黒色の……、花柄レースのパンツ……。なんで何気なくそれを見せてくれるんだ。

 ということは、俺……今日一花とペアパジャマとペア下着を着るのか。

 わけ分からないこの状況にしばらく考えをまとめていた。でも、頭が回らない。


 俺……、今中学生に下着……をもらったのか? しかも、お揃いの。

 どういうことなんだ。


「お兄ちゃん、私外で待つから着替えてみて!」

「えっ?」

「もちろん、下着までちゃんと着るんだよ? 分かった?」

「あっ、う、うん……」


 そのまま一花の部屋で一花がプレゼントしてくれたパンツとパジャマに着替えた。

 なんか、気分が変だ。これをどう受け入れればいいのか分からない。

 もしかして、他所もこんな感じなのかな? いくらなんでも兄妹同士でこんなことをするのは無理だと思うけど、どうすればいいんだ。俺は一体、どうすればいいんだよ。


「入ってもいい〜? お兄ちゃん」

「あっ、うん……」


 そして俺と同じパジャマに着替えた一花が部屋に入ってくる。

 そのまま俺に抱きついた。


「わぁー! お兄ちゃんと一緒だぁ! えへへっ。お兄ちゃん嬉しい?」

「あっ、うん! う、嬉しいよ。こんなことを用意するとは思わなかった。ちょっと驚いたかも」

「私の一番はお兄ちゃんだからね? お兄ちゃんもそうでしょ?」

「…………」


 顔を上げて、じっと俺を見ている一花。

 なぜか、声が出てこなかった。


「お兄ちゃん? 違うの?」

「あ、当たり前だろ? 俺の一番はずっと一花だよ! ずっと……」

「なのに……、どうしてお兄ちゃんは私のことをぎゅっとしてくれないの? 一番なのに」

「あっ、う、うん! ちょっとびっくりしてね」


 すぐ一花の体を抱きしめてあげた。

 そのままどれくらい経ったのか分からない。俺たちはベッドの上でずっとくっついていた。昨年までこんなことを感じなかったのに……、今年はどうしてこんなことをするんだろうな。


 ぎゅっと俺を抱きしめる一花がすごく嬉しそうに見えて、何もできなかった。


「ねえ、お兄ちゃん……」

「うん、一花」

「今日はクリスマスだから……、私のそばにいてくれない? 私の部屋で寝よう! お兄ちゃんの枕持ってくるから」

「えっ?」

「ダメ?」

「い、いや……。まあ、ク、クリスマスだし……。たまには……いいかも」

「ひひっ♡ じゃあ、すぐ持ってくるね!」


 頭の中が真っ白になってどうすればいいのか分からなかった。

 俺の大切な妹がどうしてこんなことをするのか、どれだけ考えても分からなかった。


 そのまま電気を消して……、一花と横になる。


「ううん……。温かい♡ 今日は寒いよね? お兄ちゃん……」

「うん、そうだね」

「やっぱり、お兄ちゃんの匂いを嗅ぐと落ち着く……。この温もりも……、そしてお兄ちゃんの声も……全部ね」

「うん、早く寝よう。一花」

「お兄ちゃん……、おやすみ」

「うん」


 聖なる夜、俺は……眠るまでわけ分からない罪悪感に囚われていた。

 妹が……、俺を離してくれない。


 ……


 深夜三時頃、香月がそばにいるのかこっそり目を開ける一花。

 そして笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんも私と一緒だったんだ……♡ マフラーをプレゼントする意味……、調べてみたよ。それは『あなたに首ったけ』。嬉しい、お兄ちゃんも私のこと大好きだよね? ふふっ♡」


 じっと香月の寝顔を見つめながらくすくすと笑っていた。


「メリークリスマス、お兄ちゃん♡ これからもずっと私のそばにいてね♡」


 小さい声で話しながらこっそり唇を重ねる一花———。

 そのままぎゅっと香月を抱きしめた。


「おやすみ♡ お兄ちゃん……♡」

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