4 大雪とクリスマス
十二月二十五日、今日もすごい量の雪が降っていた。
ホワイトクリスマス———。
いつもと同じ平日だけど「クリスマス」というタイトルがついているからか、今日はいつもと少し違うような気がした。なんか、いいことが起こりそうな予感。朝ご飯を食べながら静かに窓の外を眺めていた。
綺麗だな、雪。
「今日はクリスマスだから早く帰ってきてね。お兄ちゃん」
「うん。でも、今日はケーキ屋さんに寄って一花の好きなケーキ買ってくるからさ。ちょっと遅くなるかもしれない」
「ケーキ! いいね!」
一花は甘いものが大好きだから、昨日買ってきたケーキだけじゃ少し足りないような気がした。そしてケーキ屋さんに寄る前に一花にあげるプレゼントを買わないといけないからさ。
とはいえ、女子中学生には何をプレゼントすればいいんだろう。
一番近いところでずっと一花を見てきたけど、全然分からない俺だった。
難しいな。
「そして今日もお兄ちゃんと二人っきり! うふふっ♪」
「そ、そんなに喜ばなくても……。ただケーキを食べるだけだろ?」
「違う!!! お兄ちゃんとくっついて食べるケーキはすっごく美味しいからね! それにホワイトクリスマスじゃん!」
「そっか」
今年も二人っきりか。
……
「…………」
昨日は……寝る時まで一花とくっついていたけど、今日も多分そうなるよな。
席に着いてため息をついた。
てか、俺たちの距離感にずっと悩んでいるのは俺だけか? 本当に俺だけか?
そして……、昨日のことだけど。ケーキを食べる時は普通向こうに座るんだろ?
なのに、わざわざ足の間に座ってさりげなく俺にケーキを食べさせるなんて、おかしいと思わないのかよぉ。一花……。
「朝からため息ばっかり、香月くん」
「ああ、妹にあげるプレゼントでちょっと……」
「へえ、そうなんだ。女の子ならおもちゃをもらうとすぐ喜ぶかも?」
来年高校生になります。それは無理です。早乙女さん。
やっぱり、小学生くらいだと思っている。
そしてクリスマスだから洋服をプレゼントしたいけど、一花のサイズ全然分からないからそれはできない。それにぬいぐるみもたくさん持ってるし……、美味しい夕飯も一花が作ってくれるって言っからさ。本当にケーキ以外選択肢がなかった。
「どうすればいいんだぁ……」
「子供にはおもちゃが一番だからね! そこまで悩む必要あるの?」
だから、来年高校生になるって!
「えっと、早乙女さんはどう? 隼人と順調?」
「えっ!? わ、私たちそんな関係じゃないし! そんなことより、私は……」
「うん?」
なぜか俺の方を睨んでいるけど、どんな意味なのか分からなくてそのままじっとしていた。二人はいつも仲良く話しているから……、てっきり今年も一緒だとそう思っていたのに、違うのか……? そして少し怒っているような気がした。
「なんでもない……。ああ、香月くんの妹が……羨ましい」
「なんで?」
「香月くんの一番はいつも妹だからね。海に行くのもダメ、夏祭りもダメ、クリスマスもダメ。全部ダメだったから……。たまには一緒に遊びたいのに……」
「そうか……」
ずっと一花ばかり考えていたから、周りを全然見ていなかったかもしれない。
そうか、友達との思い出ってことか。
「まったく……、私の話聞いてる〜? 香月くん〜」
俺の頬をつねる早乙女さんに、すぐ「はい」と答えた。
「相変わらず鈍感だな……。香月は」
「えっ、どっから出てきたんだよ。隼人」
「さっきからずっと聞いてたぞ、後ろで」
「うわぁ」
「そんな目で見るな! てか、本当に今日ダメなのか?」
「うん、学校が終わった後、妹のプレゼントを買わないといけないからさ」
「ええ……、シスコン」
「ちげぇよ」
でも、どうして鈍感って言うんだろう。
すぐチャイムが鳴いて聞けなかったけど、隼人のその言葉が気になる。
まあ、多分……友達同士で遊べなかったことだろう。とはいえ、早乙女さんのことも気になるし、難しいな。人間関係はやっぱり難しい。一花ならすぐ聞けるけど、こっちはなんっていうか、見えない壁が感じられるっていうか。すぐ聞けなかった。
……
すごく気になるけど、その前にプレゼントを買わないといけないからさ。
それは後で考えることにした。
今年のプレゼントはマフラーでいいかな? この前に迎えに行った時、マフラーしてなかったからさ。可愛い洋服はたくさん持ってるくせに、マフラーは持ってないような気がして、これにしたけどぉ。
喜んでくれるかな……。
「…………」
薄紫色のマフラーと美味しそうなクリスマスケーキ。
プレゼントはちゃんと用意したけど、なぜか緊張している。
「一花、ただいま」
「お、お兄ちゃん!!! お帰り!!!」
「いい匂いがする。夕飯何?」
「すき焼き!」
「いいね。あっ、これケーキだよ」
「ありがと〜。あっ、そうだ! 夕飯を食べた後、プレゼントあげるからね! ふふっ」
「うん」
クリスマスは毎年二人で過ごしている。
そして今年は二人きりですき焼き。
一花も中学生になってから料理を始めて、今は俺より上手くなっている。全然敵わない。なんか一花の料理を食べるとふと亡くなったお母さんのことを思い出してしまう。
小学生の頃だったからもう味とか覚えてないはずなのにな。なぜだろう。
そして今更だけど……、一花はお母さんに似ているような気がした。
「いただきまーす」
「いただきます。あっ、そうだ。一花に聞きたいことがあるけど、いい?」
すき焼きを食べながらふと学校で言われたことを思い出した。早乙女さんの話。
中学生とはいえ、同じ女の子だからさ。それに一つ違いだし。
「うん。何?」
「俺、今日友達に鈍感って言われたけど、その意味が分からなくてね」
「へえ、お兄ちゃんが? でも、それだけじゃ分からないから、もっと詳しく話して!」
「ああ、そうだね。確かに……、一花のことが羨ましいって言ったよな」
それを聞いて、持っていたお箸を下ろす一花。
そして「やっぱり……」と小さい声で話す。
「一花? どうした?」
「うん? なんでもないよ。そしてどうして私のことを?」
「クリスマス……一花と一緒に過ごすって言ったらそう言われた。そしてたまには一緒に遊びたいって言ってたよな。俺、今までずっと断ってきたからさ。で、どこが鈍感なの? 俺にはよく分からない」
「お兄ちゃん」
「うん?」
「一緒に遊びたいって言った人、女だよね?」
「あ、ああ。うん、そうだよ。どうした?」
「そうなんだ……。あの人とは距離を置いた方がいいよ」
「えっ!? どうして!? 中学生の頃から友達だったぞ? 俺たち」
すると、席から立ち上がる一花が俺の隣に座った。
いきなりどうしたんだろう、じっと俺を見ている一花から目を逸らしてしまった。
なんか悪いことでもしたのかな? 俺……。
「…………」
なぜか不機嫌そうな顔している、一花……。
「お兄ちゃん、私との約束は覚えているよね?」
「約束?」
「そう、約束! 彼女を作らないって約束! 小学生の頃にそう言ったでしょ? 絶対彼女作らないって!」
「えっ? ええ……」
「お、覚えてないの……?」
やべぇ、すぐ泣き出しそうな顔をしている。
「いや! お、お、覚えてる!」
「覚えているよね? そうだよね?」
「う、うん!」
ああ、そうだよな……。俺、そんな約束をしたよな……。
一花が「いつ消えるのか分からないから」ってずっと不安に怯えていたからさ。
あの時「どうすれば安心できるの」って聞いて、一花に「絶対彼女作らないで」ってそう言われた。そして俺は一花の前で「絶対作らないから安心して」ってそう言ってあげた。思い出した……。
ちゃんと覚えている。
「……っ」
その時、一花が涙を流した。頬を伝う涙にびっくりする。
「な、泣くなよ……。お、俺が悪かったから! 泣かないで。そして彼女作らないからさ……。あっ、そうかぁ! そうだったのか! なるほど……、そういうことだったのか」
早乙女さんの話、少しは分かった気がする。
この反応に気づかない方がおかしいよな。
「お兄ちゃんは私との約束……ちゃんと守ってくれるよね?」
「あっ、当たり前だろ!?」
「じゃあ、ここ……」
そう言いながら、人差し指で自分の頬を指す一花だった。
なぜか、不安を感じてしまう。
「それって……」
「私の頬にチューするの」
「えっ? 一花……落ち着いて。俺は一花のお兄ちゃんだぞ?」
「やってくれないの……?」
震えている声で、じっと俺を見ている一花。
俺に「やらない」という選択肢は存在しなかった。
「や、やるから……!」
「うん……」
そのまま目を閉じる一花の頬に、俺は軽くキスをした。
い、妹の頬に———俺は一体何を……。妹だぞ、妹……。
なんか一線を越えたような……気がした。
「ひひっ♡ お兄ちゃん大好き!」
なんで頬を染めるんだ……? 一花。それに耳も真っ赤になっている。
なんでだよ。
「…………」
そしてニコニコする一花が俺に抱きついた。
すき焼き……まだ一口も食べてないのに、すごく疲れたような気がする。
まったく……。
「ゆ、夕飯を食べよう……。い、一花」
「今日はお兄ちゃんのそばで食べる! ねえ、食べさせて! あーん」
「はいはい……」
そしていつもの通りさりげなく甘えてくる。
「おいひい!!!!! 好き!!!!!」
「はいはい」
「お兄ちゃんも! あーん」
「うん……」
いいこと……、起こるのか? 今日……。
やっぱり、クリスマスの奇跡など存在しないよな。
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