第8話:雨月の3日に届いた手紙への返事

 この手紙はトゥードル・ゲンジーがクレメリア革命暦649年1月20日(雨月レイディンの3日)に送った手紙に対してベーデン・モンバドゥール氏が送った返事である。

 お手紙ありがとうございます。クレイマリーポートに住む皆様と仲良く過ごされているようで何よりです。

 さて今日は冒険者になる事への許しを私に乞うためにお手紙を書かれたそうですね。以前から気になっていたようなのでいずれこの話が来ると思っていました。

 結論から言いましょう。あなたが望むように物事を決めてください。私とお話をして過ごす日々もいいですが、いずれあなたは私を離れていく日が来ると思っていました。なので冒険者でもなんでもあなたが望む道を進んでください。ただし、ベルトだけで冒険者にはなれませんよ?しっかりと準備をする事です。未知に挑むというのは生半可な覚悟では死を招きます。せっかくこちらの世界に何の縁でやってきたのか分からず辿り着いたのに道半ばで死ぬのはあなたの人生としても望ましくないでしょう。まずは、冒険者ギルド【オリビアの岩礁】の店主であるノワレさんに相談なさい。そうすると技能訓練が行われるはずです。剣を持って戦うのか、魔法を使って戦うのかの適性を見ていくのです。あなたに見合う適性が分かったら、その装備を集めていきなさい。もちろん、これは自分のお金で工面していく事。あなたが決めた事ならば、あなた自身でその決意の責任を負わなくてはなりません。ただ、その決意を応援しています。

 ついでにエイベルギーンについても話しましょう。彼もあなたと同じ開拓フロンターの民でした。そしてあなたよりもっと若くして冒険者の道を志した男でした。彼の武器は剣でも魔法でもなく、物覚えの良さでした。私に知識を乞いに来た時、一週間で教えた内容を覚えてくるような男でした。故に冒険者に襲い掛かる様々な脅威を豊富な知識で切り抜けてきた男です。大した男です。特に印象的だったサソリの毒から解毒薬を作った話をしてあげましょう。

 私は異界学の教授でもありますが、基礎魔術の心得もあったのでそこで教鞭をとることがありました。その時の席の一番前にエイベルギーンがいたのを覚えています。彼には魔術の才は秀でているというわけでなく、むしろ乏しいため基礎魔術だけで魔力を使い切ってしまうことも多々ありました。その日、私は水に魔力を込める方法と、触れたものを希釈する魔法を教えました。本来、この二つは日常生活に使うもので、前者は風邪など病気を治す水薬ポーションを作る際に、後者は二日酔いに効く魔法として教えたのですが、教えて三日した後、エイベルギーンが見てほしいと言って毒サソリを持ってきたのです。そして自分でサソリに刺されて毒を受けた後、毒液をサソリから取り出し、希釈する魔法を毒液に唱え、それを水と混ぜて魔力を込め、即席の解毒薬を作り出したのです。そんな危険な真似はするなとカンカンに叱ったのを覚えています。しかし、解毒薬の効果は確かにあったので講師であった私も驚かされました。そんな出来事がもう40年も前になるとは思いませんでした。

 以前お話しした通り、私は久遠エルフの民です。永遠とまではいきませんが、あなたのような開拓フロンターの民よりもうんと長生きです。故に老いを眺める事しかできません。ですが、老いることは決して悪いことではありません。刻まれた皺は経験、成長の証です。人は何も学ばずに育つことはできないのです。そして開拓フロンターの民は我々久遠エルフの民よりも高い生殖能力を持ちます。自ら学んだ知恵を、子や孫に託すことにより膨大な知識を絶やさず残し続けられました。

 そう、今あなたはエイベルギーンに冒険者としての知恵を引き継いだのです。これを絶やさず、世界から多くを学び、後世に何かを残せるような人物になることを期待しています。貴方の新たな門出に幸がありますよう。

 ベーデン・モンバドゥール

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