第7話:ハイケイ、先生へ

 異界転生学教授ベーデン・モンバドゥール氏に向けて、トゥードル・ゲンジーが宛てた手紙。クレメリア革命暦649年1月20日(雨月レイディンの3日)のものである。


 ハイケイ、先生へ

 この街で新年を迎えて色々な人々と交流を深めていきました。特に、冒険者ギルドと呼ばれる施設の店主、ノワレ・ペイジヨーネさんは私にとても親切にしてくれます。口調こそぶっきらぼうですが、まちがいなくあの人は優しさに満ちた人です。この間も、牛乳の配達をお手伝いした時に「力仕事だから腹が減るだろう。しっかり働いてもらうために力をつけていけよ。」とほうれん草のパイを食べさせてくれました。あの人の焼くパイは格別です。今度先生の分も焼いてくれないか頼んでみます。

 あと、今日はうれしいことと寂しいことがありました。そう、ノワレさんの冒険者ギルドでのことです。なんでも、力自慢を決める腕相撲の大会を開いていたので、冒険者の皆様に混ざって参加させていただきました。そこでなんと3位決定戦まで勝ち残ることが出来ました。残念ながらそこで負けてしまいましたが、敢闘賞として、ホルスターの付いたベルトを頂きました。小さなナイフや小道具ならいくつも携えられそうなベルトです。なんでも、ノワレさんの所で活躍した冒険者であるエイベルギーンと言う方が、冒険者を引退なさるそうなので、使用していた道具を腕相撲大会で勝ち上がったもの達で分け合おうと言う事だったのです。聞けばエイベルギーンさんはすごい方だったと聞きます。初めて聞く名前ですが双頭の蛇アンピスバイナを倒した人だと聞きます。それでも老いには勝てず、冒険者をやめる決心をしたそうです。クレメリアでも、老いには勝てないのですね。

 この世界は私の住んでいた世界、日本(読解不能)とは違うことが数え切れないほど多いですが、生まれることの喜びと死にゆく者の悲しみが共通していることを思うと、どこか安心を覚える気がします。

 このベルトを貰った際に、わたしはある決心をしました。モンバドゥール先生、わたしは冒険者になります。なってみせます。ベルトを受け取りにいった時、エイベルギーンさんに声をかけられたのです。「この世界はいい世界だ。だからこそ未知から来たお前さんにはクレメリアをより多く知ってもらいたい。いつか旅をするといい。」と仰ってわたしにベルトを託したのです。以前、先生が仰った事ですと「世界は未知に溢れていて恐ろしいものがたくさんある」との事でしたが、何十年も未知に挑み続けた冒険者のエイベルギーンさんが「いい世界」と断定するのならば、この世界を愛するために旅をしてみたいと思うのです。もちろん、出会うものすべてが喜びに満ちているとは限りません。それでも、何も見ずにこの街だけで全てを完結して生涯を終えてしまうよりかはよほど前向きな生き方だと思ったのです。

 それに、先生は「困っているものには手を差し伸べなさい」と仰っていましたね。私は先生の教えに従い、多くの困っている人に手を差しのばすためには、その人達のもとへいくのが一番早いと思ったのです。冒険者は危険に立ち向かうものだと聞きました。なら、危険に身を晒されている人もいるはずなのです。その人達の助けになりたい。そう思ったのです。

 その為、今回は冒険者になるお許しを先生に乞いたくお手紙を書かせていただきました。お返事お待ちしています。

綴流つづる言治げんじ

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