第12話 弟子入り志願

 試験に合格したと思ったら、とんでもない借金を背負うことになってしまった。


 どういう査定が行われたのかは不明だが、一年以内に金貨二千枚という大金を返却できなければ、借金が雪だるま式に増えていって、エカテリーナ様に一生いいように使われる人生を送る羽目になってしまう。


 とはいえ、この世界の通貨の価値がまだよくわかっていないので、俺は今後の金策について何か妙案はないかとアドバイスを受けることにした。



「それで……」


 ギコギコとロッキングチェアを揺らしてキセルをくゆらせていた老婆が、不機嫌そうにこちらを睨む。


「先日の礼を言いに来たと思ったら、金の工面の仕方を教えろだ?」

「えっと……まあ、端的に言うとそうです」


 呆れたように双眸を細めて睨んでくるオリガさんに、俺は床に膝を付いて正座をして置かれている状況について話す。


「実はエカテリーナ様の試験に合格して、無事に街に住まわせてもらえるようになったのですが……」

「これまで面倒を見てやった分の料金を払えと言われ、とんでもない借金を背負ったと?」

「そう、そうなんです! ど、どうしてわかったのですか? ハッ!?」


 まるで見て来たかのように言い当てるオリガさんを見て、俺の中にある疑問が浮かび上がる。


「もしかしてオリガさんも、あのエカテリーナ様に借金を?」

「そんなわけないだろう!」

「あだっ!? す、すみません……」


 脳天に容赦なく拳骨を落とされ、俺は頭頂部を押さえながらオリガさんを仰ぎ見る。


「じゃ、じゃあ、どうして俺が借金を背負わされたことを?」

「単純な話さ。あたしがお嬢ちゃんにそうするように指示をしているからさ」

「…………えっ?」

「別にハジメに限った話じゃないさ。この街にはそういう輩がそれなりにいる」


 オリガさんは「フン」と鼻を鳴らしながら、俺に借金を背負わせた理由を話す。


「何処で聞いたか知らないけど、この街に住めば、それだけで一生遊んで暮らせると思ってる輩がいるのさ。全く……世の中そんな甘い話があるわけないだろう?」

「そ、そうですね……」


 オリガさんの射貫くような視線に、俺は気まずげに視線を逸らす。


 移住が認められたところで、流石に遊んで暮らせるとは思っていなかったが、似たような暮らしを想像していましたとは言えない。


 だが、俺の態度からある程度察したのか、オリガさんは背もたれに体を預けて深く溜息を吐く。


「……まあ、そんなわけさ。この街では優秀な人材を常に募って入るが、楽して暮らそうというバカを諫めるために、そういう奴には借金を背負わせるのさ」

「お、俺がそういう部類の人間だと?」

「それは知らん。だが、大抵の人間は、苦難を乗り越えた時に垣間見える本性で、ある程度察することはできるからね。大方、お嬢ちゃんに認められた拍子に楽ができるとか口を滑らせたんじゃないのかい?」

「あ~、ああ……」

「言ったんだね?」

「はい……」


 エカテリーナ様から合格を告げられたあの時、喜びの余り本音でラックと交わした会話を思い出して俺は力なく肩を落とす。


「ですが、別に遊んで暮らそうとは思っていないです。ただ、俺はこの世界でのんびり過ごしたいと思ってるだけです」

「同じようなものさね。まあ、今回は授業料と思って、諦めて必死に働くんだね」

「…………はい」


 諭すようなオリガさんの言葉に、俺は肩を落として頷く。


 確かに経営者の立場から見れば、内定が決まった瞬間に楽ができるとはしゃぐ新入社員がいれば、ちょっと強めに手綱を握りたいと思うのも無理はない。


 それに一年は無利息だということは、一年以内に返済すればいいだけの話だ。


 そもそも最初から借金を返すつもりだったことを思い出した俺は、居住まいを正して改めてオリガさんに頭を下げる。


「オリガさん、改めて俺に錬金術を教えていただけないでしょうか? 一年間必死に勉強して、自力で借金を完済できるようになりたいんです」

「ほう……」


 真っ直ぐオリガさんを見つめてお願いすると、彼女肘に体重を預けてニヤリと笑う。


「それはつまり、あたしの弟子になるということかい?」

「はい、俺にできることなら何でもする所存です」

「そうかい、そうかい……」

「うっ……」


 唇の端を吊り上げて悪い笑みになるオリガさんを見て、俺は弟子入りを志願したのは早計だったかと思ってしまうが、他にいい方法が思いつかない以上、腹を括るしかなかった。


「ククク、そうやって表情をコロコロと変えるところは、まだまだ青いね」

「す、すみません……」

「気にするでないよ。それに、いくつになっても素直なのはいいことだよ」


 先程の悪い笑顔は演技だったのか、オリガさんは嬉しそうに相好を崩す。


「まあ、精々こき使ってやるから、ほどほどに頑張りな」

「は、はい、よろしくお願いします!」


 俺はまるで新卒の新入社員のように元気よく返事をすると、改めてオリガさんに深々と頭を下げた。

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