第11話 喜びも束の間
思えば異世界でスローライフを送る予定だったのに、はじめから苦労の連続だった。
ラックの案内でクライスは光の御子が治める素晴らしい街だと聞いていたのに、街に入るなりいきなり武装した兵士たちの前へと捕らえられてしまった。
いきなりの展開に狼狽えるしかない俺だったが、ラックがアニマイドであることを必死に訴えたお蔭で、領主への面会を果たせた。
だが、肝心の光の御子様は既に追放され、代わりにいたのが極悪令嬢と呼ばれて恐れられているエカテリーナ様で、移住の条件に彼女が出す課題に挑戦することになったのだった。
「課題も無事にクリアできたし、これで念願のスローライフのスタートだな」
「はいクマ。後はハジメさまのお望みのままに、こっちの世界での楽しい暮らしを満喫して欲しいクマ」
「ああ、だからこれからもよろしくな。ラック」
「勿論クマ。ハジメさまが幸せになるその日まで、お供させてもらうクマよ」
俺たちはクルクルと周りながら、これから待ち受けるであろう素晴らしい日々を想像する。
すると、
「ハジメ、喜びに水を差すようですが、あなたに渡すものがあります」
「えっ? あっ、す、すみません……」
エカテリーナ様からの冷めた視線に気付いた俺は、ラックと離れると、恭しく頭を下げている老執事が差し出してきたお盆の上に乗ったスクロールを受け取る。
「えっと、何々………………えっ?」
スクロールに書かれていた内容を見た俺は、金縛りにあったかのように固まる。
「……ハジメさま?」
急に動かなくなった俺を見て、ラックが不思議そうに小首を傾げて俺の肩の上に乗って来る。
「どうしたクマ…………って、借用書クマ!?」
俺に引き続き、スクロールの中を見たラックも目を見開いて固まる。
そう、エカテリーナ様から渡されたのは、彼女から俺への借用書だった。
借金の内訳は、俺がクライスの街で暮らすようになってから今日までかかった食費や光熱費といった生活費と、住居でもある工房の貸借量が書かれていた。
総額で金貨二千枚となっているが、この世界でまだ買い物をした経験がない俺は、その金額が一体どれほどのものか想像つかない。
「こ、ここ、こんな金額、信じられないクマ……」
ただ、泡を吹いてひっくり返るラックの反応を見る限り、要求された金額はとんでもない金額のようだった。
「エ、エカテリーナ様、一ついいですか?」
どうにか気を取り直した俺は、こちらをニヤニヤと見ているエカテリーナ様に質問する。
「これはクライスの街に住ませてやる代わりに、これまでかかった費用を返せということですか?」
「それだけではありませんわ」
まだあるのかと絶句する俺に、エカテリーナ様は俺たちをゆっくりと指差しながら話す。
「ハジメにはこれとは別に半年に一度、あなたと……そこのタヌキの住民税も治めてもらいますわ」
「だ、誰がタヌキ……」
「ああん?」
「あっ、いや……な何でもない……タヌ」
エカテリーナ様に睨まれたラックは、気まずそうに目を逸らしてショボンと肩を落とす。
おい、ラック。いくらエカテリーナ様が怖いと言っても、自分のアイデンティティである語尾の「クマ」まで変える必要はないんじゃないのかと思うぞ。
だが、自慢の尻尾まで小さくしてガタガタと震えているラックを見ると、これ以上の追い打ちは可哀想だと思うので、俺は一先ず灰色の毛玉を守るように胸に抱くと、エカテリーナ様に必要なことを質問する。
「ちなみにですが、この借用書の返済期限はあるのですか?」
「ありませんわ。ただ、返済が遅くなればなるほど、利息はどんどん増えていきますので、早めの返済をお勧めしますわ」
「さ、さいですか……ちなみに利息は?」
「サービスで初年度は無利息でお貸ししますわ。ただ、二年目以降は……」
そうしてエカテリーナ様の口から発せられた利息を聞いた俺は、あまりの金額に愕然となる。
「い、いくら何でもそれは……」
「何か文句でも?」
「い、いえ、何でもないです」
ここで余計なことを口にしてエカテリーナ様の不興を買うようなことがあれば、さらに無茶な要求を突き付けられそうなので、おとなしく引き下がることにする。
「それではわたくしはこれで失礼いたしますわ」
伝えるべきことを伝えたエカテリーナ様は、満足そうに頷いて踵を返す。
「それではハジメ、あなたのこれからの活躍を期待していますわ」
口元を扇子で隠したエカテリーナ様は、俺に流し目を送りながら優雅に立ち去っていった。
「……マジかよ」
エカテリーナ様が立ち去った後、俺はラックを胸に抱えたまま力なく床に座り込む。
喜びから一転、まさかとんでもない額の借金を無理矢理背負わされるとは思わなかった。
せっかく念願の異世界でのスローライフを送れるかと思ったのに、まだまだ前途多難の日々は続くようだ。
明日から早速借金返済のための金策をしなければならないと思うが、その前に一言だけ愚痴っておきたかった。
「あの極悪令嬢め……」
エカテリーナ様の異名に恥じない悪役ぶりに、俺は打ちのめされたように床に大の字になった。
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