第10話 実に簡単な答え

 ――翌日、俺とラックは工房で街の外で採って来た薬草とニガニガ玉を、丹念に洗っていた。


「お邪魔しますわ」


 昨日と殆ど同じ時間に扉が開き、今日は浅黄色の華やかなドレスに身を包んだエカテリーナ様が現れる。


「ごきげんよう、ハジメ」

「ごきげんようエカテリーナ様」


 まだ少し恥ずかしいが、エカテリーナ様に合わせて挨拶を返すと、彼女は工房内を一瞥して優雅に微笑む。


「昨日より随分とお元気なようですが、ポーションは作りの進捗はいかが?」

「はい、今日こそはエカテリーナ様に、俺が作るポーションをご覧に入れたいと思います」

「まあ……」


 自信満々に告げると、エカテリーナ様はわざとらしく驚いたように口元を隠して目を見開く。


「その自信に満ちた目……期待してよろしいのですね?」

「お任せください。ラック!」

「はいクマ!」


 俺はラックと目を合わせて頷き合うと、手早く錬金術を使う準備をする。

 壺の中に薬草とニガニガ玉を入れ、攪拌棒でかき混ぜる。


「ハジメさま、いつでもいいクマよ」

「わかった」


 壺の中が光るのを確認した俺は、原子レベルにまで分解された二つの植物を丁寧に再構築していく。


 大丈夫、もう何度も繰り返し行ってきた作業だ。


 ポーションの構成は完璧に覚えているし、目をつぶった状態でも再現できる。


 奇しくもこれまでの数々の失敗のお蔭で、ポーションを作る技術力だけはかなりのものになったと自負している。



「……ふぅ」


 手早く全てのムラを潰した俺は、一息ついて肩で補助輪になってくれていたラックに話しかける。


「ラック」

「はいクマ、器を用意するクマ」


 ラックは俺の肩から降りると、ガチャガチャと音を立てながら木箱を持ってきてくれる。


 木箱には水が張られており、中にはポーションを入れるための深い青色のこじゃれた瓶が入っている。


 俺は瓶を取り出すと、中に入っていた水を捨てて代わりに壺の中身を注ぐ。


 瓶にライムイエローの液体が満たされたところで、俺は『なんでも鑑定』を作って表示された結果を見て大きく頷く。


「できました」

「ふむ……いかがかしら?」


 エカテリーナ様が後ろに控える老執事に瓶を手渡すと、彼は右目にかけたモノクルで瓶の中身を確認する。


「ふむ……」


 めるように瓶の中身を暫く見ていた老執事は、大きく頷いてエカテリーナ様にニコリと笑いかける。


「これはいいポーションです。しかも、普通のポーションではなく上等なポーションです」

「まあ、本当ですの?」

「はい、間違いありません」


 誤魔化すことなく、正当な評価を下した老執事が頷くのを見たエカテリーナ様は、俺に向かって思わず見惚れるような笑みをみせる。


「ハジメ、期限内に見事わたくしの期待に応えてくれましたね」

「それはまあ……必死でしたから」


 これができなければ、明日があるかもわからない鉱山送りにされると思ったら、それは必死になるというものだ。


 無事に認められたことに心から安堵していると、エカテリーナ様が口元を隠して「クスクス」と笑いながら話しかけてくる。


「それで、昨日とやってることは変わらないようでしたが、一体何を変えましたの?」

「はい、それはですね……」


 エカテリーナ様がの疑問に応えるため、俺は水の張った木箱の中から瓶を取り出す。


「変えたのは行程ではなく、こちらの瓶です」

「瓶?」

「はい、俺は出来上がったポーションをこれまでいただいた瓶にそのまま入れていましたが、今回は瓶を煮沸消毒しました」

「ふむ、煮沸消毒とは何ですの?」

「瓶を沸騰したお湯の中に入れて洗うことです」


 俺はエカテリーナ様に瓶の底が見えるように掲げながら説明する。


「実はポーション作りが失敗していた要因は、瓶が汚れていたからなんです」


 オリガさんからポーション作りが失敗する要因をいくつか教えてもらったが、最も多いのが、素材か使用する道具が汚れているというものだった。


 薬草とニガニガ玉の扱いは、オリガさんから太鼓判を押していただけるほどだったし、錬金術で使う壺も、使い終わったら入念に洗っていた。


 だが、ポーションを入れる瓶は、エカテリーナ様に仕える老執事から渡されるものをそのまま使っていたのだ。


「よくよく考えればとても単純な話でした」


 渡される瓶が汚れていたのでは、いくら素材や道具を綺麗にしても、最後で全て台無しになってしまっていたのだ。


「お恥ずかしいことに、瓶の色が濃いこともあって中が汚れているなんて全然気がつきませんでした」

「そう……」


 俺からの説明を聞いたエカテリーナ様は、双眸を細めてにこやかに俺を見る。


「それでハジメはどう思いましたの?」

「どう……とは?」


 何だか急に周りの温度が下がったような気がして思わず身震いをする俺に、エカテリーナ様が笑顔を貼り付けたまま話しかけてくる。


「瓶が汚れていたということですが、わざと汚れた瓶をハジメに渡していたと思いますか?」

「えっ? いやいやいや、そんなこと思わないですよ!」


 俺は音が鳴るほど激しくかぶりを振りながら、必死に言葉を紡ぐ。


「むしろ、用意されたものをよく確認もせず、安易に使う俺が悪いんです」


 これはお世辞でも何でもなく、心から思っていることだ。


 ビジネスにおいて何かしらの過失が発生した時、基本的に責任を取るのは最終的な判断を下した者である。

 それが例え途中で業務を請け負った業者……この場合は老執事から渡された瓶が汚れていたとしても、それを使うと最終的に判断したのは俺である。


「だからこの件についての過失は俺にあると思いますし……実は感謝もしているんです」

「感謝ですって?」

「はい、こうしてポーション作りが成功するまでにたくさん失敗したお蔭で、錬金術を使える回数が格段に増えましたし、攪拌作業も上手くなりました。エカテリーナ様が言う一角の錬金術師になれたかどうかはわかりませんが、自信はかなりつきました」

「そう……」


 俺の本音を聞いたエカテリーナ様は、双眸を細めてこちらを見つめてくる。



「……ゴクリ」


 射貫くような視線に、俺は思わず口内に溜まった唾液を嚥下しながらエカテリーナ様を見つめ続ける。

 ここで目を逸らせば、さっきの俺の言葉に説得力が無くなるような気がするからだ。


「…………」

「…………」


 そのまま暫く、無言のまま互いに見つめ続けていたが、


「ふぅ……いいでしょう」


 エカテリーナ様が肩を上下させて大きく嘆息する。


「ハジメが満足しているのなら、わたくしの方から伝えることは一つだけです」

「一つ、ですか?」


 聞き返す俺に、エカテリーナ様はゆっくりと首肯して微笑を浮かべる。


「ええ、おめでとう。ハジメ、あなたをこのクライスの領民として認めますわ」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、このわたくしに二言はなくてよ」

「――っ!?」


 エカテリーナ様から「合格」を引き出せた俺は、思わずこの世界に来てから苦楽を共にしていた相棒へと目を向ける。


「ラック!」

「はいクマ。ハジメさま、おめでとうクマ!」


 満面の笑みを浮かべて飛び込んで来た灰色の毛玉を、俺はしかと受け止めて熱い抱擁を交わした。

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