第9話 意外な結果⁉

 儂のくちばしを思わせる長い鼻に白髪の髪、そしてしわだらけでありながら眼鏡の奥で爛々と光る鋭い目は、おとぎ話の中から飛び出してきた魔女そのものだと思った。


 あまりジロジロと顔を見続けることも失礼なので、俺はとりあえず老婆に質問することにする。


「あ、あの……あなたは?」

「それはこっちの台詞だね。人の庭でタヌキと一緒に遊んでいるお前さんこそ誰だい?」

「えっ? あ、ああっ!?」


 そこで俺は、老婆の後ろでアリシアさんが困ったようにこちらを見ていることに気付く。


「し、失礼しました」


 老婆の正体に気付いた俺は、慌てて佇まいを正して自己紹介をする。


「初めまして、俺は異世界からやって来た者で安芸内一あきないはじめと言います。安芸内が名字で一が名前ですが、別に貴族というわけではないです」

「そうかい、あたしはオリガ。この街でしがない錬金術師としてやっているあの子のババアだよ」


 そう言って差し出された皺だらけの手を、俺は握り返しながら改めて老婆、オリガさんにお願いする。


「あの、実は……」

「ポーションが作れないんだって?」

「は、はい、その……本を読んだだけの独学なのですが、素材の扱い方が悪いのか、他に何かが足りないのかどうしても上手くいかなくて」

「そうかい……」


 オリガさんは顔を伏せると、俺が丹念に洗った薬草を手に取る。


「…………」


 角度を変え、時に天にかざすように薬草を隅々まで見たオリガさんは、ゆっくりと立ち上がって背を向ける。


「あ、あの……」


 そのまま薬草を手に何も言わずに立ち去ろうとするオリガさんに声をかけると、彼女は振り返って顎でログハウスの方を示す。


「何、ボーッと突っ立ってるんだい。錬金術、見てもらいたいんだろう?」

「は、はいっ、ありがとうございます!」


 ぶっきらぼうな口調と態度だが、いきなり尋ねて来た見ず知らずの男の面倒を見てくれるというオリガさんの優しさに、俺は最大限の感謝を伝えて後へと続く。


「よし、ラック。気合れていくぞ」


 後は相棒のやる気の方も確認しようとすると、


「ラックは……ラックはタヌキじゃないクマ……」

「あっ……」


 オリガさんの一言にいつも通り自分がアライグマであると反論したかったのだと思うが、彼女と俺の立場を考慮して何も言わかなかった結果、落ち込んでしまっているラックがいた。


「だ、大丈夫だって、俺がちゃんとオリガさんに説明するから」


 ラックがいないと安定して錬金術を使えない俺は、何とか落ち込んだアライグマに立ち直ってもらうために、必死に言葉を紡いでいった。



 どうにかラックに元気を取り戻してもらい、俺は相棒と一緒にログハウスの中に入る。


 オリガさんがいかにも魔女という見た目だったので、家もてっきり怪しい雰囲気の魔女の家みたいのを想像していたが、中は思った以上に普通だった。


 入ってまず目に付くのは丸太を切って作った椅子とテーブル、奥には子供が描いたと思われる洋服ダンスや収納家具が並ぶ。

 通路の奥にも部屋は続いているようだが、全体的に木造の温かみのある生活空間に、俺は何処か懐かしさを感じてホッと息を吐く。


「あの……ハジメさん」


 郷愁を誘う光景に見惚れていると、アリシアさんが小さな声で話しかけてくる。


「あ、あの、大丈夫でしか? 祖母から何か酷いこと言われませんでした?」

「大丈夫だよ。無事にオリガさんに錬金術を見てもらえることになったからね」

「そう……ですか」


 オリガさんに思うところがあるのか、アリシアさんは少し驚いたように目を見開く。


「おばあちゃんが素直にそんなこと言うなんて……きっとハジメさんの仕事ぶり感心したんですね」

「……そうなの?」

「そうですよ。だからきっとポーション作りも上手くいきますよ」

「うん、ありがとう」


 若い女の子から激励されるなんて久しぶり過ぎて恥ずかしくなるが、俺は気合を入れて丸太の椅子に座っているオリガさんの前へと進み出る。


「その……この場でやらせていただいて大丈夫ですか?」

「構わないよ。夕飯の支度をしなくちゃいけないから手早くやりな」

「は、はい、わかりました」


 あまり長居をするのはよくないと思った俺は、オリガさんに無事にアライグマであることを認識してもらって元気になった相棒に話しかける。


「ラック、いくよ」

「はいクマ」


 ラックが俺の首に巻き付いて手を振るうと、何処からともなく壺が現れるので、俺はその中に綺麗に洗った薬草とニガニガ玉を入れる。


 壺の中身を攪拌棒である程度かき混ぜたところで、ラックに声をかける。


「ラック」

「お任せクマ」


 ラックが光り出すと壺の中身も光り出すので、俺は中身が均等に混ざるように慎重にかき混ぜて行く。


 ここまでの一連の流れを一人でできないのは歯痒いが、今は目の前のアイテム生成を成功させることに心血を注ぐ。


 全てのムラがなくなるように丁寧にかき混ぜたところで、俺は目の前で黙って見ていたオリガさんに話しかける。


「……できました」

「そうかい、それじゃあ完成品を見るからこっちに出しな」

「わかりました」


 俺はオリガさんが指し示した底の深い皿の上に壺の中身を取り出す。


「あっ……」


 キラキラと輝くライムイエローの液体を見た俺は、いつもと変わらない見た目にまたしても失敗したのかと思う。


 だが、


「何だ。思った通りのいい仕事をするじゃないか」

「……えっ?」


 最初、何を言われたのか理解できなかった。


 思わずオリガさんの方に目を向けると、彼女は呆れたように鼻で笑う。


「いい仕事だと言ったんだよ。これだけやれれば、あたしが口を挟む余地なんてないくらいだ」

「えっ? そ、そんな……」


 オリガさんの言葉に愕然としながらも、俺はライムイエローの液体に『なんでも鑑定』を使う。

 液体に浮かび上がったポップアップを凝視するとそこには『上等なポーション』と表記されていた。


「ポ、ポーションじゃなくて、上等なポーション?」

「ああ、これならそれぐらいの価値はあるだろうね。これは正真正銘、通常のポーションより上等なやつだよ」

「そ、そんな馬鹿な……」


 普通のポーションが作れなくてあれだけ苦労したのに、まさかここに来て普通を飛び越えて上等なポーションができるとは思わなかった。


 だが、ここでポーション作りが成功したと素直に喜ぶわけにはいかない。


 エカテリーナ様の前で同じことをして見せなければ、彼女は決して認めてくれないだろうし、次に上手く保証もない。

 だからここは何としても、上手くいった原因を探る必要があった。


「あ、あの、オリガさん。一つ質問してもいいですか?」


 俺は一先ず喜ぶことは後回しにして、藁にも縋る想いでオリガさん質問する。


「実はこれまでも同じようにポーションを作っていたのですが、全て失敗だったんです」

「ふむ、じゃあ原因は他にあるということだな」

「他……ですか?」

「そうさな、ポーション作りが失敗する時といえば……」


 そう前置きしてオリガさんは、ポーション作りが失敗する事例についていくつか提示してくれた。

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