第8話 錬金術師の家へ

 商店が並ぶ通りを抜け、閑静な住宅を抜けるとその先は小川の流れる森になっていた。


 思わずまだ着かないのかな? と思っていると、


「もう少しですから頑張って下さいね」


 まるで俺の考えを見透かしたようにアリシアさんが苦笑する。


「錬金術師には綺麗な水が必要なので、ちょっと街から離れた場所に居を構えるんです」

「なるほど……」


 考えてみれば俺の工房も、エカテリーナ様の屋敷からほど近い井戸がある場所に建てられている。


 ちょっと人寂しさを感じる場所ではあるが、エカテリーナ様の屋敷から近いので、何かあればすぐに人が来てくれるし、治安の面でもかなり安全なのは間違いなかった。


 そんなことを思いながら涼やかな風を受けて小川を登っていくと、石を積んだ巨大な煙突がある大きなログハウスが見えてくる。


「あそこです」

「おおっ、何だかそれっぽい」


 川の近くに建てられたログハウスには水車が付いており、水の流れを受けてゆっくりと回っているのが見える。


 煙突からは白いドーナツ型の煙が規則的に出ており、いかにも錬金術師の屋敷といった様相を呈していた。


「あの……ハジメさん」


 まだ見ぬ錬金術師に想いを馳せていると、孫娘であるアリシアさんが遠慮がちに声をかけてくる。


「祖母は少し気難しいところがありますので、その……」

「ああ、大丈夫。無理強いをするつもりはないからさ」


 錬金術師が特別な存在であることはラックから聞かされているし、俺みたいなよくわからない異世界人を、エカテリーナ様が重宝してくれるのも錬金術のお蔭だと思っている。


 錬金術の技術が門外不出かどうかはわからないが、見ず知らずの他人においそれと教えていい技術ではないと思うから、断られてもやむを得ないだろう。


「もし、出てけと言われたら、諦めて自分でどうにかしてみせるよ」

「すみません……とりあえず話だけ付けてきますから、ここで待っててもらえますか?」

「わかりました。お願いします」


 俺が深々と頭を下げてお願いすると、アリシアさんは「善処します」と言ってログハウスへと入って行く。


「さて……」


 アリシアさんがお婆さんに話をしている間に、やるべきことをやっておこう。

 そう思った俺は、小川を指差しながらラックに話しかける。


「それじゃあ、俺たちは素材を洗いながら待たせてもらおうか」

「はいクマ、ニガニガ玉のお掃除はお任せクマ」

「うん、お願いするよ」


 俺たちは万が一錬金術を見てもらえることになった時に備えて、街の外で採取してきた薬草とニガニガ玉を洗いながら待つことにした。




 幅一メートル程の小さな小川の淵に腰を落とした俺は、素材の入った籠から薬草を取り出して洗い始める。


「うおっ、冷たっ……」

「はいクマ。でも、とっても気持ちいいクマ」

「そうだね」


 ラックの言う通り川の水はとても冷たいが、流れが穏やかなこともあって肌を優しく撫でてくれる感触がとても心地よい。


 ただ、少しでも気を抜くと手の中の薬草が川に流されてしまいそうになるので、しっかりと手に力を籠めて丁寧に洗う。


 表面に霜のように付いた綿毛を丁寧に、我が子を愛でるように優しく撫でて行く。


「…………」


 こうして薬草を洗う作業に没頭していると、頭の中にかかっている霧が晴れてスッキリしていくような気がする。


 まるで世界に俺と薬草だけしかいなくなってしまったかのようになり、さっきまで聞こえていた小川のせせらぎすら耳に入って来ない。


 だが、指先の神経は極限まで研ぎ澄まされており、薬草の表面を撫でる手に綿毛の一本一本の感覚までが伝わって来るので、俺は葉の表面を傷つけないように丁寧に取っていく。


 そうして葉の表面がまるで溶けかけの氷のようにツルツルになっていく感覚はとても気持ちよく、俺は自分の仕事ぶりに思わず笑みが零れるのを自覚する。


 思えば子供の頃から、この手の細かい作業はとても好きだった。


 その中でも図画工作の授業……特に彫刻刀を使っての授業がとても好きで、ただの板に描いた絵を立体的に表現できる技術にとても惹かれていた。


 将来は芸術家的な道に進むことも少し考えたが、残念ながら世の中には上には上がいるもので、俺は高校の美術の授業で自分の限界を知ってあっさりとその道を諦めたのだった。



 そんなかつての夢を思い出しながら黙々と作業を続け、薬草の洗浄作業が一段落つく。


 すると、


「まだ茎の根元の部分に毛が残ってるよ。そこもしっかりと取りな」

「あっ、本当だ」


 その指摘で薬草の茎の根元にごく少数の毛が残っていることに気付いた俺は、力を入れ過ぎて葉が破れないように繊細な手付きで毛を落としていく。


「よしっ、こんなものだろう」


 完璧と言っても過言ではない仕事に満足した俺は、アドバイスをくれた人に礼を言おうと顔を上げる。


「ありがとうございま……おわっ!?」

「何だい。人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて失礼な男だね」

「す、すみません……」


 確かに悲鳴を上げてしまったのは失礼だったと、ペコペコと頭を下げながら、伺うようにいつの間に現れた隣に座る人物を見やる。


 そこにいたのは、まるで魔女を思わせる黒いローブを見に纏った老婆だった。

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