第7話 お家に来ませんか?
その後、ラックとアリシアさんが無事に和解したので、二人と一匹でニガニガ玉を採取してクライスへと戻った。
街の入口となる巨大な門を抜けたところで、俺はアリシアさんに礼を言う。
「アリシアさん、今日はありがとうございました」
「いえいえ、私の方もハジメさんたちの無事を守れて助かりました」
「えっ?」
どういうこと? と頭に疑問符を浮かべる俺に、アリシアさんは苦笑しながらクエストが書かれたスクロールを指差す。
「実は今回の護衛は、ハジメさんたちに何かあるとエカテリーナ様からお小言をいただくことになっていましたので」
「そ、そうですか……」
アリシアさんは言葉を濁して「お小言」と言ったが、エカテリーナ様と契約を交わしているのであれば、決して軽くない罰を受けることになりそうだった。
「まあ、そんなわけで次からは街を出る際は、お気軽に声をかけて下さいね」
「わかりました」
こちらとしても今日のような恐怖体験はもうこりごりなので、アリシアさんの提案にありがたく頷いておく。
アリシアさんと次に採取に行く日取りを決めた俺は、今日採った薬草たちの下処理するために工房に帰ろうとする。
すると、
「あの、ハジメさん……」
俺の背に、今しがた別れの挨拶をしたアリシアさんから声が欠けられる。
「今日採取した薬草とニガニガ玉……もしかしてポーションを作るつもりですか?」
「あっ、うん、そのつもりだけどね」
アリシアさんの質問に、俺は思わず苦笑しながら少しだけ弱音を吐く。
「だけど、ちっとも上手くいかなくてね。何度やっても粗悪なポーションしか作れないんだ」
「そう……ですか」
俺の解答を聞いたアリシアさんは、おとがいに手を当てて何やら考え出す。
何だろう……もしかしてアリシアさんって、ポーション作りに造詣が深かったりするのだろうか?
もし、そうだとすれば是非ともご教授願いたいな、などと考えていると……、
「あのハジメさん、よかったらこれからウチに来ませんか?」
「…………はい?」
予想を上回る提案に思わず間抜けな声を上げた俺は、熱を籠った目線を送って来る美少女の顔を見て、心臓が飛び出すかと思うほど激しく脈を打つのを自覚した。
知り合ったばかりの美少女から、いきなり家に招待されました。
字面だけ並べると魅力的な展開ではあるが、アリシアさんから俺を呼んだ意図は、決して世の男が思うようなものではない。
「私のおばあちゃんが錬金術師なので、よかったら話を聞きに来ませんか?」
とのことで、せっかくだから何かアドバイスをいただけないかと話しを聞きに行くことにしたのだった。
アリシアさんの家に向かう途中、俺は初めてクライスの街をゆっくりと見て回った。
道は石畳でしっかりと舗装され、並ぶ家も石を土台に壁はモルタル、屋根はレンガが多く、正に王道RPGとかでよく見るファンタジー世界そのものだった。
「フフッ……」
キョロキョロと辺りを見渡す俺に、隣を歩くアリシアさんが口元を隠すようにして笑いながら見上げて来る。
「さっきから凄いあちこち見てますけど、そんなに珍しいですか?」
「うん、珍しいよ」
俺は素直に頷くと、困ったように笑うアリシアさんに思いの丈を告げる。
「こうして改めて街を見ると、本当に異世界に来たんだなって実感するんだよ」
「この街はハジメさんがいた世界とは、そんなに違うんですか?」
「違うよ……本当、何もかも違うよ」
そう言う俺は、興奮で鼓動が早くなっていることに気付く。
どうやら年甲斐もなく、物語の世界で見るような光景にワクワクしているようだ。
ひょっとしたら周りから変な目で見られているかもしれないが、そんなことは気にしないことにする。
この世界に来てからの世界といえば、自分の住処兼職場である工房と寝床、そしてポーション作りの材料を採取するための場所しかなかった。
他にもエカテリーナ様の屋敷も行ったことはあるが、初日以来、足を踏み入れていないし、今は一刻も早くポーションを作らなきゃという想いが強過ぎて、クライスの街をゆっくり散策することすら思いつかなかった。
今思うと、なんて勿体ないことをしていたと思う。
昼下がりということもあって街は活気に溢れ、人々の笑顔が咲き乱れている。
食料品を扱う店の近くを通ると、思わず足を止めたくなる食欲をそそる匂いが鼻を突くが、それがまた嗅いだことのない匂いで、ここが異国であることを認識させてくれる。
手持ちがないので買い物を楽しむことはできなくとも、街の空気を感じるだけでもこんなに楽しい気持ちになるのだ。
「こんなことなら、何でもっと早く街に出なかったんだろうって思うよ」
「そうですか」
陽気な歌を歌いながら大量の芋の皮むきをしている奥様方を眺めていると、背後からアリシアさんの声が聞こえてくる。
「よかったら、今度街の中を案内しましょうか?」
「えっ、いいの?」
「勿論です。ただ、ハジメさんがエカテリーナ様に認められたらですけどね」
「……頑張ります」
確かにエカテリーナ様に認められなければ、クライスの街に住む権利すら与えられないのだから、是が非でもポーション作りを成功させたい。
「それにしても……」
極悪令嬢と呼ばれるエカテリーナ様が統治するクライスの街は、非常に活気に満ちており、住んでいる人も笑顔の人が圧倒的に多い。
通りもしっかり整備され、見渡し限りゴミ一つ落ちていないのは、中世ヨーロッパを思わせるような異世界としてはちょっと意外だ。
それがエカテリーナ様の施策の結果なのか、それとも前の為政者の光の御子のお蔭なのかはわからないが、清潔で人々が笑顔でいられるクライスの街は、移住先としてはとても魅力的な都市だと思った。
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