第13話 本当は怖い錬金術師
「ハジメさん、本当におばあちゃんに弟子入りしたんですね」
オリガさんに正式に弟子入りしたことを孫であるアリシアさんに報告すると、彼女は胸の中の灰色の毛玉を見て嬉しそうにはにかむ。
「ということは、これからもラック君と一緒にいられるってことですね」
「はいクマ、ラックたち、仲良しクマ」
「ね~」
俺とオリガさんが話している間に随分と仲良くなったのか、ラックとアリシアさんは互いに顔を見合わせて笑い合う。
確かに今後はオリガさんだけでなく、アリシアさんにも何かとお世話になるだろうから、皆の仲が良いのは悪くない。
職場の雰囲気って本当に大事だからね。
少なくともギスギスした人間関係を送る心配はなさそうだと安堵していると、
「あっ、そうだ。ハジメさん」
何かを思い出した様子のアリシアさんが、下から覗き込むように話しかけてくる。
「今日はこの後どうするんですか? おばあちゃんから何かするように言われました?」
「いや、明日からしごいてやるから、今日はゆっくり休めって言われてるよ」
「あっ、でしたら」
アリシアさんは妙案でも思い付いたようにパン、と手を叩いて俺にある提案する。
「よかったらこの前の約束、果たさせて下さい」
「約束?」
「忘れちゃったんですか? 街の案内をするって話です」
「ああ、そうだったね」
その言葉で昨日の約束を思い出した俺は、わざとらしく頬を膨らませているアリシアさんに笑顔でお願いする。
「それじゃあアリシアさん。俺にクライスの街の案内をお願いできますか?」
「はい、お任せ下さい」
アリシアさんは不機嫌な顔から一転して、大輪の花が咲いたような眩しい笑顔を浮かべると、跳ねるような足取りで歩き始めた。
自然豊かだが、周囲に民家がなくてちょっと寂しいアリシアさんたちが住む家を後にしながら、俺たちはクライスの街の中心街へと向かう。
その途中、小川のせせらぎを耳にしながら、俺は以前から気になっていたことをアリシアさんに尋ねる。
「俺の工房もそうですが、錬金術師の家ってちょっと街から離れた場所にありますよね?」
「そうですね。でも、それには理由があるんですよ」
流石は錬金術師の孫ということか、その辺の事情に詳しそうなアリシアさんは、指をピン、と立てて説明してくれる。
「錬金術師にとって何より大切なのは水なんです。だからより綺麗な水を求めて、人里から離れた場所に工房を構えるんです」
「なるほど」
そう言われてみると、俺の工房の近くにも綺麗な湧き水が出る場所がある。
正直なところ水場が近くてラッキーぐらいの感覚でいたが、より綺麗な水源を求めた結果、あの場所に行きついたというわけだ。
「後は、錬金術の中には危険なものがあるので、いざという時に周囲に被害が及ばないようにですね」
「いざという時……ですか?」
「はい、稀に術の失敗による事故があるんです」
いきなり飛び出した物騒なワードに息を飲む俺に、アリシアさんは肩を竦めて錬金術の失敗について話す。
「例えば失敗で辺り一帯焼け野原になったり、術師が人ならざぬものに変化して、魔物として処理されたりとか、後は……その他色々ですね」
「ま、マジで?」
「マジです。ここ数年では、エカテリーナ様の屋敷の近くに工房を置いていた錬金術が、一緒に住んでいたペットと共にスライムになって処理されてしまったぐらいですよ」
「ええっ!? お、俺、今はそこの工房を借り受けているんですけど……」
「そうなんですか?」
思わず顔を青ざめる俺に、アリシアさんはこちらを指差しながらケラケラ笑う。
「ハジメさん、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。おばあちゃんも言ってますけど、身の程をわきまえていれば、錬金術の失敗は絶対にあり得ないそうですから」
「そ、そう……」
しっかり学べば、錬金術の失敗はないと太鼓判を押されても素直に喜べない。
手に入れた力は、使い方を誤ればとんでもない被害を及ぼす危険なもので、住んでいる工房は、過去に問題が発生した事故物件だということだ。
あの工房は大きな事件が起きた後、掃除屋さんが隅々まで綺麗にしてくれたので、今は綺麗な工房だということだが、住んでいる場所が事故物件だと思うと、今晩から部屋の暗がりや壁のシミへの見方が変わって来る。
「…………」
どうしよう、何だか錬金術で生計を立てていくことが怖くなってきた。
自分の身体がドロドロに溶け、見たこともないバケモノになってしまう未来を想像していると、
「ハジメさま、大丈夫クマよ」
ラックが俺の肩に乗って来て、愛らしい笑みでスリスリと頬擦りしてくる。
「ハジメさまにはラックが付いてるクマ。もしもの時もラックが命に代えてもお守りするクマから、ハジメさまは異世界での生活を楽しんで欲しいクマ」
「ラック、ありがとう」
俺を安心させるためにわざわざ肌を重ねて来てくれたラックに、俺は感謝の意を伝えるために手を伸ばして頭を撫でる。
「だけど、命に代えても守るなんてのは止めてくれよな。俺のスローライフには、ラックも一緒にいて成り立つんだから、それを忘れないでくれよ?」
「はいクマ、何処までも一緒クマ」
ラックのお蔭で少し気が楽になった俺は、頼りになる相棒に感謝しながら街へと向かって行った。
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