【短編/1話完結】雪のカタチ

茉莉多 真遊人

本編

 冬。とある雪国の普通高校、その校門を出たところ。


 そこには恋人がする腕組みをしている高校生の男の子と女の子がいた。


「あ、飛騨さん、見てくださいよ。雪ですよ。どうりで寒いわけだ」


 女の子の方を向いて、「飛騨さん」と呼ぶ男の子の名前は樋口ひぐち光也みつなり。彼はふと目の前にちらつく雪に気付いて、上を見上げながら感慨深そうに言葉と白い息を吐いてから、ぶるりと身体を大きく1回身震いさせていた。


 彼はボサボサで癖が強い黒髪と薄茶色の瞳に中性的な顔立ちをしていて、今は紺色のダッフルコートで身を包み、温かそうな紺色の手袋に黒を基調としたスノーブーツを装備して、耐寒の完全武装状態だった。


 彼の唯一の不満は紺色をしている制服のズボンが思いのほか分厚くないため、脚から身体が冷えてしまうことである。


「樋口くん、雪が降るから寒いわけではない。寒いから雪が降るのだよ。日本海側は湿度が高いために特にそうだからな」


 樋口の言葉に若干の訂正を入れた女の子は飛騨ひだ満菜みつな。彼女はロングヘアーの黒髪をしており、こげ茶色の瞳で彼を見つめている。


 彼女の服装は、腰くらいまでの長さしかないキャメルカラーのダッフルコートに同じ色のマフラー、オシャレな装飾のある焦げ茶のスノーブーツを履き、防寒用の黒タイツまで装備している一方で、スカートの長さは膝上数センチと短かった。


 彼女は「寒さに挫けて髪は長くしたとしても、いかに寒かろうとスカートの長さは譲らない」と豪語しており、防寒用にジャージを追加するなどもってのほかと主張していた。


 樋口は飛騨を見て、女の子ってオシャレに命を懸けているんだな、としみじみ思うと同時に、スカートの中身が見えてしまわないかといつもハラハラしていた。


「まあ、そうなんですけど、雪が降るくらい寒いって解釈でお願いできますかね」


 樋口は指摘に怒ることも聞き流すこともなく、ただただ柔らかな笑みとともに指摘を回避するような提案を淡々とした様子で伝えていた。


 飛騨が樋口につられたのか、その提案に表情を一層柔らかくする。


「なるほど。その表現は面白いな。さて、面白いついでに豆知識を教えよう。雪の結晶は1つとして同じカタチのものはないらしい」


 飛騨の唐突な豆知識に、樋口はどこかで聞き覚えがあったものの、一切表情に出すこともなく、むしろ、少し驚いた表情で話に乗ることにした。


「それはなんというか、すごい、ですね。いつもたくさん降って積もる雪が全部違う結晶の形をしているなんて」


 樋口の驚きに、飛騨は満足そうな笑みを浮かべる。


「あぁ、そう思うよ。しかしながら、普通に生きていて、雪の結晶なんてきちんと見ないし、まとまっているから形の違いなど分かりもしないだろう」


「でしょうね」


「ふふっ……まるで人間みたいだな」


 飛騨の唐突な比喩に、樋口が今度は素で驚きを隠せずに目を丸くして飛騨の方を見ている。


「人間みたい? 雪が、ですか?」


「そうとも。雪の結晶のように、目を凝らして見ないと、どれも似たような人にしか見えないだろう。もっと漠然とした見方で言えば、家族、友だち、学校や会社、スポーツチーム、部活やサークル、宗教、派閥、人種などなど枚挙にいとまがない何らかのカテゴリに放り込まれたグループないし団体のようなものは、遠巻きに見れば、雪の結晶が分からない雪の塊のようなものだと思うよ」


 樋口は、そう来たか、と思って少し悩んだ顔をしつつ、そのまま口にすることなく、一呼吸を置いてから考えがまとまったような表情に切り替えてから口を動かし始める。


「ふむ。なるほど。まあ、グループの誰かが変なことをすると、グループ全体が変なことをすると捉えられがちだし、逆にグループの誰かが偉業を達成すれば、グループ全体が偉業を達成したようなものですからね。雪の結晶、つまり、個人なんて極端に言えばどうでもよくて、雪の塊、要はグループしか普段だと見えてないのと似ているかもしれませんね」


「そういうことだ」


 樋口は塾の窓に張り出している「〇〇大学合格者〇〇名」という塾の実績アピールを思い出しながら、その数名の合格者の頑張りとかはどれほどかとか見えてこないものな、とふと思うに至った。


 個人が見えない。


 樋口は少しだけその感覚に寂しさを覚えてしまう。


「そうですね。でも」


「でも?」


「でも、僕は飛騨さんの形が分かるようにこれからも近くで見たいですね」


 樋口は先ほど覚えた寂しさを目の前の飛騨にそのまま伝えようとせず、少しばかりの言い換えを考えて伝えてみた。


 飛騨は嬉しそうである。


「ふむ。それは私も同じ思いだよ、樋口くん。しかし、私の形というのはいささか卑猥にも聞こえるのだが? 私の形を隅々まで眺めたいということかな?」


 飛騨が樋口と組んでいる腕と逆の手で自身の身体を撫で回すかのようにダッフルコートの上を這わせている。


 ダッフルコートは分厚くて体型のラインがどうにも出にくいが、飛騨がダッフルコートを自分の身体に押さえつけることで少しばかりラインも見え、なだらかな隆起に艶めかしさが出ていた。


「そこはロマンチックな解釈をお願いできますかね」


 樋口が困ったような表情をすると、飛騨は悪戯成功とばかりにはにかんだ。


「ふふっ……では、まず私の手の形を思い出させてあげるよ」


 飛騨がそう言うと、組んでいた腕の手を自分のダッフルコートのポケットから取り出して、樋口のダッフルコートのポケットへと突っ込んだ。


 さらに、飛騨は樋口の手袋の中にまで手を入れ込む。


「……飛騨さん、ポケットに手を入れていたのに、まだ手が冷えていますね。まったく、こんな日に手袋を忘れるからですよ。温まるまでしばらくこうしていてください」


「言われずとも」


 こうして飛騨と樋口が帰りのバスを待って立っているところで、飛騨の友だちである女子Aと女子Bが少し遠巻きに立っていた。


 彼女たちもバスを待っているようだが、一向に樋口と飛騨の方へ近寄ろうとしない。


「あの二人、いつ付き合うんだろうね」


「いや、あれ、さすがにもう、絶対にもう、付き合ってるでしょ」


「ちょっと前に、飛騨さんに聞いたじゃん。まだ付き合ってないって」


「聞いたけど! 聞いたけど!? どう見たってカップルよね!?」


「だ、か、ら、両片思い! そっと見守るやつなの!」


 帰りのバスを待つ間、樋口が着ているダッフルコートのポケットの中では樋口と飛騨の手がしっかりと恋人繋ぎになっていた。


 また、飛騨の友だちである女子Aと女子Bはバスが近付いて来るまで、その様子を遠巻きに見守っていたのだった。

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【短編/1話完結】雪のカタチ 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita

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