第6話 面会
「ふん、寝込んでおると聞いていたが、ずいぶん元気そうではないか」
居丈高に私を見下ろすのは、アウリクス大魔道士。魔塔のトップで、私を召喚した人だ。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。あの、お怪我は大丈夫でしょうか」
「……本来なら大魔道士であるこの私を傷つけた者など、極刑に値するのだがな。そなたが聖女であることに免じて特別に許してやる。だがその力は物騒だ。早々に制御の
「御意」
「あぁ、それからわかってはいると思うが、制御が身につくまでは魔塔から外に出すな。不覚だったとはいえ私を傷つけるほどの聖力だ。聖女が一歩でも外に踏み出せば、辺りが木っ端微塵だ」
それだけ言うと、アウリクス大魔道士は部屋を後にした。彼がいなくなったとたん、緊張していた空気がふと緩んだ。
「ふむ、思ったよりもあっさり終わって何よりじゃな」
ゲント先生がそう呟くと、マルグリットやエラ先生も「本当に」と頷いた。
「聖女様、体調の方はいかがでしょうか」
ウェリントン副魔道士にそう問われ、私は頷いた。
「おかげさまで、しっかり回復しました」
「そうですか、よかったです」
「あの、ウェリントン副魔道士様」
「私のことはフェリクスとお呼びください。聖女様の方がお立場は上でいらっしゃいます」
「あの、私のいた世界では年上の方を呼び捨てにするような風習がないのです。ゲント先生やエラ先生のことも先生と呼びますし、マルグリットさんも敬称で呼ばせてもらっています。フェリクスさん、とお呼びしては駄目でしょうか」
「……わかりました。聖女様のお心のままに」
返事しながらフェリクスが少し笑った気がした。冷たい印象の彼の笑みに目を丸くしていると、「失礼」と言葉を切った。
「かつての聖女様方の記録の中にも、同じことをおっしゃった方がいらしたとありましたので。聖女様方の世界には身分がなく、目上の者を敬う風習があると」
「そうですね。身分がまったくないわけではないですけど、この世界のように貴族と平民という括りはないですね。王族はいますけど、この世界みたいに王族の言うことは絶対、とか、王族とその他の人々の命の重さが違うとか、そういうことはないです」
「そのような世界は我々には無秩序にも思えるのですが……いや、きっと我々が考える以上の歴史やしきたりなどがあった上で成り立っている世界なのでしょう」
「私にはこの世界の方が驚きです。特に聖女なんて、お話の中だけのことだと思っていました」
平凡な少女が異世界に召喚されて聖女として活躍するという小説や漫画が、以前の世界にたくさんあったというのは聞き齧っている。私は日本の女子高生だったけど、キラキラJKではなく、夜遅くまでバイトしながら高校に通う身だったから、エンタメ系の知識はほぼない。もっと普通の高校生活が送れていたら、この召喚騒ぎにもすんなり順応できたのかもしれない。
「それより、さきほどアウリクス大魔道士様がおっしゃっておられた、聖力のコントロールのことなんですけど」
「はい。そのことですが……ハーラン王太子殿下にご尽力いただくことになりそうです」
フェリクスの言葉に、緩んでいた空気が再び締まるような緊張感が走った。
「ハーラン王太子殿下か……その他の人選は」
「ゲント先生もご存知かと思います。トール国王陛下のご体調は万全でなく、お持ちの神力がどれほど有効か計れません。その他の王家に連なる身分の方々は、こちらも神力の量に不安があります。アウリクス大魔道士様がおっしゃった通り、油断なさったとはいえあの方が傷つくほどの聖力を、今生の聖女様はお持ちです。となると王家の直系男子であらせられるハーラン王太子殿下が相応しいと思われるのですが、ただ」
言葉を切ったフェリクスだったが、隠すわけにもいかないと再び切り出した。
「マテラ王妃殿下が反対されていますので、すぐには難しいかと」
「王妃殿下か。彼の方はそもそも聖女召喚にも反対しておられたな。後百年は持つと言われている結界があるのに、何故聖女召喚を今代で行わねばならぬのかと、珍しく真っ当な指摘だと思っておったがの。……とはいえ、召喚されてしまった以上は王家の責とてあるというもの。いくら出身はガンナ帝国の元皇女だったからといって、この国の王妃となられた以上、聖女様の扱いについて、王家のしきたりを曲げる言動は許されぬものじゃが」
「王妃殿下曰く、唯一の跡取りであるハーラン王太子殿下に何かあればどうするのかと」
「王太子殿下の持つ神力は、聖力を制御するのを手伝うものじゃ。聖力によって傷つけられることはないと、歴史が示しておるだろう。アウリクス大魔道士様の件は、本当に単なる事故だ」
「おそらく王妃殿下のご意見は建前でしょう」
「ふむ。本音は、ハーラン王太子殿下がしでかした例の騒動がまだ収まりきっていない状況で、また問題を起こされては収集がつかない、というところかの」
ゲント先生がそう締めると、辺りに暗黙の了解の空気が漂った。
「あの……」
私がそっと声をあげると、フェリクスは慌てたように付け加えた。
「申し訳ありません、聖女様。すでにご存知かと思われますが、聖力の制御には王族の力が必要不可欠です。ですが、この国の王太子であらせられるハーラン殿下の都合が今の所つかず、すぐさまというわけにはまいりません」
「まぁ、仕方ないですよね」
話をまとめれば、この国の王家には一人息子しかいなくて、その人が王太子だけど、その母親である王妃様?が、息子を得体の知れない聖女に近づけるのを恐れている、ということのようだ。あと、例の騒動がどうたらこうたらとあったが、それ以上に私には気になることがあった。
「先程アウリクス大魔道士様が、私が魔塔から一歩でも外に出たら辺りが木っ端微塵だとおっしゃっていましたけど、本当なんですか」
「それは……ある意味本当です。聖女様の聖力は、対魔物用ですので、一般の民や世界にとっては巨大すぎるのです。ですが王族の神力を借りてきちんと制御できるようになれば、問題なく自由に出歩けるようになります」
「ということは、今の段階で外に出ると、本当に周りが壊れてしまう、と」
今朝も壊してしまったコップを思い出す。魔塔には魔道士たちが結託して作り上げた結界が張られているそうで、その中にいるからこそ、聖力のコントロールが甘くても軽微な被害で済んでいるらしい。マルグリットは魔道士だから魔力持ちだけど、ゲント先生とエラ先生は魔力がない。そんな彼らが私の近くにいても被害を受けないでいられる理由は、ここが魔塔の結界の中だからだそう。
「何もまったく外出ができないわけではありません。私のような魔道士が聖女様の周りに小さな結界を張って一緒に移動すればなんとか……」
「それなら、マルグリットさんが一緒なら外出できるんですか?」
「聖女様、申し訳ありません。私の魔力では聖女様を覆う結界を張ることはできないと思います。ウェリントン副魔道士様くらいの魔力持ちの魔道士が数人かかって、丸一日程度ならいけるかと思いますが」
どうやら結界を維持するには魔力を大量消費するらしい。私の外出のたびに誰かが魔力切れを起こして倒れる、なんてことになったら大変だ。
「すみません、諦めます」
「ご不便をおかけして申し訳ありません。魔塔以外で聖女様が過ごせる外の場所というと、隣にある王城か各地の神殿や修道院ということになります。いずこも結界がありますので。もし外出されたいというのでしたらそこまで我々が結界を維持いたします」
「いいえ! 大丈夫です」
王城なんて恐れ多いし、神殿や修道院とやらに行ったところで何かしたいことがあるわけでもない。ちなみに神殿は修道院の総本山で、修道院は出家した人々が神を慕い修行する場所とのことだ。どれも王家の直轄のため、神力での結界が維持されており、神力と聖力の親和性の高さから私が赴いても大丈夫なのだそう。
なお神力による結界は特に張り直す必要はなく、王族の血をひく者がこの地にいる限り永久機関なのだとか。聖女の聖力や魔導士の魔力による結界よりもその点は優れているのは、王族の力だから、ということらしい。
ともあれ、誰かを傷つけたり、いたずらに物を壊したりするのは私だって嫌だ。王太子殿下という方が手伝ってくれるまでは、この魔塔の中でおとなしくしているしかない。
なんて思っていたのだけど。
「おまえが召喚された聖女か。王太子である私がわざわざ出向いてやったぞ、ありがたく思え」
豪奢な衣装をまとった居丈高な男が、翌日私の部屋に現れた。
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